※お読み戴く前に
          この話には『 凛樹館 』にいらっしゃいます オリキャラさんが存在します。
          ご存じない方はいらっしゃらないとは思いますが、もしいらっしゃいましたら
          先ず、凛樹館の遠雷シリーズをお読み下さいませ。






         万葉の風





         カコー ‥‥   ‥ ン

         風雅な鹿威(ししおど)しの音色が 静まり還った周囲(あたり)に響く。
         涼しげな、でも何処か切なげなその音色に 暫し聞き惚れる。



         真新しい 畳の匂い

         柔らかな笹の葉ずれの音

         その隙間から差し込む 蒼天の淡き日差し

         鹿威しを囲む 小宇宙の如き、小さな池

         その小宇宙からは途絶えることない せせらぎ



         開け放たれた障子から、その風景を観ている 女性。
         彼女の前 ‥‥ テーブル には、これまた 優雅な料理が 所狭しと並び
        『 壮観 』の一語に尽きる。
         小鉢に盛られた、色鮮やかで きめ細かな仕事が施された 伝統的な日本料理。
         素人目にすら、それらが如何に『 高級 』の部類に属しているのかは明白 で。







        「美味しい料理に 素晴らしき風景‥‥ 風流よね‥ なのに、何が哀しくて
         仏頂面のオトコと個室、しかも サシで食べなきゃならないのかしら? 私って不幸‥‥」


         オンナは箸を止めることなく 大きなため息を1つ。


        「…その科白(ことば)、そっくり返す」


         仏頂面、と称されたオトコもまた 箸を止めることなく、還す。
         2人の名は「島村 周(あまね)」と「アルベルト・ハインリヒ」








        「‥‥あーぁ クロウディア か‥孫、未来のマゴ嫁と食べたかったわぁ」
        「仕方がないだろう‥‥仁科夫妻直々に頼まれたんだからな」
        「ったく莉都も啓吾も余計なコトを‥‥」



         周は箸を置き、傍らのお茶に手を伸ばす。
        「でも ‥‥久しぶりだな まともな食事」
        「‥‥まともな食事?‥お前、母親だろう ‥‥一応」
        「一応は余計よ ここの処、仕事でそれ処じゃなかったのよ」
        「それで、クロウディアがずっと居たのか‥‥」
        「その節はお世話になったわね ‥一応、お礼云っとく」
        「そっちこそ 一応は余計だ」



        「ま、そのお陰で美味しい食事に在り付いたんだから感謝しなさいよ」
        「‥‥ 何だ それは」

        「だ・か・ら!徹夜で食事しなかったから怒られたのよ ‥‥莉都 に」
        「自業自得」
        「巨大なお世話」







         不意に会話が途切れ、部屋が し‥‥ん と静まり返る。
         吹いてくる風に、周はすっと瞳を細め、目前に拡がる小宇宙に視線を彷徨わせる。

         アルベルトは、無言で 周の横顔を見つめていた。




              ジョーによく似た ‥‥ 否、似ているのは順番から云えばジョーのほう、か
              やはり 血筋、だな


         アルベルトは口許に小さな笑みを浮かべる。無防備な彼女の表情(かお)は
         儚げで優しい整った甘い顔立ちの仲間 ‥‥ 彼女の孫によく、似ている。

         ‥‥ 尤も、似ているのは『 顔立ち 』だけである が。



             『 狂星 』



         それが、あの忌まわしき組織での彼女の渾名。

         鈍色の瞳の中に 総てを封じ込め、淡々と生を紡いで。
         弱さも、哀しみも、痛みも 背負ったモノ全て 誰に悟らせることなく ……




              強情で 高飛車で
              …… そのくせ
              時折 垣間見せる表情(かお)は 酷く 脆くて



                       …… だから、こそ






         「生魚 駄目なんだ?」


         唐突な訊いにアルベルトは瞳を見開く。
        「 は? 」
        「好き嫌いは駄目よ 大きくなれないわよ」
        「‥これ以上 大きくなるか」
        「そ?」
         悪戯めいた鈍色の瞳が、楽しげに揺らめく。
        「もっと『寛大な心』が持てるようになるかも よ?」
         貴男、見掛けに寄らず子供っぽい処 あるし、と周は咽許でくくっ と笑う。




        「‥‥喧嘩 売るつもりなら買うぞ」


         アルベルトの薄蒼色の瞳が すぅっ と細められる。



        「‥売って欲しいなら売ってあげても いいけど‥高く付く わよ?」


         周の瞳もまた、異様な光彩(ひかり)を帯び始める。
         それに呼応するかのように、部屋の温度が着実に下がってゆく。





         恐らく、ゼロゼロナンバーにも止めることの出来ない それ を
         あっさりと看破したのは、極々普通の『 一般人 』であった。

        「失礼致します」

         廊下と個室とを隔てる襖を開ける直前、優しげな声が2人の間に割って入る。


        「ご挨拶が遅れまして‥‥ 島村先生 お久しぶりでございます」


         紫を基調にした、粋な着物を纏った ‥‥ 恐らく仁科夫人と同年代であろう女性が
         居住まいを但し、優雅に挨拶をする。
         生きてきたであろう年輪が刻まれし その顔は、何処か誇らしげで華やか で。
         若かりし頃の彼女が容易に想像出来る ‥‥ そんな表情(かお)である。



        「いいえ こちらこそ ご無沙汰しております ‥‥女将」
         周も ゆっくりと会釈を還す。

        「相変わらずお忙しいのでございましょ?‥‥でも 出来ればもっと顔を出して
         やって下さいましね。うちには 先生のファンが多うございますから」
        「あら わたしなぞには勿体無いお言葉です。皆様にも宜しくお伝え下さい」
         こくり、と女将は頷くと、今度はアルベルトに向かって深々と会釈をする。
        「でも残念がりますわね 若い衆… 島村先生がご結婚なさる、なんて聴いたら
         先生もお人が悪いわぁ 云って下されば宜しいものを」




         ‥‥ 沈黙。



        「‥‥はぃ? 初耳です が?」
        「あら?そちらの外国の方、ご主人様と違いますの?仁科様が、そのようなことを‥‥
         美男美女で、雰囲気も似てらして‥お似合いでいらっしゃいますのに」
         アルベルトは、女将の科白(ことば)に 横目でちらりと周の表情を見る。

         すると、その頬はうっすらと朱に染まっていて ‥‥




        「光栄ですけれど 違いますわ」



        「あら 照れなくとも宜しいのに ‥他に何か 召し上がりますか?
         すぐ準備させて戴きますが」
        「あ、紫蘇の葉と‥酢橘‥‥レモンでも結構ですので戴けますか?」
        「承知致しました紫蘇は‥‥如何致しましょうか 刻みますか?」
        「ん〜‥半々で」
        「承知致しました」


         程なくして、周の注文通りの品が届けられ、個室は再び静謐な空間となった。
         ‥‥ 途端、周の表情が変化する。まさに 豹変と思しき それ。





        「‥‥敵だったら 瞬殺してる処 ね」
        「‥お前な‥」


              顔色まで操りながら、何を云うんだか ‥‥ コイツ は


         アルベルトは天井を仰ぎ、人知れず溜息を付いた。
        「当たり前じゃない アンタに私は勿体なさすぎ」
        「‥‥身の程を知れ、莫迦者」
         その科白を周は敢えて無視を決め込み、アルベルトの目の前にあった刺身盛の皿を
         自分に引き寄せ、酢橘を絞り、紫蘇と大根のツマを和え、さっと醤油を掛ける。



        「はい さっきより大分マシな筈、だから」
        「‥‥何が」
        「観て判らないなら訊かないで 食べれば判る、から」



              云っている事が 支離滅裂だぞ、お前



         ‥‥ が、流石にアルベルトも其処まではツッコまなかった。
         少なくとも、嫌がらせでやっているのではない、と 判断したからである。
         恐らく、生魚が苦手な自分が少しでも食べられるように との心遣いだと ‥‥思おう、と。





         ぱく り

         一見、怪しげなその物体 ‥‥ もとい、元刺身は 強いて云うなら


        「「マリネもどき」」


         2人の声が重なり 顔を見合わせ ‥‥ 周が、綺麗に 笑う。

        「どぅ?」
        「‥不味くは ない」
        「‥そっか」
         周は自分の箸を掴むと、アルベルトの皿から自ら造ったマリネもどきを口に運ぶ。


        「ん 思ったより マシな味」



              思ったより マシな味?



        「‥おい」
        「?なに」

        「これは お前が普段 造っているモノじゃない のか?」
        「何で折角の刺身をマリネもどきで食べなきゃならないの 醤油、でしょ 日本人なら
         それは さっき思い付いたんで 試してみた」



              実験台か 俺は



        「そんな怪しげなモン クロウディアに食べさせる訳にいかないじゃない
         ま、その点 貴男なら殺しても死なないし?平気でしょ」
         ‥‥ 等と、とんでもない事をさらりと抜かす。


        「‥‥どのツラ下げて そんな事が云えるんだか な」
        「どのツラも このツラも目の前に居るでしょ? ‥‥老眼?」
        「煩(うるさ)い 73歳」
        「‥‥今度の誕生日、10年遅れの赤いちゃんちゃんこでも送ってあげましょうか?」


         アルベルトは憮然とした ‥‥ 釈然としない気持ちで周をじっと視つめる。



        「そういうお前も、余り箸が進んでないようだが」
        「‥そうでもないけど」
        「痩せたんじゃないのか?それ以上‥ 減らしてどうする」


         そう云うと、アルベルトは明らかに胸の辺りを指差し、にやり と笑う。
         その動作と表情に周の周囲を包む空気が ‥‥ 凍り付く。

         絶対零度と呼ばれる、究極点まで下がる下がる冷える冷える ‥‥




        「この私 に セクハラするとは いい度胸、ね」


         周の声が無表情になってゆく。


        「私の胸が減った処で誰に迷惑掛けるってのよ 巨大なお世話」

        「俺が迷惑する」





        「‥‥‥‥ ぃ ?」





        「事実、だろう?」


         そう云ってアルベルトは微笑った。

         周は瞳を瞠り 暫し、言葉を失う。呆然とした、その表情は 造られたモノ ではない『 素 』の彼女。



              無防備、に 見開かれた 鈍色の瞳

              半開きになったまま の 紅色を称えた 唇

              出逢った瞬間(とき)と寸分違わぬ 容姿

              出逢った瞬間(とき)とは全く違う ‥‥ 柔らかな 雰囲気



                               自分を惹き付けてやまない ‥‥ 存在





         ‥‥ だが、そんな風貌から紡ぎ出される科白は『無防備』とは 程遠く。


        「‥‥島村家家訓 その1」











         カコーー ‥‥

         鹿威しから放たれる筈の音が唐突に途切れ ‥‥ 響き渡るは、肌が粟立つような 声音。



        「喧嘩上等 売られた喧嘩は万倍返し ‥此処が莉都関係の場所だったこと 幸運に思うのね」




         ‥‥ 見ると アルベルトの膝横 数センチの箇所に深々と刺さった 『元』鹿威し。
         アルベルトの背中を冷たいモノが流れ落ちた。







        「‥ったくアンタのせいで 折角の茶碗蒸しが 冷めちゃったじゃない」












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キリリク6700hit Jui様へ 茶碗蒸しに負けたアルベルト‥‥
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