繭玉の樹




         その日は偶然にもフランソワーズが不在、で。
         ギルモア邸に残されているのは、アルベルトと仔犬2匹だけだった。
         出掛けにフランソワーズが不安げな表情でアルベルトに告げていた。
        「あなた独りで 本当に大丈夫 なの?」
         その時は子供じゃあるまいし、留守番の1つや2つ、出来ない訳があるまいに と
         安易に考えていたのだ が ‥‥ 現実は容赦なかった。


         そう、彼は失念していたのだ。共に邸内に居残る者達の 持つ
        『 常識 』と云うものが通用しない『 破壊力 』 を。


         どだだだだだっ!!


         時刻は既に昼11時を廻っている。朝食を取るには 遅く、昼食を取るには
         早く ‥‥ 所謂『 ブランチ 』な 時間帯である。
         漸く、起き出して来た仔犬2匹は、アルベルト以外に存在しないことを十分に
         把握しており、我が者顔で家中を走り廻る。


         どたばた と煩いこと甚だしい足音に辟易しつつ ‥‥ かと云って
        『 構わない 』訳にもいかない ‥‥ 一応、留守を預かった身としては。


        「‥‥ かなり静かにしろ 餓鬼共っ!」


         ‥‥ 普通の人間(ひと)なら1発で黙り込んでしまうような『 恫喝 』も
         仔犬達にとっては『 何処吹く風 』と云った 処 で。


        「オッサンが煩いなっ!」

        「僕は好きでバタバタしてるんじゃないんだよ?ジェットが悪いんだ」


         と、各々(それぞれ)根拠のない『 正当性 』をきっちり主張してくる。
         アルベルトに云わせれば、どちらも同じコト であるのに。



         生まれた時代は違えど、同い年の2匹のコト。
         何に付けても張り合いたくなるお年頃、と云うヤツなのかもしれない。
         ‥‥ が。
         モノには『 限度 』と云う名前のモノ が存在する 訳で。
         静寂を愛するアルベルトとしては、騒々しいこと甚だしく。


        「別にいいぢゃん 廻りにゃ民家もないし、誰に迷惑かける訳でもねぇし」


            お前のその態度が『 俺 』に迷惑をかけてるぞ


        「僕はジェットが『 僕の本 』さえ返してくれればおとなしくしてる」


            そんなモノ 加速装置でも何でも使ってさっさと取り返せ
            お前の加速装置は 最新式 だろうがっ!!



        「‥‥‥‥ いいか 俺の半径5M以内に近付くな」
        「‥‥ 半径5Mって どんくらい だ?」
        「‥‥ ジェットの身長の2.5倍位 じゃない?」
        「だったらアルベルトの姿を見るたびにオレで距離を計るのか?
         オレは巻尺かよっ!!」
        「『 巻尺 』なんて言葉 よく知ってたね ‥‥ ジェット」
        「てめぇっ‥‥ ジョーッ!お前 今思いっきし 莫迦にしただろっ!?」
        「莫迦になんてしてないよ?思ったことを口にしただけ ‥‥変なジェット」


        「それが『 莫迦にしてる 』っつってんだよっ!!!」





         2匹の 絶妙たる 遣り取りに普段、軽くあしらっている(様に見える)、
         現在(いま)、此処に居ない 彼女 ‥‥ フランソワーズに感心するばかり。

         今日、きっと『 自分の時間 』と云うモノはないのだろうな、と
         悟りに近い境地で自覚した アルベルトであった。

         兎に角、フランソワーズ不在の ギルモア邸内でのアルベルトは
        『 我が身の自由 』と『 精神(こころ)の平穏 』を最小限 確保すべく、
         只 ひたすらに2匹が視界に入らないよう、『 細心の注意を払う 』コトに
         従事していた。
         しかも、それが ‥‥『 自由と平穏 』から、素晴らしく 掛け離れている
         コトも自覚すら出来ぬ 程、に。



         心身共に疲れ果て、もしかすると『 戦闘時 』のほうが ある意味、余程
         気楽なんじゃないだろうか とアルベルトの精神状態 ‥‥ 堪忍袋の尾が
         限界地に達そうとしていた頃。




        「ただいまぁっ!」



         焦がれて止まない 救いの女神 が 無事帰還した。

        「「お帰りぃぃっ フランソワーズぅ」」

         相も変わらず、どたばたと 且つ満面の笑みで駆けてくる2匹に向かって
         女神 ‥‥『 フランソワーズ 』が 掛けた 第一声 ‥‥ と 云えば。


        「 あなた達っ!あれ程云ったのにアルベルトに迷惑掛けたでしょっ!!」


         ‥‥ と云う『 お叱り 』の科白(ことば)であった。


        「え〜?オレら何にもしてないぜ?な、ジョー」
        「そうだよ フランソワーズゥ〜 ジェットと2人で遊んでただけだし」
        「嘘おっしゃい!だったらどうしてアルベルトが疲れた表情(かお)してるのっ」



            そんなに『 疲れた表情 』をしているのか ?
            ‥‥ 俺 は



        「ごめんなさいね、アルベルト 留守をお願いした、わたしが悪かったわ」
        「‥‥ いや、そんなことはないさ 他ならぬ『 姫君のお願い 』だから、な」
         その科白にフランソワーズは 綺麗に微笑む。


        「 あなたのそういう処、大好きよ アルベルト 」


         そう云って、その頸許(くびもと)に思いっきり抱きついた。


        「そいつは光栄 ‥‥ 俺も愛してるさ フランソワーズ」


         まるで口説き落とすかの様に、耳許で しかも普段よりも低めのトーンで
         囁くアルベルト。云いつつ、彼女の細腰を抱くように、手を廻す。

         ‥‥ 勿論、2匹への『 見せしめ 』の意味も 含めて であるから、
         声のボリューム然り、手の廻し方然り 計算し尽されている。



         ‥‥ 2匹にとって『 どう 』見えているか どうか。



         しかも偶然か故意かは判断付きかねるが、フランソワーズが アルベルトに
         キスをして寄越したのだ。
         唇の隣り ‥‥ ギリギリの箇所(ところ)へ。
         フランソワーズとしては『 感謝とお礼 』の意味合い であろう が。

         アルベルトの思惑、そして偶発的なコレ ‥‥ 2つの要素が相まって
         完全に思考停止する 仔犬2匹。


        『 してやったり 』とばかりに、そっとほくそ笑むアルベルト。





        「そぅそぅっ 美味しいパンを買ってきたのよっ おやつにぴったりなの
         少々甘めの味なんだけど アルベルト好みの味だと思うのっ」

         早速、お茶にしましょう とフランソワーズはいそいそとキッチンへと向かった。

         燃え尽きた2匹を尻目に 口許だけで笑みを構成し、アルベルトは
         その場を さっさと 後にした。勿論、2匹を置き去りにして。





         こうして、アルベルトの受難な数時間は幕を閉じた。

         ‥‥ きっちり と報復をして。












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