今年も『 あの日 』がやって来る。
         菓子メーカーの大陰謀にまんまと乗せられた日本人が
         狂喜乱舞する 一大イベント


                  〜 St.Valentine’s Day 〜




         決戦の金曜日




        「〜出来たわっ!ありがとう 張大人が手伝ってくれたお陰よ」
         時は2月14日の早朝。
        「フランソワーズが頑張ったからアル。ワテも助かったアルし」
        「あ、お店に出す分はラッピングしておいたわ
         ‥‥ねぇ アレはやっぱり持っていってくれないの?」
        「アレはかなり特殊アルからネ 口に合う人 少ないアル」
        「‥‥ま そうでしょうね‥‥作っておいて なんだけど」
         フランソワーズは溜息を付き、作業後で散らかったキッチンの片付けを始める。
         辺りに充満する、この日に相応しい 甘い匂い。
        「じゃ、これは私から張大人へのプレゼント 3種類のミックスにしてみたわ
         あ、皆には黙っておいてね?皆1種類だけだから」
         悪戯っ子のようにウィンクをする彼女は何故かとても愛らしい。
         その光景に張大人は我が事のように嬉しく感じる。
        「了解 2人だけの秘密アルね」


         張大人が出て行った後のキッチンにはフランソワーズが独り残された。
        「さて、わたしも仕上げをしなくちゃ ね」
         そう呟くと、ごそごそと何かを取り出した。






         朝日が昇りきった頃。
         ゼロゼロナンバーの面子がそれぞれ自室からキッチンへ降りてくる。
         特に時間を決めている訳ではないのだが、大体同じ時間に集まるコトが多い。
        「おはよう フランソワーズゥ」
        「モーニン フラン」
         相変わらず 仔犬2匹 ‥‥ もとい年少組は、朝っぱらから
         フランソワーズへのアプローチに余念がない。
        「‥‥あれ?何だかいい匂いがする」
        「お ホントだ‥‥ チョコレート かな」
        「何だ もうばれちゃったのね つまんないわ」
         つまらない と言いつつも嬉しそうにフランソワーズは何処からか沢山の包みを
         持って 現れた。御揃いの包みと色が違うリボン。青と赤とピンクと銀のリボン。
         内訳は青が2個・赤が1個・ピンクが2個・銀が3個 の計8個。
        「‥‥ 8個?」
        「あ、張大人にはもう渡したから」
         ふーん とジェットは 笑みを称え、さり気なく且つ核心に迫った質問をする。
        「どれを取ってもいいのか?」
         ジェットの意図に気付いていないのか、フランソワーズはナチュラルに返答する。
        「えーっと‥‥青のリボンはジェロニモとピュンマ、銀のリボンは‥‥博士 と
         アルベルトとグレート、ピンクのリボンはイワンとジョーで赤のリボンはジェット」
        「‥‥ふーん‥‥」
         フランソワーズは朝食の支度に忙しいらしく、キッチンを行ったり来たりしている。
         その傍らで 男共は ジェットとジョーに注目する。
        「ねぇ これってさ『 ジェットは特別? 』って処と『 イワンとジョーが同列 』
         ってのと、どっちに注目すべきだと 思う?」
         ピュンマが、微妙な質問をしてくる。
        「‥‥ 誰に聞いてるんだ それは」
        「当事者以外 全員」
         最初に反応したのはアルベルトだ。
        「他意はないだろう きっと個人の好みにリボンの色を合わせただけ」
         至極、真っ当な解答をするのは ジェロニモ。
        「ジェロニモよ それでは生活のスパイスが足りないではないか」
        「スパイス?‥‥‥‥もしかして『 娯楽 』とでも云いたいのか?」
        「さよう 若人の可愛らしい『 恋心 』を温かく見守ってやろうではないか」
         グレートの、一聞親切そうな科白(ことば)には『2人で遊ぼう』という意志が
         隠すことなく 思いっきり 視えている。


        「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


         誰も何も言わなかったが、その無言は肯定のようであった。



        「あら 博士は まだお部屋?」
         あらかた食事の準備が終わったフランソワーズが配膳をしながら聞いて来る。
        「昨日も遅くまで研究室に篭ってたみたいだから起きてこないと思うよ」
        「そうなの‥‥躯(からだ)を 壊さないといいのだけれど」




        「ねぇ‥‥フランソワーズ」
         意を決してジョーが話を切り出した。
        「なぁに?」
        「‥‥何で ジェットだけ リボンの色が違う の?」
        「え?‥‥あぁ 特別製 だから よ」
        「‥‥特別製‥‥」
         哀しそうに呟くジョーの後ろでジェットはしてやったり と満面の笑み。
         他の面々は、各々の心の中で『 特別製!? 』が連呼されている。
         そんな彼らの心を読み取ったかの如く、フランソワーズが冷蔵庫から箱を取り出す。
         中に入っていたのは ‥‥ チョコレートの大群。
        「これもジェットの分 ね」
         無言のまま、白く燃え尽きたジョーの肩に手を掛け、グレートはさり気なく
        「 ‥‥ ご愁傷様 」
         と、トドメを刺した。



        「味見 してみる?」
         フランソワーズは 何故か楽しそうに『 ジェットの分 』だと 云った、
         チョコレートの箱を 皆に向かって 差し出す。
         他意はないのだろうし、断る理由もなかったので彼らは中味を取り、口に入れる。

         ぱくり

        「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


        “甘っ!!!!!!”


         異口同音に誰もが心の中で叫んだ。
         例えるなら『 脳天を貫く 』と云わしめる様な 破壊的な砂糖の 甘さ。
         ‥‥ 勿論、ジェットを除いて であるが。
        「うっわ〜っ すっげ〜 美味いぜフラン!!」
        「良かったわ お口に合って」
        「何云ってんだよ フランの作ったものが不味い訳ねぇじゃん!」
        「そうかしら?勝負は蓋を開けてみるまで 判らない と思うけど?」
         くすくす と笑いながら他の面々に視線を送る フランソワーズ。


        「‥‥ ?」
         ほんの一瞬、ジョーは不可思議な違和感を感じた。
         それは決して嫌な類(たぐい)のもの ではなく ‥‥ むしろ ‥‥
         ジェットは嬉しそうに 目の前のチョコレートにぱくつく。
         他の面々は口許を押さえたまま、青ざめている。
        「判った?『 特別製 』の意味」
        「‥‥あぁ」
         全くだ。これは通常の甘いモノ好きでも耐えられない ‥‥ 彼 を 除いて。
         比較的甘いものが平気なジョーですら、微妙な表情(かお)をしている。
         甘いものを苦手とするアルベルトに至っては魂が半分抜け出しているかのようだ。
        「本当はね 皆の分も大目に作ったのよ でも予想以上の出来だったから
         張大人が『 ディナー予約 』の方にお土産として渡したいって云ってくれて‥‥
         全部渡してしまったの‥‥で、アレだけ が残ったって訳」

        “そりゃそうだろうな”と妙に納得顔の面々。
         そんな皆の表情(かお)を見てフランソワーズはくすくすと声を上げて笑う。
        「他のものは普通の味だから 大丈夫よ え〜っと、銀のリボンがビターで、
         青のリボンがマイルドビター、ピンクのリボンがミルクチョコレート なの」
        「‥‥ その『 特別製 』には一体何を 入れたんだ?」
         抜け出た魂が戻ってきた ‥‥ らしいアルベルトが口許を手で覆いつつ、
         フランソワーズに真相を問う。
        「特別、違う材料を入れている訳ではないわ ただちょっと砂糖とか砂糖とか
         砂糖とか砂糖とか‥‥通常の10倍くらい入っているだけ で」


        “充分『 普通じゃない 』よ!”


         ‥‥ 誰も声には出さなかったが、手の甲ツッコミを入れたことは間違いない。






         無事に朝食が済んだ後、
        「みんな いつも本当にありがとう あなた達が居てくれたから 今日という日を
         迎えることが出来たの‥‥だから 感謝を込めて」
         フランソワーズが1人ずつにチョコレートを手渡す。皆、それぞれに嬉しそうだ。



         各々が自由に行動し始めた頃。
         ジョーは自室で、ピンクのリボンが掛かった包みを眺めている。
         その心中(しんちゅう)は 微妙に複雑 で。


         皆と『 同じ 』箱、リボン以外は『 同じ 』ラッピング。


         大きな溜息をひとつ付いてからリボンを解(ほど)く。
         衣擦れの優しい音とラッピングを剥がしてゆく渇いた音だけが部屋に響く。
         中から現れたのは 丸い形の ココアパウダーをまぶした チョコレート。
         そっと口の中に放り込むと、広がる まろやかで優しい 甘さ。

        「‥‥ あ れ ?」

         ふと見た蓋の裏側に 箱と同色の、メッセージカード。
        『 勝負は蓋を開けてみるまで 判らない と思うけど? 』
         キッチンでフランソワーズはそう云っていた事を思い出す。

        「‥‥勝負‥‥」


         あの瞬間(とき)感じた 不可思議な違和感


            瞳(め)が 合って
            フランソワーズが 微笑んだように ‥‥ 見えた から


         カードをめくると ふわり と匂う チョコレートの移り香 と
         チョコレート以上に 甘い ‥‥
         ジョーの母国語でしたためられた それ は




                      『 大好き 』





         真っ赤な顔で部屋から飛び出したジョーが、フランソワーズに抱きついて
         ジェットに飛び蹴りを食らったのは 其れから10秒後のこと。












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