不可侵の女神




         蒼白さを放つ 闇宵に 見え隠れする 天球(つき)が禍々しい光を纏う。



         ‥‥‥ 自分でも不思議だ と、思う。
         ジェットは 蒼の闇と霞みががる 天球(つき)に魅入られ、
         月見酒よろしくバドワイザー片手に ギルモア邸の自室をあとにした。
         煌々(こうこう)と照らし出される それ は
         何処か、亜麻色の髪をした『 仲間 』を髣髴(ほうふつ)とさせる。

         永い ‥‥ 永い 時間(とき)を過ごした


                        ‥‥ 誰よりも ‥‥





         舞い上がる 黒煙と  硝煙の 白煙

         足許に転がる 自分達が『 造りだした 』無数の壊れた 機械部品。

         それに混ざる 夥しい 赤い液体 ‥‥ かつて 人間(ひと)だった モノ。

         むせ返る程の 鉄の匂い   ‥‥ 血 の 匂い



         それでも、現実から瞳(め)をそらすこと 無く

         少しクセのある亜麻色の髪を風になびかせ 毅然と『 奴ら 』と対峙 している

         ‥‥ 紅一点。


         蒼い闇は『 奴ら 』 ‥‥ BG。

         密やかに佇む月は『 003 』 ‥‥ フランソワーズ。





        『 フランソワーズ 』


         その名前を 口にする度、何処かやるせない気持ち になる。
         その名前を‥‥ 呼べるのは今や ‥‥ ジョーだけ だ。


        『 フランソワーズ 』


         ジョーがそう呼ぶ瞬間(とき)、彼女はとても嬉しそうな表情(かお)をする。


            何にも勝る とびきりの 笑顔






         ジェットはプルトップを開け、中身を一気に飲み干した。
         砂浜に点々と ひとり分の足跡が 連なっている。

         ‥‥ 独り分 の

        「あ〜あ 何でオレがこんなしょぼい気持ちになる必要があるんだよ」
         そう云い放つと、とっくに空になった缶を思いっきり 海へ向かって投げた。

         かたん ‥‥‥ ぽちゃん


        「‥‥かたん?」

         何かに当たった様な音がしたな とジェットは缶を投げた方向へ視線を走らせる。
         ‥‥ が。しょせんは 頼りない 月明かり の中 でのコト。
         ジェットの『 視力 』では はっきり観ることは出来なかった。
        「 フランならこんなの朝飯前、だろうけど な」
         ふっ と自嘲気味に笑うジェットの足許には白い物体が転がっている。
         柔らかそうな薄手の それ は

         真っ白な キャミソールドレス ‥‥ 当然、男物であろう筈も なく。

        「‥‥ !?」
         この辺りはギルモア邸のプライベートビーチでごく近しい者しか中には入れない筈。
         そこに女物のキャミソールドレス ‥‥ 結論は 1つ。


        「フランソワーズ?」


         目を凝らすと、キャミソールドレスの他に 愛用のカチューシャ も、
         極細ストラップを纏った ベージュ色のサンダルも ある。

         まるで脱ぎ捨てるかの様に 無造作に。




         前触れも無く月明かりに照らし出された 細身のシルエット


        「‥‥‥ フラン?」
         ジェットに背を向け、海に腰まで浸かりながらフランソワーズは無言で佇んでいた。


         一糸まとわぬ 姿 で


         海面から微かに覗くウェストは 細く滑らかな曲線を描き、白人特有の白い肌 は
         刹那い月明かりを浴び、艶(なま)めかしい輝きを放っている。
         濡れた亜麻色の髪の隙間から 微かに覗く 華奢な ‥‥ 肩。
         滑(なめ)らかな それ は、傷一つ なく。

         どく ‥‥ ん

         ジェットの人工心臓は不自然な音を 立てた。‥‥ つい 最近、
         これに似た ‥‥ 酷似した 光景を 観たような 気がする。


        『 わたしのこと 殺してくれない‥‥ ? 』


         微笑んで そう囁いた彼女の『 声音 』が、脳裏に甦る。



        「 フランソワーズ! 」


         ジェットは引っ掛けていた白いシャツを脱ぎながら、ジーンズが濡れるのも構わず
         海の中へ走りこんでいった。想像以上の波の抵抗で思う様に 前へ進めない。
         そんな中にありながらフランソワーズは悠然と佇んでいる その背中 は。

         ‥‥ あまりにも 綺麗 で。

           綺麗さ故に誰も寄せ付けない 不可思議な魔力を 帯びて。




        「‥‥ ジェット‥‥?」

         気配を感じたのか、唐突にフランソワーズが視線をジェットに投げる。
        「こんな処で何してるんだ」
        「こんな処って‥‥水浴びに決まってるじゃないの 月光を浴びてる でもいいけど」
         ふふっ と、何時もと変わらぬ彼女の微笑みにジェットはひとまず胸を撫で下ろす。
         取りあえず『 壊れた 』訳ではないようだ。

        「こんなに月が綺麗なのに部屋に篭っているのは勿体ないじゃない?」
         フランソワーズは微笑みながら天空を見上げる。


            ‥‥ こいつ 現在(いま)の自分の格好 理解してるのかよ


         ジェットは脱いだシャツをフランの肩口にかける。
        「水遊びもいいけどよ 今の自分の格好を考えて モノ 云えよ」
        「‥‥だから よ」
        「‥‥え?」
        「こんなに綺麗な月光を浴びたら 自分も綺麗になれる と思わない?
         ‥‥ だったら 直接 浴びたほうが いいでしょう? 」

         月の光には魔力が宿ると云う。


        『 自分も綺麗になれる 』


         それがどういう意味を成すモノなのか ‥‥ 云うまでも なく。

         はぁっ とわざと 大きな溜息を付いて シャツのボタンを留めようと、
         ジェットはフランソワーズの前に廻り込む ‥‥ が。ジェットはそのまま
         硬直してしまった。硬直せざるを 得なかった。
        『 失念 』していたのだ。彼女は肩口にこそ ジェットが掛けたシャツを
         羽織ってはいるものの 衣類を身につけていない というコト を。

         はじめて観た フランソワーズの 素肌。
           傷一つ無い 普通の人間と変わらぬ ‥‥いや、それ以上に 鮮やかなソレ に
         視線が 釘付けに なる ‥‥ 魅せられ る。

         どくっ


         また心臓が不規則な音を立てた。
        「‥‥‥‥‥」
         上手い科白が見つからず、無言でフランソワーズを見つめるジェットは
         海水に混ざって頬をぬらしている水滴に 気が付いた。
         自分の 迂闊さに 思わず チッ と舌打ちする。


            ‥‥ こいつは いつも そうだ


         オレより大人で絶対に他人に弱みを 見せない。
        『 戦いは嫌い 』と叫んでも 本心は『 絶対 』に 明かさない。
         いつも独りで苦しんで‥‥ それでも 受け容れて。
         傷ついて 傷ついて ‥‥ 例え 自分が 壊れても


             それでも 逃げない 潔さ


         強くて綺麗で儚くて  ‥‥ どんな賛辞の言葉も足りない
         自分にとって 最高級 の オンナ




                        不可侵の女神









        「‥‥‥‥」
         ジェットは無言で フランソワーズを抱き寄せた。
         引き寄せた彼女の躯(からだ)は冷え切っていて。
         直接に触れ合う肌から伝わる熱が徐々にフランソワーズを暖めてゆく。

         この『 熱 』に 想いが あるなら ‥‥想い に替えることが 出来るなら。
         伝えられる、もの ‥‥ ならば。

        「 独りじゃ‥‥ないって ‥‥云ってる だろ 」


            ‥‥‥ だから 泣くな



        「‥‥ッ ‥‥」

         半ば強引に抱き寄せられた彼女の口から、微かな嗚咽が漏れた。
         しかしそれすらほんの一瞬のこと で。
        「 月に 魔力があるっていうのは 本当ね」
         呟く彼女はゆっくりと顔を上げ、ジェットと視線を合わせる。
        「月を見ているとね ‥‥不思議な気持ちになる の」
        「不思議な ‥‥ 気持ち?」

        「あの時代(とき)、鉄格子越しに観た天球(つき)も、今観ている天球(つき)も
         ‥‥同じもの ‥なの に」


         ‥‥ 居る筈も無い国に 居る筈もない時代に


        「哀しい訳ではないのよ むしろ嬉しいと思うの あの時代には想像すら出来なかった
         モノを見る事が出来た ‥あなたとだって出逢っては居なかったでしょう?」
        「‥‥確かに な」
        「‥‥もしかしたら『 夢 』なんじゃないかしらって 思うこともあるの
         自分が夢見た『 未来 』なんじゃないか って」


         夢見た『 未来 』
             ‥‥ 皮肉にも 時間を奪われた事によって 『 現在 』となった『 未来 』


         自分の腕の中、哀しく笑うフランソワーズの体温を感じながら ジェットは想う。
         この『 想い 』すら『 夢 』なのか と。
        「‥‥フラン‥‥」
         ジェットはフランに掛けたブラウスのボタンを一つ 留めた。留め終わってからも
         手を離そうとせず、ボタンの辺りを凝視したまま、動かない。
        「ジェッ ト‥‥ ?」
         フランが不安気な表情(かお)でジェットを見上げる。
         視線を伏せたジェットの瞳(め)を直接見ることは ‥‥ 出来なかったけれど。



        「‥‥夢 なんか じゃ  ねぇよ‥‥」



         ジェットはそう呟くと手を離さないまま、フランソワーズの胸元に口付けた。
        「‥‥え?‥‥‥ええぇぇぇぇっ!?」
         突然のジェットの行動に 動揺を隠し切れない フランソワーズ。
         ちくり と 馴染みのない痛みを感じた箇所には 淡くて紅い 花びら。
         世間一般でいう処の  ‥‥ 『 キスマーク 』 と云うヤツ である。



            ‥‥ 夢 なんかで 終わらせて たまるかよ
            ‥‥ 出会う筈もなかった 最高級の オンナ


            手に入れたい でも 手に入れられない

            だから せめて ‥‥傍(そば) に
            自分 だけの『 距離 』 自分 だけの『 関係 』

            傍(そば)に ‥‥それだけ で



                       不可侵の 女神











        「なっ‥‥‥!」

         フランソワーズは言葉を失ったまま頬を上気させ、ジェットを上目遣いで睨みつける。
        「そんな格好しているお前が悪い」
         いともあっさりと フランソワーズの抗議を跳ね除け、ジェットは改めて
         彼女の背に手を廻し、ほんの少し抱き寄せた。
        「そんな格好って‥‥? ‥え?ぇ きゃあぁぁぁぁっ!!」
         漸く自分の置かれている状況に気付いたらしいフランは、ジェットの腕の中で
         必死にもがき、抜け出そうとした。
        「離れると却ってみえるぞ」
         その科白(ことば)に反応したのか、フランソワーズの抵抗が弱くなった。

        「最初ッからそうやってりゃいいんだよ 誰も視ちゃいねぇし ‥‥誰にも云わねぇし」
        「‥‥‥‥‥」
         ジェットはフランソワーズの背に廻した手に少しだけ 力を込めた。
         更に密着する 距離。
         2人の呼吸と互いの心音 そして 波の音だけが ‥‥ 辺りを支配する。

         とくん とくん とくん とくん ‥‥‥

         ジェットの性格そのものの様な、力強い心音と柔らかい体温を感じながら、
         ゆっくりと 瞼を閉じる。
         軽い深呼吸をすると躯の力を抜き、ジェットに体重を掛けるように寄りかかった。





        「 優しい音がする わ 」
        「‥‥‥ へ?」
        「あなたが優しいから ‥‥心音も 優しいの ね ‥あなたに ‥‥あなたには
         月光も 魔力 ‥‥ 『 浄化 』も 必要ないわね きっと」
        「 ‥‥何が云いたいのか 判んねぇよ」

         フランソワーズはゆっくりと顔を上げ、ジェットの瞳を見つめた。
         ジェットもまた彼女の蒼い双眸に魅入られるように見つめ返す。
        「あなたは きっと‥‥穢れることは ないのね」
        「そりゃ お前のことだろ」
        「うぅん わたしは穢れきってる だから ‥‥綺麗に なりたい の」


         月の光には魔力が宿る と 云う
         だから その力を借りて   ‥‥綺麗 に



         むせ返る硝煙と血の匂い
         染み付いてしまった 『 戦い 』という名の『 澱(おり) 』
         それはゼロゼロナンバー全員に共通する こと
         フランソワーズに限ったこと ではない。戦場ではごく 当たり前のこと で

         それでも ‥‥


        「 ‥‥小難しいことは判んねぇけど」
         そこで1度、科白(ことば)を切ると ジェットは静かに 目を閉じた。
         瞼の裏に浮かぶ『 彼女 』は いつだって





                       不可侵の 女神





        「お前は綺麗だ ‥‥ 出逢った時代(とき)から ‥‥ずっと 現在(いま)も」
         普通よりも 誰よりも ‥‥ 何よりも。
        『 人間 』だとか『 サイボーグ 』だとか そんなことは ‥‥ 関係、ない。
         ‥‥‥ 彼女だか ら    ‥‥‥ 彼女だから こそ。


        「 フランソワーズ 」


         想いを込めて 名前を呟く。 見つめる瞳に いとしさ が宿る。
         幾度となく ‥‥ 繰り返されてきた 刹那 の ‥‥


        「 ジェット 」


         見つめ返す瞳の蒼は闇夜を照らす 一筋の道標(みちしるべ)
         喩え 手に入らなくても 今は ‥‥

         この 瞬間 だけ  ‥‥‥ は


         支配するのは お互いの体温 と 息遣い。







         禍々しい光を纏(まと)っていた 天球(つき) は

         優しい微笑み へと 姿を 変え

         優しい微笑み は いつしか 亜麻色にとって替わる

         誰よりも、何よりも ‥‥ 永い時間(とき)を過ごした 最高級のオンナ







                                    不可侵 の 女神












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