花火色風鈴




        「っ! ぁ 危ないってばっ!ジェット〜ッ!!」



         シュルシュルシュルッ

         飛び散る 鮮やかな色彩の火花

         足許に転がる ビールの空き缶

         優しい子守唄を奏でる 波音



         淡く 儚い ‥‥ 穏やかな一瞬




              ‥‥ 密やかな月だけ が 見護りし   幸せの残像





        「ヒトに向けてはいけません って注意書きがあっただろ!?」



        「あ〜?オレ 日本語読めねぇし〜っ」
         確信犯的瞳を煌かせて ジェットが人の悪い笑みを浮かべる。


        「やだっ ジェット! 〜〜こっちに投げないでってばっ!」
        「んあ〜?聴こえねぇなーぁっ!」
         非難する フランソワーズの表情(かお)は、その科白(ことば)とは裏腹に 何処か
         楽しげな響きを 含ん で。




         ぽとり

         ジェットが投げた『 ねずみ花火 』がフランソワーズの足許に着地する。



        「きゃあぁぁぁぁっ!!何 これぇっ」

        「フランソワーズぅっ!」



         悲鳴にも似た声の上がった その場所には 既に何者も存在せず ‥‥
         微かに残りしは 翻った 柔らかなアイボリーのサンドレスの 残像。





        「‥‥ったく 怪我したらどうするんだよっ!フランソワーズは女の子なんだよっ!?」
         ジョーは、自分の腕の中にフランソワーズを庇いながら ジェットに、向かって
         再度注意を促すものの、心の何処かで『 聴く気はないんだろうな 』と 半(なか)ば
         諦め気味である。



        「あ〜 ? 誰、が オンナノコ だってぇ〜? 聴こえねぇなぁっ」


        「何ですってぇっ!?」



         フランソワーズの愁眉が ぴくり と跳ね上がる。きっ と力強く睨みつけると、
         加速装置搭載並みのスピードでオフホワイトのサンダルを脱ぎ、手首のスナップを
         利かせて 勢い良く 投げ付ける。


         ‥‥ ジェットの顔面 ーーー 正確には 鼻 目掛けて。
         喩え、攻撃力が劣ろうとも腐ってもサイボーグ、当たれば 其れなりに ‥‥ 痛い。
         しかも『 遠慮 』やら『 手加減 』など勿論 ‥‥ していないであろう から。



        「 へっ!そんなん 当たらねー‥‥ 」

         と、余裕で避けた処に



         ぶべしっ!!


         女物のサンダル、ではなく それよりも大きい『 ビーチサンダル 』が目標物に炸裂する。
         ビーチサンダルの持ち主は勿論、ジョー で ある。

        「‥‥油断大敵」

         にっ と、悪戯っ子のような 幼い笑顔 で、ジェットを迎え撃つ。
         その笑顔に釣られたように ジェットも にぃっ と、笑い返す。見目よりずっと柔和な
         印象を与える ‥‥ すっきりとした 満面の 笑み で。



        「 上等! 」



         その科白(ことば)が合図となって、ジョーとジェットは自ら海へ向かって駆け出すと
         仔犬がじゃれるように 思いっ切り ‥‥ ダイブした。

        「 ! 」
         驚いたのは フランソワーズ。自分とジェットとの云い合いの筈 が、一瞬 にして
         ジョーとジェットの『 水遊び 』に取って替わられた上、2人は無心に水をかけ合って
         いる。その姿は、仔犬 と云うか 子供 と云うか ‥‥ 何とも 無邪気 で。

         何処をどう取っても 平和で穏やかで ‥‥ 微笑ましい『 光景 』



         ‥‥ なの に。

         沈んだ太陽の面影が残る気温の中、フランソワーズは独り 肌を粟立たせる。
         せり上がるのは 云い知れぬ 不安感 と 悪夢と思(おぼ)しき デ・ジャ・ヴェ。
         脳裏を占領する それ を振り払うように、フランソワーズはかぶりを振り、そして ‥‥



        「 女性を独り 残して‥‥2人して何 遊んでるのよっ! 」



         そう叫んで、2人の許へと駆け出した。









        「ぁ〜‥‥ 若いモンはいい ねぇ‥‥」
         ギルモア邸1階のウッドデッキから3人を眺めていたグレートが ビールジョッキ片手に
         彼にしては珍しく 静かに佇んでいる。

        「アンタも混ざりたいのか?」
        「いや 全然」


        「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」



         訊うた相手 ‥‥ アルベルトは訊くんじゃなかった、とばかりに小さく溜息を付いた。
         正直に話す筈などない目の前の人物に無駄な事を訊いてしまった と。


         ジョッキを傾け、10代の若者3人に向ける視線は ‥‥ 何処までも 穏やか で。
        「可愛いモンだねぇ 若者はやはり あぁ でなくては‥ そう思わんか?アルベルト」
        「‥‥‥ さぁ な」
        「流石に三十路にもなると可愛げの欠片もないな」
        「あって堪(たま)るか」
        「‥の割には 視線はずーっと奴等に向いてるのな」


        「 ! 」


         その科白(ことば)に、アルベルトの躯(からだ)が一瞬、その動きを止める。
         グレートは視線を3人から離さず くくっ と、くぐもった声音(こえ)で 笑う。

        「前言撤回だ ‥‥三十路の男も中々可愛らしい処があるじゃないか」

         アルベルトは苦虫を噛み潰したような表情で グレートを睨む‥‥が全く効果はなかった。










        「 隙ありぃっ!! 」



         嬉しそうな大声を上げて ジェットがジョーに跳び掛かるが、何なくそれをかわす、が
         かわした先に フランソワーズの姿があった。

        「 うわわっ 」
        「 え? えぇっ!? 」
        「 フランソワーズっ! 」

         三者三様の悲鳴が上がり 結局、誰1人として避け切れず 揃って 尻餅を付く。
         浅瀬とは云え、散々水の掛け合いをしていた3人。全身ずぶ濡れである。

         瞳(め)を見開き、お互いの表情(かお)を見合わせ ‥‥ 誰からともなく笑い出す。

        「っ ‥酷ぇ 格好」
        「お互い様、でしょ」
        「‥‥だね」

         楽しげな笑い声だけ が 夜の海に 柔らかく響いていた。







         夜空を彩る 満天の星々

         真っ白な砂浜に 点々 と残されてゆく 3人分の足跡

         微かに聴こえる ちりり という 高く清(す)んだ音




        「? 何の 音 ?」
        「 え?‥‥あぁ これ よ」

         そう云うとフランソワーズは亜麻色の髪を少し掻き上げる。掻き上げた先 ‥‥ 耳朶には
         風鈴を模った‥‥ 否(いや)風鈴のミニチュアをあしらった イヤリング。
         打ち上げ花火が描かれたそれ は、本物同様の清んだ音色を奏でる。

        「 綺麗 でしょ?‥‥店頭で一目惚れして つい ‥買っちゃった 」
        「へぇ‥‥本物そっくりなんだね」
        「日本って面白ぇのな‥ あ、ジョー そのビール オレにも一口くれ」
        「ん?‥‥あぁ  はい」


         フランソワーズを挟んで18歳コンビがその両脇を陣取る。フランソワーズの眼前を
         行き来する ビールの缶。



         ちりり ちりり

         歩く度に鳴る 涼やかな 音色
         濡れた躯を乾かしてくれる 潮風


         3人は手を繋いで歩く ‥‥ 子供の よう に。
         サンダルなんて とうの昔に脱ぎ捨て ‥‥ 裸足 で。


        「‥‥久しぶりに はしゃいだ気が する わ」
        「まぁ いいんじゃねぇ?たまには さ」
        「‥‥‥」


        「 ‥‥ ジョー ? 」


         不意に無言になったジョー を 不審に思ったフランソワーズが ジョーの手を曳(ひ)き
         表情(かお)を覗き込む。

        「どうか し ‥‥  !?」

         覗き込んだジョーの表情に フランソワーズの心臓が どくんっ と不自然な音を立てる。
         その表情、は ‥‥ まる で。



         あの悪夢の一瞬に視た『 笑顔 』と 同種のモノ



         先程感じた 不安感 と 悪夢のデ・ジャ・ヴェ が 脳裏に甦る。
         フランソワーズは知らず知らずのうちに、ジョーの手を強く握り締めていた。
         握り締めた手が 小刻みに震えていた。



        「‥‥また 花火をしよう よ ‥皆で」



         ジョーが ゆっくり と口を開く。
         自分の手を握り締める 優しい女性(ひと)の手を そっと ‥‥ 握り返して。




        「明日も 明後日も ‥‥    来年も ‥再来年も ‥‥ずっと」




         握り返された手は とても ‥‥ 熱く 感じられ て。
         その『 熱さ 』に 気を取られていた フランソワーズの頭上に コツンッ と
         栗色の柔らかな猫ッ毛が 舞い降りる。



        「 ‥‥ ずぅーっと ‥‥ 」




         ちりり

        『 約束だから ね 』とでも云いたげな 涼やかな音色が 波に攫われてゆく。


        「おうよっ!今度はもっとデカイ花火やろうぜ〜 アレじゃ小さすぎ、だっ」
        「‥‥家庭用ってのは アレが 普通なんだ」
        「ちぇっ つまんねぇの」
        「お祭り、とか 花火大会だったら 大きな‥‥打ち上げ花火が 見られる よ」
        『 祭り 』と云う科白(ことば)に ジェットは瞳を、輝かせる。


        「んじゃ 行こうぜ ソレ」
        「今度、日程調べとくよ」
         くすくす とジョーが 微笑う。先程とは少し趣を変えた、晴れやかな 笑顔 で。


        「あーっ 楽しみだよなーっ!」



         未来(さき)のコトなんて判らない 自分達 ‥‥ だけ、ど。



        「明日も 明後日も ‥‥     来年も ‥再来年も ‥‥ずぅーっと」







         季節が 巡り
         また夏が来た時 には





             「 また ‥‥ 花火をしよう よ  ‥‥ 『 皆 』で 」












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