摩天楼
〜天使のいる場所〜
長く 柔らかな印象のマフラーと、きんいろに、煌めく髪を 向かい風に靡かせ、フランソワーズは 佇む。
イルミネーションを支配する、静まり返った────深夜の高層ビルの上 に。
「003」
「そちらの守備は?」
フランソワーズ───『003』の訊い、に 銀色の髪の人は無言の頷きにて返答する。訊うた方もまた、無言で返し
ゆっくり、と 眼下へ視線を向けた。
ビルの谷間を埋め尽くす ヘッドライトの流れ
心浮き立つようにすら感じてしまう‥─────人工、の それ は
『 造られた 』モノ
「────‥綺麗」
微か に、口許を綻ばせ、頬に張り付いた 髪を指で玩(もてあそ)ぶ。
「‥‥あぁ」
「同じ『 造られた 』モノ───‥なのに、ね」
「‥‥あぁ」
嗜める、でも なく
慰める、でも ない
穏やかな 染み入るよう、な 深いバリトン
それがどれ程、自分を勇気付けてくれたこと、か────‥‥
最初に好きになったのは───────声
戦いが すぐ其処まで迫っている、にも関わらず‥‥────日常、と変わらない 背中。
「────で、どうして煙草、なんて 吸ってるのかしら、ね?」
「仕事の前の一服」
にやり、と。
『彼』───004は、口角をほんの少し 持ち上げ‥‥ 哂う。煙草を操る その手───‥指、は
人工皮膚を被せた‥ 紛れもない『兵器』。
その滑らかな動き、に フランソワーズは 暫し見惚れた。
整えられた指先
紫煙が 風、に 流されてゆく。
人工光の隙間、を 掠めるよう に‥‥────微か、な 存在を主張 して
只々、無言で──────────────
黙りがちになる クセ
「その 余裕、が命取りにならないといい、わね」
揶揄(からか)う響きを含む、科白(ことば)。
「───そのとき、は その瞬間(とき)だ」
自虐的、にも聴こえる‥───低く、静か に吐き出された科白、と
思いがけない‥───── 微笑
「大丈夫、ね」
そっと瞳(め)を伏せ、フランソワーズ は 手を胸の前で組んだ。
「何、が?」
「さ ぁ?」
目を閉じて 胸を抱く───────‥
「───‥タイムリミット」
一瞬にして、音色を変えた響きが アルベルトの胸を打つ。引き締まった表情(かお)、纏う 緊張感。
「位置は」
「南西の方角──‥距離8000、15‥‥ 否(いえ)、17機 ───全て、無人機」
「了解」
人工皮膚を捨て、現れた‥────マシンガン。
『 兵器 』
それ、は 容赦ない『現実』
過去(むかし)も
未来(い ま)も
この先も ずっと
「─────距離 5000」
その声と同時に004が腕を掲げる。
「右斜め上15度‥─────カウント4でセット‥‥─── 10‥」
「───6」
ガシャン
膝のアタッチメントが外され、アルベルト───004はアスファルトの上に片膝を付く。
遥か上空から唸り声を上げ、迫り来る 戦闘機(ファントム)。
「───4」
ドンッ
低く、重々しい 音が 鈍く響く。
「───ゼロ」
白銀色の光彩を放つ 機体
轟音
閃光
爆風
降り注ぐ 機体の破片、が 風に散る 花びらのように舞う。人工光を浴びた それ、は 煌きながら地上へと旅立ち
摩天楼をより冷ややかに彩ってゆく。
それは、さながら─────
「─────‥泣いている、みたい」
─────────わたし達、の 代わりに
わたし、の 代わり に‥‥?
「なんて、ね」
「何か云ったか?」
「いいえ、何も」
フランソワーズは、踵を返すと アルベルトへ歩み寄る。クセのある 髪を向かい風に靡かせながら────
カツン
黒い防護用ブーツの音 だけ、が 哀しげな夜空に鳴り響く。
カツン
不意に、アルベルトが 後方のフランソワーズへ視線を投げた。
「な に?」
細められた瞳の先、には───────────
「───泣いているみたい、だな」
「‥‥何、が?」
天が、と 小さく呟いたコトを フランソワーズが 聴き逃す筈も────なく。
「004って 実はロマンチスト?」
「悪いか」
「いいんじゃない?オトコは概して、ロマンチストだって云うし」
「‥‥‥」
憮然とした面持ち、で アルベルトはフランソワーズを睨む───もとい、視つめる。その視線をコトも無げに 受け流し
未(いま)だ、散り止まぬ 銀色の鉄片を視界の隅に収める。
頬を撫でる夜風 は
冷たいクセして 実は暖か で
────それ、は
眼下に拡がる摩天楼に 何処か 似て
突き放す光 と 迎える灯
─────────誰かによく 似た
「───しかも、言動が謎 だし」
─────────掴み処がなく、て
「‥‥‥は?」
「何でもない、わ」
くすり、と 綺麗に微笑んだ。
「───…似ているな」
「‥‥‥ぇ?」
「この光景が、さ」
サーチライト
冷酷な摩天楼
それでいて何処か懐かしい──────イルミネーション
追っ手
造られし 自分達
還れる筈も無いものを探し続けて──────‥‥
忌まわしき過去
忌まわしき現在
終焉の視えない───未来(あした)
「それ、でも‥‥わたしは この街が好き、だわ」
フランソワーズがアルベルトを真正面から捕らえる。
「あの 綺麗なビルの谷間に 暗闇が潜んでいるとしても──────」
光と影
月と太陽
相反するもの、が 犇めき合う 『坩堝』
自分達が赴く、だけ で同一呼称で呼ばれることに なるとしても
そう‥────
『 戦場 』と
「行くぞ‥‥ 長居は無用だ」
滑らかに、降りゆく破片に背をむけて。
その瞳は、真っ直ぐに前をみつめて─────────────
────未来(さき)、だけ を 見つめて
風向きが 変わる。
向かい風から 追い風へ
自分の少し前を歩く 自分と同じ───でも、自分とは違う 背中に、フランソワーズはその歩みを緩め、そっと手を伸ばした
────が。
触れるまであと僅か、の距離 で付いてくる気配を不審に感じたのか、アルベルトがゆっくりと振り返った。
「どうした?」
「いいえ 何でもないわ」
そっけない一言と共に、一歩前へ踏み出して───────
ふわり、と。
長いマフラーと少し撥ねた髪が ビル風に舞いあがる。見据えた 蒼の双眸は────‥前を視る。
─────前 だけ、を
目の前の 彼の人のよう に
人は‥───変わる。
風向きが変わるよう、に
喩えば
目の前の 真っ直ぐに前を視る瞳が 哀しみによどんでいたように
─────だから、今は‥‥今、だけ は
虜、に なんて出来ない程 謎めいて、ね ?
それ、は─────現在(いま)より ほんの少し過去(まえ)
防護服が紅から藍に変わる前、の 光景(こと)。
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あー‥‥やっちゃったよ。某歌ネタ(笑) 反転すれば判るかも、よ?
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