こどものけんか




         桜の季節も終わりに近付いた頃。温かな日差しがリビングを優しく包んでいる。
         ジョーはソファの背にもたれて『 うたた寝 』をしていた。
        「ジョー‥?駄目よ こんな処で‥‥もう 寝ちゃったの?」
         彼の最愛の女性が覗き込む様にして話し掛ける。
         実はこのときの彼は起きようと思えば、何とか身を起こせる程度には覚醒していたが
         ‥‥ そんな気になれなかった。
         めったに無い二人きりの時間。この瞬間を壊すのが勿体なくて。
        「‥‥そんな格好で眠ったら‥‥首が痛くなるわよ」
         ひんやりとして細く冷たい感触を、ジョーの頬が 捉える。


            ‥‥ 冷たくて 気持ちいい ‥‥


         触れているコトは判ったが、それがどういう意味を持つのかは理解出来なかった。
         優しい手がジョーの頭を包み、壊れ物でも扱うかの様に慎重にその位置が下げられ‥

         ぽふん

         柔らかさと弾むような感触。ジョーの後頭部には彼女の大腿。
         下を向いていた筈の顔は天井を見上げる形になっている。‥‥ いわゆる 膝枕。
         完全に覚醒していなかったせいか、状況を理解するのが 一瞬 遅れた。


            ‥‥ ぇ‥ えぇっ!? ‥‥ぅうわわわわぁ〜!!


         という彼の心の叫びが聞えたか否かは定かではない が。フランソワ―ズは
         特に気にする風でもなく、薄茶色でクセの強い髪を 丁寧にそっと撫でている。

         どっくん どっくん どっくん!

         日常とは明らかに違う音を立てる心臓に驚喜しつつ、かつ 偶然にも遭遇した
         彼にとって『 超幸運な出来事 』を堪能しよう と心に決めた 瞬間、

         そうは問屋が卸さない ‥‥ もとい、世の中そんなに甘くは ない。絶対ない。
         この瞬間に1番逢いたくない『 相手 』が どたどた と 外見に見合った
         派手な足音を立て、彼の幸せを一瞬にして カケラも無く 粉砕した。
        「フ〜ラ〜ン〜ッ♪ ‥‥あっ!こ〜んな処にいやがるっ!」
         派手な足音の主は傍らの恋敵(ライバル)を目ざとく見つけると、早速引き離しに
         掛かったのだが ‥‥ その行動は遭えなく中断する羽目となった。
         しかも 彼の最愛の女性の 一声 で。
        「シーッ!駄目よ 折角眠ってるんだから」
         声を潜めて 足音の主 ‥‥ ジェットを制止する。
        「疲れてるみたいだから、もう少し寝かせて あげて」


          ‥‥ 優しいなぁ フランソワ―ズはぁ


         などと、感慨深げに眠ったフリをする ジョーであった ‥‥ が。
        「けっ!どぅせ狸寝入りだろ!?こいつが他人(ひと)の気配で起きない訳ねぇし」
         びくり とジョーの肩が小さく反応したのを ジェットは見逃さなかった。
        「‥‥‥‥」
         無言でソファー側に廻り込むと、長い指先で心持ち紅くなったジョーの頬をつつく。
         そうしてライバルにしか聴こえない声で
        「‥‥バレバレ だぞ」
         フランソワ―ズは兎も角、俺は見逃してやんねぇからな と脅し文句をもれなく
         添付して ジョーの耳に吹き込んでやる。
         ジョーはきゅっ と拳を握り締め、瞬時に戦闘態勢に入ろうとした ‥‥ が。
         ‥‥ それを敢えて意識的に 放棄した。


            ‥‥ 我慢 我慢


         折角の好機を逃すなんて勿体無い。例えジェットにばれていようが、
         フランソワ―ズが気が付かなければそれでいいのだ。
         彼女は日常生活でその『 能力 』を使うコトは 先ず有り得ないから
         気が付いていない可能性は ‥‥ 大きい。


            ‥‥ この位置を絶対に譲ってやるもんか!


         いつも出し抜かれてばっかりだし、僕だって フランソワーズと一緒に
         居たいんだから と 心の中で追加して。



         彼らはもう長い期間(こと)フランソワ―ズの1番を争っている。
         ストレートで押しの強いジェット、控えめな、いかにも日本人らしいジョー。
         二人のアプローチは性格とお国柄が相まって正反対だ。
         しかもその合間にお互いを牽制しなければならないので、忙しい事この上ない。
         しかも恋敵(ライバル)は1人ではない とジョーは思っている。
        『 死神 』という渾名の、鋼鉄の躯(からだ)を持つ 大人の仲間。
        『 彼 』と居る時のフランソワ―ズは、何の心配もなく微笑んでいられる様に見える。

         圧倒的な 包容力 の『 差 』

         本来の素質もあるのだろうが、生きてきた年数の差は 如何ともし難く ‥‥ 。
         しかも自分の知らない彼女を知っている。それは目下の恋敵にも云えるコト で。
         不可抗力だとは頭では理解していても『 出遅れた 』感が 否めない。
         フランソワ―ズなら『 何を云ってるの 』と笑い飛ばしてくれそうだが ‥‥


            ‥‥ それ  で も

            それでも 自分が1番 知っていたい ‥‥ から
            僕の 我が侭 だってことは 判ってる
            でも 傍に居るのも 触れるのも 自分だけじゃなきゃ いやだ

                   ‥‥‥ 自分 だけ ‥‥


        「いつまで寝てやがるんだ!」
         がっくん と振動があった ‥‥ 直後、ジョーは床に放り出されていた。


            ‥‥ くっそ〜!!


         先程の『 我慢 』は 一体何処へいったのか、瞬時に戦闘態勢に入るジョー。
        「何するんだっ!この邪魔者っ!」
        「邪魔者だぁ!?邪魔はてめぇだっ!」
         売り言葉に買い言葉で牙を剥く 2人。
         ジェットがジョーの背中に蹴りを入れ、ジョーがジェットの腕に噛み付く。
         緊迫した空気に包まれるリビング。

         くすくすくすっ

         軽やかな笑いが2人に遣わされ、動きを止める事を余儀なくされる。
        「仔犬がじゃれてるみたい」
         嬉しそうにフランソワ―ズが云うと 異口同音に それはコイツだけだあぁっ!
         とばかりに、お互いを指差した。
         そこまでは同じだったが ‥‥ 次に先手を打って出たのはジェット だった。
        「フラン〜‥ コイツ寝た振り してやがったんだぜぇ」
         ずるいずるい と連呼しながら、赤い髪の、ジョーにとって目下の恋敵 は
         フランソワ―ズの傍らにしゃがみ、『 おねだり攻撃 』に出た。


            ‥‥ こんな時ばっかりかわい子ぶるんじゃなーいっ!


        「‥‥あ〜っ!!」


            ‥‥ そんなに近付くなあぁぁぁぁっ! 僕のフランにっ!!


        『 僕の 』と 実際の音声に出すことさえ憚られるジョーを尻目に
         ジェットは次の作戦『 スキンシップ攻撃 』に出た。
        「〜〜〜〜〜!!!」
         ジェットは フランソワ―ズの右手に自分の両腕を絡め
        「オレも 膝枕 して」
         ね〜っ いいだろっ と年齢以上の甘え方 をしてみせる。
         ジェットとフランソワ―ズの過ごした年月はジョーとフランソワ―ズのそれよりも
         明らかに長い。故にどう云えば願いが聞き入れられるかも、知り尽くしている。
         ‥‥‥ しかも 実践経験済 である。
         可愛く甘えれば聞いてくれる。それも ほぼ100%の確率 で。


            ‥‥ たったそれだけの こと なのに


         それさえ躊躇してしまう自分が、ジョーは恨めしかった。
         たった 一言 ‥‥ それすら、ジョーには 云えない。


            ‥‥ だって『 甘えて 』ほしいから

            いつも甘えている から 甘えてほしい
            護らせて欲しい ‥‥ 何時だって 微笑っていて


         ちなみに、彼の『 何時だって微笑っていて 』には、『 自分の傍でだけ 』
         というカッコ書きがもれなく付いている。


         ジョーが自分の中で逡巡している隙に、ジェットは更に畳み掛ける。
         絡めた両手が、フランソワ―ズの両肩を抱くような位置まで上がっていた。
         それに併せて顔の位置も上がり、ジェットの顔がフランソワ―ズの頬1cmと
         いう至近距離まで迫っていた。
            ‥‥ うわわわわあぁぁぁ〜っ!!ふざけるんじゃなーいっっ


         げしっ
         べりっ

         妙な音がした途端、ジェットはフランソワ―ズから無理矢理引き離された。

         ジェットの肩口には ‥‥ はっきりとした 蹴り の跡。
         ぜ〜は〜っ‥‥ と、肩で呼吸するジョー。
         2人は勢いよく立ち上がり、お互いを睨み付ける。
        「なにしやがんだっ てめぇっ!」
        「そ〜れは こっちの科白だっ!勝手に触るなぁっ!」
        「はぁ!?ふざけんなっ てめぇのもんじゃねぇだろっ!?」
        「僕のだよっ!」


            ‥‥ って‥‥ぁ ‥‥?


        「 ‥‥‥‥? ‥‥‥!? ‥‥‥‥‥‥‥!!! 」


            ‥‥ うわわわわぁっ〜っ!


         ジョーは真っ赤になって思わず座り込んだ。


            ‥‥ どっ どさくさにまぎれて 僕は なんてこと ‥‥!
            どう思われた かな ?気持ち悪い とか云われたら‥‥

            どーしよ〜っ ‥‥


         自分の口許を押さえ、座り込んで目をうろたえるジョーを、フランソワ―ズは
         無言で眺めている。その沈黙はジョーには 恐怖 だった。


            ‥‥ 嫌われた‥‥? 我が侭は嫌いって‥‥ 云う‥ ?


         自分の愚かさが、後悔の波となって押し寄せてくる。



         その沈黙を破ったのはこともあろうに『 ライバル 』であった。

         ぽふんっ

         弾む音がした方向を見ると ‥‥ ジェットがフランソワ―ズの大腿を借用していた。
        「‥‥‥!!!!」
         固まって絶句するジョー。
        「いいよな?」
         ほくほく と擬態を口に出し、ここぞとばかりにフランソワ―ズに甘えまくる。
         しかも、瞳は 羨ましいだろ と勝ち誇った様に、ジョーに向けられていた。


            ‥‥ そんなの 羨ましいに決まってるだろぉぉっ!!


         ジョーは心の中で絶叫 する。
         自業自得とはいえ、自分の場所が奪われてしまったのだ。‥‥ しかも、
         ジョーの性格からして誰かのように『 膝枕して 』とは口が裂けても云えない。
        「フラン 眠ってもいいか?」
        「いいわよ 寝相さえ悪くなければ ね」
         ふふっと小首を傾げてフランソワ―ズはジェットに微笑みかける。
         細くしなやかな指先が ジェットの顔を撫でてゆく。

        『 ‥‥顔を撫でると眠くなるのよ 大人も子供も ‥‥動物 も 』

         フランソワ―ズが以前に言った言葉を想い出す。

        『 ‥‥気持ちが優しくなる気が しない? 指先から想いが 伝わるの 』
         とも 云っていた ‥‥ 様な気がする。あれは いつのことだったか ‥‥ 。
         ジェットは気持ちよさそうに瞳を細め、フランソワ―ズの顔を眺めている。
         そのジェットを見つめるフランソワ―ズの瞳に灯る 優しさ と 甘さ。
         眼前で繰り広げられる光景を、ジョーは切ない想いで見つめていた。


            ‥‥ その表情(かお)は 僕が欲しかった
            僕だけの 秘密にしたかった のに


         う〜‥‥ と唸って、ジョーはジェットを睨み付ける。


            ‥‥ くやしい くやしい くやし〜いっ! ジェットの馬鹿〜っ!!


        「‥‥フランソワ―ズ‥‥」
         口調を改め、普段より低く擦れた声でジェットはフランソワ―ズを呼ぶ。
        「 ‥‥なぁに ジェット」
         囁くような声をよく聴き取ろうとフランソワ―ズは 彼の口許に耳を寄せる。
         寄せられたフランソワ―ズの頬にジェットの手が添えられて ‥‥‥


            ‥‥‥!


         ジョーは 息が止まる かと錯覚した。
         絵 になる ‥‥ 2人の 姿。
         彼女に甘えるばかりの自分とは違う、甘えさせることも出来るんだぞっ
         とでも云いたげな ジェットが醸し出す、何時もと違う『 大人の男 』の空気。


            ‥‥ フランソワ―ズが幸せなら いい
            でもっ!!
            幸せにするのは 僕 なんだ。誰が 何と云おうと
            僕だけ なんだっ!

            僕じゃなきゃ いや なんだ


        「あっ‥‥!」
         一瞬の油断の隙にジェットの顔が 更にフランソワ―ズに近付いて ‥‥


            この想いが 我が侭 でも 独占欲 でも
            片想い でも
            そんなの どうでも いい

                        ‥‥ だから ‥‥っ!


        「駄目だあぁぁぁっっ!」
         ジョーは伸ばされたジェットの腕にしがみついた。
        「‥‥あぁ?何が駄目なんだぁ!?」
         ジェットは上半身を起こし、戦闘体制に入ろうと身構えた ‥‥ が。
        「ジェット いいから寝てて」
         フランソワ―ズが優しく宥める。
        「 でもよぉ‥‥ 」
        「 いいから‥‥ 」
         甘く囁く彼女の声に、ジェットは渋々口を噤んだ。
         この状況に浸りたいのはジョーだけではない、ジェットも同じ。しかもジェットは
         ジョーよりも聡い ‥‥ ことフランソワ―ズのことに関してだけ は。
         フランソワ―ズの視線がジョーに移される。吸い込まれそうな碧く澄んだ 瞳。

         どくん

         ジョーの心臓が飛び上がった。
         しかし、彼女の口から出た言葉は彼の予想を裏切るものだった。
        「‥‥ジョーは いいの‥‥?」
        「‥‥え ‥‥?」
        「 ひ ざ ま く ら 」
         かぁぁ〜っ とジョーは赤面する。
        「え‥‥っと‥‥その ‥‥ぁ‥‥ぅ‥」
         意味不明な言葉を口にするジョー。其れを見つめるフランソワ―ズの瞳は
         限りなく甘いが、ジェットの瞳は ‥‥ 客観的に見ても ‥‥ 恐かった。
         きっかけを貰ったにも関わらず、気恥ずかしさが先に立ち 尚も云い淀む。
         フランソワ―ズは小さな吐息を吐き、
        「楽しいんだけどなぁ‥‥ 膝枕 ‥‥ジョーは いや なの?」
        「‥‥いや じゃな ぃ‥‥」
         オレは絶対に嫌だ こんなヤツほっとけよ とせがむジェットを宥め、
         フランソワ―ズは左脚に手を置き、微笑んだ。
        「ほら、まだ片方あるでしょう? ‥‥それとも わたしじゃ いや ‥‥?」
        「そんなコト 絶対 ないっ!」

         ぱふん

         ‥‥ この間コンマ1秒。彼にしては 驚異的な即答スピードと行動であった。
         慣れない事をしたせいで顔が紅く染まる。


            ‥‥ 口から 心臓 飛び出そう ‥‥
            いいのかなぁ ホントに ‥‥ いや すっごく嬉しいんだけどっ
            でもっ ‥‥

            ま‥‥いぃか ‥‥な フランソワーズ 怒ってないみたいだし


         微笑むフランソワーズの表情が幸せそうだったのでジョーは、考える事を止めた。


         天井を見上げるジョーの額を撫でる 優しい指。
        「‥‥最大2時間にしてね 2人とも」
         くすくす笑いが遣わされ、楽しそうなフランソワ―ズの笑顔が視界に広がる。
        「‥‥一時、休戦‥‥」
         ジェットが眉間に皺を寄せ、心底嫌そうに呟いた。
         この科白(ことば)に、ジョーも無言で賛成した。そう 気持ちは同じ だから。
         この瞬間を逃すなんて勿体無い ‥‥ 例え 邪魔者がいよう とも。
         それはお互いに思った言葉だろう‥‥ 口には 出さなかった けれど。
         2人はそれぞれフランソワ―ズの顔を見上げた。幸せそうな 柔らかい表情。
         残念ながら独占することは出来なかった ‥‥ けれど。


            ‥‥ まぁ いいか この表情 を真近で見られただけでも


         舞い込んだ風には散り際の桜の花びら。差し込む温かな日差し。
         今日もギルモア邸は平和だ。











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2匹‥‥もとい、今後の2人の扱い決定
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