秘密の向こう側
前触れもなく唐突に胸を掠める‥‥────────── 想い と 記憶。
「わたし‥‥あなたが好きだったのよ アルベルト」
仲間になって久しい女性から、何かの拍子に告げられた。
それは前触れもなく、突然に。
まるで世間話でもするがごとく さらり と。
照れるでもなく、憤るでもなく─────艶やかに告げる彼女の 微笑み、に
前触れもなく唐突に胸を掠めた─────想い と 記憶
失われて尚、自分を捉えて放さない 鮮やかに咲き続ける 大輪の華。
─────────ヒルダ
「そりゃあ 気が付かなくて悪かった、な」
「気付かないって 云われるのも 結構、傷つくわよ」
ふっ と優しい笑みを浮かべ、紅茶 入れ替えるわ と立ち上がる 彼女の後姿を ぼんやり眺めて みる。
─────────もしも
もしも 自分が 切り替えが 早い 人間 で
もしも 自分が 彼女を 想うことが 出来たのなら
現在(いま)とは違う未来(いま)に なっていたのだろうか
フランソワーズの隣─────栗色の髪の青年の位置にいるのが『 自分 』で あったなら。
過ぎてしまった事なれど、そんな詮無いことを 思案してみる。
そうすれば また幸福(しあわせ)になれたのかも しれない と。
相貌も年齢も違う 彼女と ‥‥幸福 に
─────────幸福 ‥‥?
では 現在(いま)は 幸福では ない と‥‥?
─────────否
幸福(しあわせ)の造形(かたち)は イロイロ で。
フランソワーズの遺憾に関わらず、幸福(しあわせ)には なれる筈。
彼女とて『 終わってしまった恋 』を追う趣味はなかろうに。
未だ自分だけが『 想い 』に囚われてしまっているのか。
ヒルダ、に ?
フランソワーズ、に ?
「‥‥フランソワーズ」
呼ばれたフランソワーズは新たに注いだ紅茶入りのトレーをテーブルに置く。
「なぁに アルベルト」
長い腕を伸ばし、アルベルトはフランソワーズの腰 を自分が座っているソファへ 引き寄せる。
予測しない動きに 対処出来ず、フランソワーズは アルベルトの膝の上に座る形、に なってしまった。
壊れ物を扱うかのよう、な 繊細な動きで華奢な躯、を 封じ込め 寄せた唇から囁かれた それ───────‥
「俺が お前さんを 好きだ と 云ったら ‥‥どうする?」
刹那の 沈黙。
「‥‥それは 現在進行形で? それとも 過去形?」
「‥‥前者で だ」
つまり それは 現在進行形で ということ で。
「 わたしには好きなヒトが 居るのよ ‥‥あなたでは なくて 」
「知ってる」
「それ、でも‥‥?」
「‥‥それ、でも」
フランソワーズは一瞬思案する。
「正直‥嬉しい かな、あなたから『 想われて 』嫌がる女性は居ない わ」
微笑む フランソワーズの表情(かお)は とても──────‥ 綺麗 で。
「 でも‥‥ 嘘 ね 」
フランソワーズは細い指を滑らせ、アルベルトの胸元────黒いシャツの上から
微かに形どる金色の指輪に そっと触れる。口許に相変わらず艶やかな微笑 を
────‥‥ 浮かべた まま。
「あなたは 嘘 がつけるヒトじゃないから‥‥『 わたし 』を通して 他の女性を見てる‥
『 忘れろ 』とは云わないけれど、その『 瞳 』を 相手に向ける限り‥‥無理 ね」
「‥‥君 が 忘れさせては くれないか‥‥?」
「出来るものなら ‥‥ね、わたしにそんな能力(ちから)は ないわ
それは あなた自身が 越えなければならないこと────‥でしょう ?」
「相変わらず 手厳しいな」
「あなたのこと、が 好き だから 」
「‥‥云ってる事が 矛盾 してるぞ」
「うぅん 好き だから 幸福(しあわせ)になって 欲しいの‥‥あなた、に────‥いいえ
‥‥あなた にも ジェット にも ‥‥ 皆 幸せに、なんて────‥‥ 喩え
『 キレイゴト 』だと責められようと‥‥ 夢観るコトは 自由 でしょう?」
幸福(しあわせ)の造形(かたち)は イロイロ で
幸福(しあわせ)に なれる筈
─────────それは 誰にでも 平等に訪れる モノ
そう────‥‥ 信じたい
「‥‥愛してるよ フランソワーズ」
「‥‥あたしも 愛してる アルベルト」
くすくすっ と笑う声と、絡み合う視線に 想い を込めて。
それが『 恋愛感情 』とは違う場所から派生したものであったと しても。
『 人間(ひと) 』として 互いを想う気持ち は 同じで。
「フランソワーズ」
「なぁに?」
「そのまま 俺の頭を抱いてみてくれないか‥‥?」
「え‥‥どうし、て‥?」
「いいから」
「?まぁ いいけど」
フランソワーズは、少し頬を赤らめてアルベルトの指示に従う。
漏らす吐息が知らず知らず甘くなる‥‥────────甘くしたのは どちらであるのか。
「わたし 人間(ひと)の体温って好きだわ ‥‥何だかほっとする」
「‥‥機械の躯(からだ)なのに か?」
「そんなの関係ないわよ あなたはあなた でしょ?」
思っても無いことを云わないで と フランソワーズは 小声、で───‥誰に聴かせるでもなく、呟く。
それは まるで 儚(はかな)い 祈り
アルベルトの両腕がフランソワーズを柔らかく包み込む。
その口許は殆ど誰にも見せない、優美な笑みを称えて。
────彼女がその表情(かお)を観ることは 出来なかった────‥‥ けれど。
リビングに 穏やかで優しい気配が漂った────直後。
がらがらがっしゃんっ どしゃっ ぐしゃっ
────如何とも形容しがたい破壊音。創造主は言わずと知れた──────約2名。
「てっ‥‥てめぇっ 何、してやがるっ!!」
「‥‥フ‥‥フラン‥‥」
ちなみに前者はジェット、後者はジョーの科白である。
「見て判らなきゃ 訊くな」
アルベルトはしれっと云い放ち、フランソワーズに廻した手に ほんの少しだけ力を込めた。
────勿論、『 揶揄(からか)う 』為 である。
ジェットとジョーの位置から彼女の表情を観る事は出来なかった ‥‥ が。
この日のフランソワーズは、水色の半袖ブラウスに タイトのミニスカート。
アルベルトに廻された袖から覗く華奢な 二の腕、腰掛けたことで 更にむき出しになった 真っ白な 脚。
気分は『 社長と秘書のオフィスラブ 』(不倫推奨)と言った趣である。
そうか と フランソワーズは 理解する。2人が来ることを察知した から
「頭を抱いてみてくれないか」と 云ったのだ。からかう気満々なのだ と。
この場合、振り返ったほうがいいのか悪いのか、咄嗟の判断が付けられない
フランソワーズに、アルベルトは彼女にだけ聴こえるように 耳元で囁く。
「振り向かずにそのままじっとしてろ ‥‥何があっても」
「‥‥ぅ ん‥‥」
「こぉのセクハラ大魔王がぁっ!」
「それはお前だろう 万年発情期アメリカ人」
「誰が万年発情期だっ!?」
「ギャラリーは さっさと消えろ 漸く口説き落とした処なんだ」
にやり と不適な笑みを浮かべるアルベルトの表情に暫し沈黙しているジョー。
「うわあぁぁぁ〜んっっ!!!」
沈黙を引き裂く悲鳴 『 泣き声 』を上げ、ジョーはリビングを飛び出した。
予想だに出来なかったジョーの行動に 固まる3名。
ばたばたばたっ‥‥ つるんっ
ごろん ごろん ごろん ‥‥がっしゃん!
────‥音から想像する に、階段を駆け上がり 自室へ戻ろうとしたが
勢い余って脚を滑らせ、階段から落下した──────‥‥ らしい。
「おっ‥‥おいっっ 大丈夫か!? ジョーっ!!」
ジェットが血相を変えて、ジョーが消えた方向へ 姿を消す。
アルベルトとフランソワーズは共に2人が消えた場所を見つめ─────────‥
「‥‥誤解した な」
「‥‥誤解した わね」
ふぅっ と小さく溜息をついて、フランソワーズはアルベルトを見つめた。
「やりすぎよ アルベルト」
フランソワーズの科白(ことば)を 楽しむように、アルベルトは廻していた
手を フランソワーズの頬に添えた。
ゆっくりと顔を動かし、吐息が掛かる距離まで 近付け──────‥‥
「 俺は 本気 なんだが? 」
「 ‥‥‥ う そ つ き 」
フランソワーズはアルベルトの下唇に人差し指を ちょんっ と当てて、鮮やかに微笑む。
とんっ と 軽い衝撃があったかと思うと、フランソワーズは 飛び跳ねるように
立ち上がり、裾の乱れを 手早く直した。
「あんまり いじめないでね」
一言残すと彼女もまたリビングを去った。おそらく階段下へ行ったのだろう。
彼女が現在(いま)、誰よりも大切に想っている 彼の許(もと)へ。
口許に笑みを浮かべ、少し冷めた紅茶を啜りながらアルベルトは想いを馳せる。
ヒルダ、に ?
フランソワーズ、に ?
──────否
弟のような 妹のような 可愛らしい恋人達 に。
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ジョーがどんどん幼児化していく‥‥
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