キス キス キス 2




         来客用・普段履き用を問わず、色とりどりのスリッパが 宙を舞う。
         舞わせているのは云わずとしれた 約2名。


         キッチンで繰り広げられている 低レベルにも程がある ‥‥ 戦い。
         テーブルを襲撃するもののみ器用に叩き落とし、且つ他のものはひょいひょいと
         身をかわしつつ、アルベルトとフランソワ−ズは優雅に食事を続ける。
        「午後はどうするの?」
        「特には決めていないが‥‥新しい本でも探しにいくかな」
        「じゃぁ 車使うわよね?」
         などと、これまた優雅な会話と 共に。
        「てめぇっ 避けるな コラ!」
        「避けなきゃ当たるじゃないかっ!」
        「当たるように投げてるんだから当たり前だろ!?」
        「そういうジェットだって避けてるじゃないかぁぁっ!!」
        「当たったら痛いからだろ!?俺の自慢の鼻が潰れたらどうするよっ!」
        「あ〜ジェットォォッ!助走に加速装置使うなぁっ!反則だぞっ!!」
        「へっへ〜んだ!悔しかったら使ってみやがれっ!」

         きゅぴ〜ん べしゃっ

         前者は加速装置独特の 振音、後者はジョーの投げたスリッパが 壁に
         当たった音である。
        「うわっ!‥‥危ないよ ジョー」
         見ると、出入り口に空になった食器を携えたピュンマが立っていた。
        「あっ ゴメン!ピュンマ大丈夫だった?」
         戦いを放棄し、ピュンマの傍による ジョー。
         それに併せるかの様に、ジェットの攻撃も一時中断する。
        「大丈夫 でも気をつけなよ」
         これが博士だったら避けられないだろ? と一言付け加えて、ピュンマは
         ふわり と、微笑んだ。
        「もうそんな時間 なの?」
         フランソワ-ズがピュンマの持っている食器を受取ろうとする。
        「いいや 飲み物のお代わりが欲しかったから そのついでに ね」
        「コーヒーでいいかしら」
        「うん ‥‥あ それと出来れば昆布茶もお願い出来るかな」
        「コーヒーと昆布茶ね ‥‥アルベルトは?」
        「コーヒーをもう1杯貰えるかな」
         かたん と軽やかな音を立て、ピュンマが椅子に座る。
        「‥‥で?今日の『 原因 』は何なんだ?」
        「さぁな 俺も知らん」
        「でも 何かしたんだろ?2人がこの状態の時は君が絡んでる事が多いからね」
        「当たったらキスしてくれるって約束したんだ!」
         ジェットが、ピュンマとアルベルトの会話に割って 入る。
        「何が?」
        「何時ものサンドイッチと今日のサンドイッチの違い」
         一瞬ピュンマが考え込む仕草をする‥‥が、すぐ得心がいったようだ。
        「そう言えばタマゴサンドの味が違ってたね‥‥ マヨネーズ?」
         コトも無げに云い放つピュンマに、ジェットは瞳を瞠った。
         味の相違を的確に判断出来るのは創ったフラン、アルベルト、そしてここには
         居ない張大人位だと考えていたからだ。
        「何でっ!?」
        「何でって‥‥味の変化が判りやすいのは調味料かな と思ったから」
         お互いの顔を見合わせるジェットとジョーであった。


        「‥‥ふーん‥‥ そんな賭けをしてた のか」
         普段よりも若干低音でアルベルトが ぼそり と呟く。
         あ 本当に知らなかったんだ とコーヒーと昆布茶がそれぞれ入ったトレイを
         フランソワ-ズから受取りながら、ピュンマは苦笑せざるを得なかった。


            ‥‥ 無意識なのに 2人の地雷踏むの 上手いよね アルベルト


         心中でそう呟いたか否かは ‥‥ 定かでは ない。


         奇妙な静寂がキッチンを包み込む。
        「結局判らないのは俺らだけかよ」
         でもよ〜 と一言加えてジェットはフランソワ-ズの表情を ちら と覗いた。
        「アルベルトが云わなきゃ何とかなったかもしれないのにさぁ」
         その科白を聞くと、アルベルトは心底人の悪そうな微笑を浮かべた。
        「俺の独り勝ち だな ‥‥とすると姫君のキスの権利は俺にある と」
        「「‥‥!!!」」
         ジョーとジェットの顔色が面白い位に変化した。
         ジョーは真っ白になり、ジェットは青ざめている。ジェットはこの時程、
         自分の迂闊さを後悔したことは なかった。
        「アルベルトは賭けに乗ってなかったじゃねぇか」
         なけなしの気力を振り絞ってジェットは攻撃してみる。しかし、その口調に
         いつもの元気は見られない。ジョーに至っては全くの無言 である。
         ジェットとジョー、アルベルトの表情を交互に見比べながら ピュンマは
         2人の余りの不憫さに小さく溜息を付いた。


            ‥‥ こうやって いつも遊ばれてるんだ ‥‥


         アルベルトがフランソワ-ズに視線を移した。2人に緊張が走る。
         そうして音もなく席を立とうとした ‥‥ が。
        「絶対 ダメダメダメ〜ッ!!」
         アルベルトの進行を阻むかの様に ジョーとジェットが猛然と突進してくる。
         繰り出されるジョーの猛烈ねこパンチを軽々と交わしつつ、且つ ジェットの
         踵落としに、これまた軽く足払いをかけ、アルベルトはゆっくりと立ち上がる。
         バランスを失ったジェットの躯は、必然的に床と仲良くならざるを得ない。

         ごんっ

         非常に鈍い音がして。
        「 あ 」
         床に転がる約1名を除いた全員から、異口同音に洩れた 言葉。
        「ジェット‥‥ 生きて る?」
         ジョーが傍らにしゃがみこみ、指先で つんつん と、つつく。
        「大丈夫だよジョー ジェットの頭は丈夫だから」
         慰めているのかいないのか、理解し難い言葉を掛けるピュンマ。



        「‥‥フランソワーズ」
         アルベルトはフランソワーズの左斜め後ろに立ち、そのキメ細やかで
         白く細い左腕を おもむろに持ち上げる。
        「してもらうのもいいが‥‥ こっちの方が絵になる だろう?」
         そう耳許で囁くと、アルベルトは フランソワーズの左手薬指の付け根 に
         そっと ‥‥ 口付けた。




         凪ぐ
         空気がその透明度を増す

         神の祝福を受けるかのように


         その光景はさながら 1枚の絵画 のようで ‥‥‥





        「‥ って何 アテレコしてるの ピュンマ」
         ジョーは相変わらず床に転がるジェットから 瞳を離し、ピュンマを見上げる。
        「さしずめグレートなら 其れ位言うかな と思ってね‥‥と そろそろだね」
         ピュンマが腕時計の秒針をちらりと確認する。
        「 何? 」
        「‥‥ 3・2・1」
         1の合図と同時にジェットが文字の如く がばっ! と起き上がる。
        「ほらね 大丈夫だろ?」
        「‥‥って〜なぁ‥‥ちっくしょおぉ アルベルトめっ!」
        「ホントだ 流石だね ピュンマ」
         大きな瞳(め)を更に見開き、心底感心した声を上げるジョーに ピュンマは
         元来優しいその双眸を 更に柔らかくする。
        「‥‥アルベルトが構いたくなる気持ちが判った よ」
         当然、ピュンマの頭の中では『 構いたく 』の上に思いっきり 太文字 で
        『 おちょくりたく 』という ルビ が振られている。



         フランソワ―ズは 終始無言で、アルベルトの その愁えた様に見える ‥‥
         端整な横顔を眺めていた。
        「 ‥‥ぁ ‥‥ 」
         甘さを含んだ微かな吐息が上がったかと思うと ほんわり と頬が桜色に染まる。
         その反応を確認すると、アルベルトは空いている 右手の 指先 で
         フランソワ―ズの華奢な腰に ほんの一瞬 触れる。
         ぴくん とフランソワーズの身体が反応する。
         必然的に更にアルベルトに寄り添う形になってしまう。
        「やるね アルベルト」
         ピュンマは冷めた昆布茶を口にしながら脚を組み直し、背凭れに寄りかかる。
         その口許には、あくまでも優美な微笑を湛えて。
         そして徐(おもむろ)に ‥‥ 2人に視線を、投げ掛ける。
        「知ってる?左手の薬指って心臓(ハート)に直結してるんだって」
         エンゲージリングやマリッジリングは左手の薬指にするだろ と添えて。







        「うりゃっ!」
         掛け声と共に空気を裂く 鋭い 音。
         フランソワーズとアルベルトの僅かな躯の隙間に ジェットが瓦割りの要領で
         手を振り下ろす。強引に2人は躯(からだ)を引き離される。
         次の瞬間、ジェットの足は床を蹴り アルベルトに肉弾戦を仕掛けた。
         ジェットの回し蹴りを紙一重でかわしながら アルベルトは、床に散乱した
         スリッパを1つ手にすると、手首のスナップを利かせ、『 ハエタタキ 』の
         要領で、ジェットの顔面に叩き込む ‥‥ 渾身の力を 込めて。
         同時にジョーはフランソワーズの二の腕を取って自分の躯へと引き寄せる。
         とん と軽い振動を感じたかと思うとジョーは 不意に胸の辺りに、不思議な
         暖かさを感じた。眼下に臨むのは 愛しい女性(ひと)の 亜麻色の髪。


        「‥あっ‥‥ごっ ごめんっ‥‥!」
         かあぁ〜っ と赤面しながらフランソワーズから躯(からだ)を離す。


         どごぉんっ


         本日最大に鈍い音がしたかと思うと、ジョーとジェットはそれぞれ後頭部を
         押さえて声もなく冷たい床に座り込んだ。
         フランソワーズから身体を離した際のジョーの後頭部と、アルベルトの逆襲を
         受けて吹き飛んだジェットの後頭部が加速が付いた状態でぶつかったのだ。
        「〜〜〜!!!」
         2人を尻目にアルベルトは、ふっ と軽く溜息を吐き、ピュンマの対面にある
         椅子に 腰掛ける。
        「‥‥ お疲れ様」
         くすっと笑い声を上げ ピュンマは、自分のトレイに乗っていた コーヒーの
         入ったカップを差し出した。
        「少し冷めてるけど」
        「 ‥‥ダンケ」
        「君の気持ちが良く判ったよ 今日は」
        「‥‥ 何のこと だ?主語がないぞ ピュンマ」
        「2人に 構いたくなる気持ちが さ」
        「‥‥本人達に云ったら怒るだろうけど さ『 仔犬 』みたいで可愛い よね」
         それはもう 極上の笑顔 で。
         今度はアルベルトが溜息を付く番であった。


            ‥‥ おいおいおい ‥‥ ピュンマにも云われてるぞ お前ら


         憐憫 という漢字2文字が脳裏をよぎるが、敢えて口には出さない。
        『 仔犬 』 ‥‥‥ フランソワーズとアルベルト、そして ピュンマの
         2人に対する見解が 見事に一致した瞬間であった。



         頬は ほんのり 桜色。
         ふわん とした瞳のままでフランソワーズは立ち尽くしている。
        「‥ ってぇ〜‥‥ジョー てめぇ何でこんな処に突っ立ってやがった」
        「そっちだって いきなり吹っ飛んでくるなよ 心の準備ってモンが‥‥」
         口々に呟きながら そろそろ と立ち上がる2人。
        「‥‥あっ‥‥あの ね‥‥‥」
         俯いたままフランソワーズは静かに、しかし きっぱり と2人に告げる。
        「 スリッパ ちゃんと片付けて ね」
         その表情(かお)も 声音(こえ) も 甘いまま であるのに。

         ぶっ ごんっ

         本日 何度目かの妙な音。
         腰掛けていたアルベルトとピュンマがテーブルに突っ伏している。
         よく見ればその肩口は小刻みに震えており笑いを懸命に堪えているのが判る。
        「なぁに 笑ってやがるっ!!」
         口火を切るのは やっぱりジェットである。
        「‥ごっ‥‥ ごめん‥」
         そう謝る側から笑いを止める気のない、ピュンマとアルベルト。


            ‥‥ 全く 相手にされてない ね


         絶対に 口には出せない ‥‥ けれど。
         視線だけを上げて、ジョーとジェットの様子を見るアルベルトとピュンマ。
         瞳を見開いて目尻に涙を浮かべる ジョー も
         後頭部を撫でながら 大人2人を訝しむ ジェット も

         ‥‥‥ 愛してやまない 仔犬達。


        「片付けるのは お昼ごはんを食べ終わってからでいいわ」
         ぷん と、ふくれて顔をそらすジェットとジョー。
        「何時まで ケンカしてるの?」
         2人の表情を見比べながら、フランソワーズは口許に暖かな微笑を浮かべる。

        『 だって こいつ邪魔! 』

         お互いを指差して断言するジョーとジェット。
        「こんな時は気が合う のね」
         うふふっ 小首を傾げ、楽しそうに笑うフランソワーズの表情(かお)に
         魅入られる2人。
         上目遣いに見つめながらフランソワーズの手が、並んだ2人の腕を絡め取る。
        「これで 仲直りして ね」

         ふわり


         優しい風が吹く。
         耳朶の付け根の裏を微かに掠めた コロンの香り と 柔らかな感触。

        「2人ともコーヒーでいいかしら?」
         一際明るい声でフランソワーズは2人に笑いかける。
         触れられた感触が 何 だったのかを理解するのに、要した時間が数十秒。

         かあぁぁぁっ!!

         髪の毛の先から足の爪先迄、真っ赤になるジョーとジェット。
         口許を手で覆い、声をあげそうになるのを必死に堪える。
         触れたのは 確かに ‥‥‥ 唇。



         こぽこぽっ
         挽かれたコーヒー豆が香ばしい香りを放ちキッチンを包んだ。











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今後の2人‥‥もとい2匹の扱い決定
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