初夢狂騒詩 . 夢を見た。 同じ建物が無数に並ぶ集合住宅。 団地、と、呼ばれる其れ───…築10年の5階建ての最上階、3LDK、所謂ファミリータイプの一角に わたしは独りで暮らしている。 其処に至る経緯は全く判らない。 判るのは独りで暮らしていること、1部屋しか使用していないこと、賃貸ではなく分譲であること、外装の 塗り替えをしていること、だけだ。 何時から始まったかすら定かではないが、沢山有る棟のうち、わたしが住むこの棟にだけ、工事用の足場が 掛けられている。 不思議なのは、その足場が骨組みだけ、ということ。 ───…にも関わらず、塗り替えは途中まで済んでいる。 本来、骨組みに鉄板を渡し、『足場』とする筈ではないのだろうか。 しかし住人はそれを疑問視せず、易々と受け入れている。己もまた、その1人なのだが───… 塗り替えの終わっていない外装箇所をベランダから覗き込む。 色褪せたアイボリーの上に、重ねられた、柔らかな灰色。 その色は曇り空の其れに酷似していて、何時か空と同化してしまうのではないか、と、埒も無い事を考える。 視界の端に掛かる隣人───若い…幼さすら残した、夫婦らしき男女は、けして狭くはないベランダいっぱい、 色鮮やかなチェック模様のテーブルクロス──光沢加減から恐らくビニール製と推測される──を敷き詰めて その上に真っ白なガーデンチェアとテーブルを拡げ、優雅にティーカップを傾ける、という、かなり個性的 な…もとい誤った使い方をしているにも関わらず、迷いや照れを微塵も見せない、潔いまでの態度は、ある種 尊敬に値する。 夫婦らしき、と、感じたのは、兄弟、と云うには国籍が違っているし、友人、と云うには2人の醸す空気が 桃色掛かっているからで。 子供が居るようには見えず、かと云って、全て分譲である此処を買うだけの経済力が有るようにも思えない。 まだまだ賃貸物件で充分だろうに、よくもこんな薄気味悪い処を 『薄気味悪い』 …そう 普通の神経では暮らしてゆけまい。 朝起きると必ず「呪いのビデオ」と手書きラベルが貼られた、古びたビデオテープが1本足許に転がっている。 以前、評判になった小説の内容のように、死ぬ訳では無いが、毎日1本ずつ増殖するビデオテープには辟易するばかりだ。 馬鹿馬鹿しい、とは思う。 しかし、其れを置く為に誰かが勝手に侵入しているのだと思うと、そちらの方が余程怖ろしいが、捨てでも したら其れこそ本当に呪われそうで、捨てる事も出来ず、部屋はじわじわとビデオに侵食されてゆく。 侵食されてゆく部屋を、しかし、他の部屋に移ろうなどと云う考えは微塵も起こらず、生活スペースは狭くなる 一方だ。 困った末、管理人に相談してみたが、初老のすっかり禿げ上がった彼は、 「実害がある訳でもないし、いいんじゃないですかねぇ」 の、一言で片付けてくれた。 実害は十分に出ていると思うが、話しても通じないだろう、と早々に諦める。 引っ越せばよいのだろうが、巨大ローンの残った其れを手放せる程の資金も、気概も、残念ながらわたしは 持ち合わせていない。 わたしは決心した。 必ず犯人を見つけてやろう、と。 決心はしたものの、具体案がある訳ではない。 どうしたものか、と、とりあえず頭を冴えさせる為、肌身離さず身に付けている、シガレットケースに手を 伸ばす───… チリンチリン 聞き慣れた 鉄骨を、軽業師の如く、26インチ婦人用自転車で危なげなく進む、赤い髪の青年───… 彼は調子外れの口笛を吹きながら、不適な笑みを浮かべ、わたしの方へ近付いてくる。 変だ 思いっきり変だ …とは思うのだが、その光景を 云わんばかりに平然としているのだ。 ───本当にわたしだけ、なのだろうか。こんなにはっきりと見えているのに。 過去、霊なんてモノにお目に掛かったことはないし、二十歳を過ぎる迄に視なければ、一生その存在を目に することは無い、と、云うではないか。 わたしは二十歳なぞ遥か昔に追い越している。 キッ、と、油の切れた、不快なブレーキ音を立て、わたしの目の前で自転車が止まる。 青年は胸の高さほどの柵に足を掛け飛び越えると、無事にベランダ内に着地した。 わたしと 其れを重ね合わせ、曇り硝子になっている窓に貼り付けたのだ。 「こうすると 「ビデオはどうなったアル?」 「僕ノ出番ハ?」 「…ストーカー?」 「どうして自転車なの?」 「我輩の職歴に管理人は無いっ!」 「いや、だから夢の話だって」 「現実・非現実問わず阿呆だな、お前」 「オレか?オレのせいなのかっ!?」 嗚呼今日も平和だな、と、小春日和のリビングで昆布茶を啜るジェロニモさんであった。 |
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