『 いっそ 触れてしまえれば 』 ─── なんて 思っているのは



                   ─── 僕だけ?










         夏の残存勢力










         珍しく ひっそり と 静まり返った、ギルモア邸。
         大人数で暮らしているせい か、常日頃『 静寂 』と記す 単語からは 果てしなく
         遠くて 当たり前、煩いこと この上ないの だが ──────



         それも その筈 ─── 今、ギルモア邸 には 2人 しか 存在しないのだ。




         陽の光に透けて輝く きんいろの髪
         真実を見通す 深蒼の双眸
         華奢で小柄な それでいて 生命力溢れる躯(からだ)




        『 彼 』が焦がれてやまない 女性(ひと)が 目の前に 存在するのだ。



         ─── まる で、彼のため だけの よう に










        「ジョー?」


         己が物想いに浸る中、突然 声を掛けられたジョー は 軽く狼狽(うろた)える。


        「 ぇ ‥‥ぁ   な、何? 」

         動揺を隠し、普通を装って返事をしようとしたものの ─── 見事に玉砕。


        「もぅっ!だから ‥‥」


         滑らかに動く、紅唇から 紡ぎ出される科白(ことば)は 只々甘く ──────





             『 いっそ 触れてしまえれば 』 ─── なんて 思っているのは



                   ─── 僕だけ?










        「何処にも出掛ける 予定はないの‥‥?」
        「‥‥出掛けて欲しい の?」
        「‥‥そぅいう、訳 じゃ ‥‥」




        「「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」」




         訪れる 沈黙。
         ─── 会話が 続かない。





        「出掛けていい よ? 僕が留守番しておく、から‥‥ と、云っても 他に誰も
         居ないから 特に心配することも ないよね」
         困ったよう な、特有の笑みを浮かべて ジョーはほんの少し 瞳を伏せた。

        「‥‥‥‥‥」

         すっかり黙り込んでしまった フランソワーズ、を ジョーは訝しげに 見つめる。
         俯いた表情(かお)の ほんの少し覗かせる それ は ───


         ────── 何処か 痛々しさ を、内包して ‥‥‥





        「‥‥ フラ、ン ソワー ズ ?」

         少し驚いた表情で、ジョーは フランソワーズに向かって 手を伸ばす。



         するり

         あと少しで触れる、と いう処まで来ると 視線を合わせないまま フランソワーズは
         身を翻して ジョーとの距離 を 一定に保つ。

        「 ‥‥‥‥‥ 」

         伸ばされた手、は 行き場を失い 所在無げに 空を切る。
         ‥‥‥ が、気を取り直し もう一度 フランソワーズに向かって そっと手を伸ばす。




         すっ




         望み虚しく、再度 手は空を切り ───── ジョー は 無言で 自分の手を眺めた。
        「‥‥‥‥どうして 避ける の?」
        「べっ‥ 別、にっ 避けてなん、て いないっ ‥‥わ ょ」
        「じゃぁ どうして『 距離 』取るの?‥‥ 逃げる、みたい に」



        「 っ‥‥ そっ それ はっ ‥‥ 」




         ─── それ 以上 何を云う訳でもなく、フランソワーズは押し黙ってしまう。
         ジョーも無言のまま ‥‥ 気付かれないよう、に 傍らの女性(ひと)の様子 を
         全神経を集中させて ───── 伺う。



         日常(ふだん)、強気の フランソワーズらしくない ‥‥ 困ったような 表情。
         云うか否か、迷っているような そんな様子が 珍しくもあり ─── 。






         ふわり

         前触れなく 開け放した窓から 優しい風が吹き込まれる。
         風、は フランソワーズの明るい色の髪を揺らし 頬を柔らかく 撫でてゆき ‥‥
         その感覚に瞳を細め フランソワーズは小さな笑みを唇に乗せ 軽やかに立ち上がり
         風がやってきた方角 ─── 窓へ 歩みを進めた。




        「涼しい」




         甘く囁くような 小さな呟きに 何処かほっとした面持ちを抱えて、自身もまた
         フランソワーズ同様にゆっくりと立ち上がり、隣を陣取る。

         今度、は フランソワーズも避けること なく ──────




        「‥‥ぁ 本当、だ ‥‥涼しい ね」

        「 ぅ ん‥‥ 」




         2人して、暫し 無言で佇む。
         柔らかな風、を 頬に浴びながら ──────










        「‥‥ ごめん、ね 」
        「‥‥ ん? 」
        「ジョーのこと ‥『 厭 』で 避けた訳じゃない の」
        「じゃぁ どうして?」




        「‥‥‥‥‥‥‥ もん」
        「‥‥ ぇ?」
        「だって熱いんだもの ‥‥人間(ひと)の体温、って」
        「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ は  ぃ ?」
        「‥‥だから、ね 暑い上に 近寄られると ─── 暑さが倍増する、し」




        「‥‥アルベルトは平気、じゃない か」
        「だって 体温低いから 熱くない、し」
        「‥‥ジェットなんて 抱きついてるし」
        「だって 避ける間、も ないんだもの」
        「‥‥じゃぁ 僕 だけ どうし、て?」
        「だって ジョーは 普通、に 熱いし」




        「‥‥‥そん な 理由っ でっ‥‥‥ 僕、は 避けられた の  か ‥‥‥」




         がっくり、と 頭(こうべ)を垂れる ジョーは情けない表情(かお)をしながらも
         何処かほっとした感を否めない。
         理由があるのなら、まだ『 可能性 』が あるのだか ら ────── 。


         風に瞳を細める フランソワーズを見つめながら ジョー、は ‥‥‥ そっと
         自分の手 を



         彼女の それ、に 重ねた ────── 。





         ぴくっ

         ほんの一瞬、肩が震えたもの の ‥‥‥ 避けることなく、フランソワーズもまた
         ジョーの手を握り返した。




        「‥‥ 本当、は それだけじゃなぃ の ‥‥」

        「‥‥‥ ぇ?」

        「思い出して‥‥ しまう、から‥‥」


         誰に聞かせるでもなく、吐き出された科白(ことば)の持つ『 意味 』を ジョー は
         確実 に感じ取っていた。




        「 ぅ ん‥‥‥ 」




         還した『 言葉 』は ────── たった それだけ。
         重ねた手、に その 想いを乗せ ‥‥‥ 強く ‥‥ 強く、握り締める。



        「今、は‥‥?」
        「‥‥‥ ぇ?」

        「今 は‥‥ 暑く、ない?」



        「 ────── ん 」





         短い ‥‥‥ 返事だけ、の 科白の遣り取り。

         肝心な『 言葉 』は どちらから、も 紡がれること なく ──────


         それ、でも
         それ、でも


         この瞬間、が 堪らなく  いとしく、て




             『 いっそ 触れてしまえれば 』 ─── なんて 思っているのは



                   ─── 僕だけ?






        「ねえ フランソワーズ」
        「なぁに? ジョー」


        「もう少し‥‥ 触れてもいい、かな?」

        「‥‥ ぇ ‥‥?」



         うっすら と 紅く染めた 頬、を 前髪で隠して
         フランソワーズだけ に 存在する『 訊いかけ 』

         つられるよう に その頬を 彼の人と同じ色に 染め上げて ──────




        「うん」




         小さく 小さく 頷いた。















        「‥‥で、こんな処で何してやがる こいつ等」

         言葉荒く 内包する想い優しく、つんつん頭の『 万年青春真っ盛り 』の赤い髪の
         青少年、は 何故か 窓近くで 寄り添うようにして眠る 2人、を その長身で
         静かに見下ろす。




        「昼寝、だろう ‥‥視て 判らん、のか? この莫迦者」
        「ンなの 判るに決まってるだろぉがっ!‥‥ったく、気楽だよなぁ ヒトが暑い中
         買出しから帰って来たってのによ」
        「『 何時も働いている 』人間、が 少し休憩した処で バチは当たらん」
        「‥‥‥その科白 すっげ〜引っ掛かりがあるように 聴こえるのは オレだけか?」


         不満気な声 露わに ジェットは 憮然と呟く。



        「たまには 正しい判断も出来るよう、だな」



         不満も何も一蹴する、涼しげな声 で 荷物をダイニングに 運び込む アルベルト。




        「‥‥ま、いーけど さ」




         気遣うように 顰(ひそ)められた 声
         穏やかに 眠る2人を 眺める瞳 甘く








         さわさわ
         さわさわ

         熱気を帯びた 風 の中、に 微かに混ざる ‥‥‥ ひんやり と した 匂い


         ────── 次の季節の 気配





                   今年の夏も 終わろうとしている ──────












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10900hit 黒島 実和子 様へ ‥‥砂吐いてもいいですか…?ざらざらざら〜‥‥
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