密着した 身体
         柔らかな 素肌
         温かな  体温

         甘さを帯びた ‥‥ コロン の 香り


         シチュエーションとしては『 完璧 』なのだが

         何故か それが クローゼットの中 だったり




         日常茶飯事




         コトの起こりは10分程前に遡(さかのぼ)る。

         ぱたぱたっ

         軽やかでありながら、何処か焦りを伴った足音が聴こえた 10秒後。
         半乾きの髪を靡かせながら「死神」の部屋に駆け込んできた女性が約1名。
        「っ‥‥ごめんっ アルベルト 匿って!」
        「『 匿う 』とは 随分と物騒‥‥」
         云い掛けた科白(ことば)は、2人分であろう足音に 敢え無く遮られる。

         どだだだだだだっ

        「きゃ〜っ もう来たっ!」
         フランソワーズは遠慮なく他人の部屋を見廻し、クローゼットの扉を開く。
        「‥‥おい 他人(ひと)の部屋で何、をっ ‥‥」


        「訳は後で話すから!」


         フランソワーズの行動を止めようと、伸ばされた アルベルトの手 は
         有無を云わさず 捉まれ、彼女の躯(からだ)と共に吸い込まれていった。

         クローゼットの内側(なか)へ



        「居たかっ ジョー」
        「うぅん フランの部屋には‥‥ 居ないみたい」
        「『 みたい 』って何だよ 『 みたい 』って」
        「‥‥だってっ!女の子の部屋をじっくり捜す訳には行かないじゃないか」
        「うるせぇっ 今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇだろーがっ!!」
        「デリカシーのない君と一緒にしないでよっ!!第一 そんなことして嫌われたら
         元も子もないじゃないかぁぁっ!!」
        「〜あ〜っ!!やかましいっ!だったらてめぇは出遅れてろっ!」
        「何云ってるのさっ 先に声を掛けたのは僕なんだからねっ!!」

         どたどたどたどたっ

         足音と罵声を素晴らしく家中に響かせながら仔犬達が、遠ざかる。


        「‥‥今度は一体 何なんだ?」
        「ん 何時ものこと よ 『 一緒に遊ぼう 』って」
        「『 遊ぶ 』って‥‥ お前らなぁ‥‥」
         一体幾つなんだ と誰に聞かせるでもなく呟くと がっくり と、肩を落とす。
        「外見は仕方がない が‥‥せめて 精神(なかみ)だけは成長してくれ‥‥」
        「‥‥それ わたしに云わないで」
         困ったように フランソワーズは微笑(わら)う。
        「いつもは適当にかわしてるだろう」
        「‥‥バスルームの入り口に待機されてて かわせる訳 ないでしょ?」


            バスルーム ‥‥ ?


         そう云えば ‥‥ とアルベルトはフランソワーズを まじまじと観る。
         半乾きの髪、上気した頬 ‥‥ スリッパも履いていないし、しか も ‥‥
         纏っているのは キャミソール1枚とジーンズ地のハーフパンツ のみ。
        「イワンをお風呂に入れるのを手伝ってくれた処までは良かったんだけど‥‥」
        「 ‥‥‥ 」
        「『 他に手伝うことはない? 』って聞かれたから もうないから 自由に
         してねっ ‥て、云ったら‥‥『 遊ぼう 』って」
        「 ‥‥‥ 」
        「『 久しぶりに長湯したいから今度ね 』って云ったら、入り口で 待ち伏せ」
         中まで入って来るかと思ったわ と、濡れた髪を弄びながら 溜息を付く。
         眩暈すら感じる頭を抑え、アルベルトは努めて平静になろうと試みる。


        「‥‥あの 馬鹿共っ‥‥!!」


         アルベルトの怒りの思考を遮るかのように先程の足音の主が戻ってくる。
        「おいっ!家中探しても居ねぇじゃねぇか!てめぇ手ェ抜いてねぇだろうなっ!」
        「手を抜くってどういう事!?僕は何時でも何処でも全力投球なんだからっ!」
        「その割には 超鈍くせぇけどなっ!」
         はっ とジェットはジョーをせせら笑うように揶揄(からか)う。
        「慎重なだけだよっ!行き当たりばったりなジェットと一緒にしないでよっ!!」
        「あぁ〜ん!?誰が『 行き当たりばったり 』だってぇっ!?」

         ぴたっ
         どんっ  ‥‥‥ころりんっ

        「なっ‥‥急に止まらないでよ ジェットっ」
         どうやら急停止したジェットにジョーがぶつかって転んだようである。
        「‥‥フランの匂いがする」


            匂い って ‥‥ お前は 本物の犬か
            それとも その鼻は改造済みか? 改造済みなのか!?


         無論、そんなアルベルトの心の叫びがジェットに届く筈も なく。
        「あっ‥‥アルベルトの部屋のドアが‥‥ 少し 開いてる」
         ジョーの科白(ことば)に反応するかのように フランソワーズが
         アルベルトの袖を掴み、上目遣いに じっ と、覗き込む。
         お願いだからこのまま匿って と、その双眸が無言で訴えてくる。


        「アルベルト‥‥ 居る?」


         ジョーが恐る恐る部屋のドアを開け、後ろからやはり恐る恐るジェットが顔を出す。



        「‥‥何だ 居ねぇじゃん‥‥あ?」
        「どうしたの ジェット」
         自分の部屋とは違うインテリアを物珍しそうに眺めるジョーを余所(よそ)に
         ジェットが鼻で くんくん を嗅ぎながらアルベルトの部屋を歩き廻る。
        「何で フランの匂いがするんだ?」
        「‥‥匂い‥‥?」
         ジェットの科白(ことば)に誘われるようにジョーも神経を集中してみる。
        「ん〜‥ よく判らないなぁ‥‥フランっていつもいい匂いがするんだよねぇ」
         何を思い出しているのか、ジョーが ほぇほぇ と幸せそうに 微笑む。
        「そんなコトどうでもいいんだよっ だから何でオッサンの部屋から
         その『 いい匂い 』がするのか ってのが大問題だろぉっ!?」
        「何でって‥‥フランソワーズが来るからじゃない?」
        「このタコ!だ〜からっ!!何でこの部屋に来るかってのが問題なんだろっ!」
        「ふぇ?」
        「『 ふぇ? 』ぢゃねぇ!残り香がする程 ココに来てるってことだろ!?」
        「?そりゃぁ掃除とか色々‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ イロイロ?」
        「‥‥だから『 そういう関係 』かもって云ってんだよ」
        「〜〜〜!? ‥関係 ?関係 ?? かんけーって何ぃぃぃっ?????」
         幸せの絶頂から不幸せの骨頂へ突き落とされたジョーは、その場にへたり込んだ。
         ほろほろほろ と見ている方が切なくなるような泣き方をするジョーに
         ジェットは にやり と人の悪い笑みを浮かべる。

        「よし これでジョーは片付いた と」


            そんなこと ある訳ないだろうっ
            ジョー ‥‥‥ お前は幾つだ?やっぱり歳を誤魔化していたのか?



         無論、そんなアルベルトの心の叫びがジョーに届く筈は‥‥絶対に有り得ない。
        「‥‥‥ん?」
         不意にジェットがクローゼットに近付く。クローゼットは各個人の身長に
         合わせて 特注したものであり、奥行きも高さも幅も市販のもの以上。
         ウォークインクローゼット とまではいかないまでも 人間(ひと)ひとりが
         隠れるには、申し分ないサイズである。
         ジェットは徐(おもむろ)にクローゼットの取っ手に手を掛ける。

         がちゃり

         扉を開ける寸前 ‥‥ それこそコンマ数秒のレベルで、アルベルトは
         フランソワーズの躯(からだ)ごと自分に引き寄せ、2人の頭上から
         黒いロングコートを被せる。幸い、アルベルトのクローゼットは 丈の長い
         服が多く、それが更なるカモフラージュとなって、2人の姿を隠してくれた。


         どくん どくん どくん ‥‥‥


         緊張で高鳴る心臓の音と 動揺を隠すかのように、フランソワーズは
         知らず知らずのうちに力を込めて アルベルトの躯に腕を廻していた。
         クローゼットを開けるが、ジェットが期待していた人物は発見できず ‥‥
         ジェットは溜息と共に扉を閉めた。

         2匹の足音が遠ざかる。

         フランソワーズは ほぅっ と大きく息を吐き、全身の力を抜いた。
        「‥‥仲がいいのは結構だが 俺を巻き込むな」
        「‥‥煙草くさい‥‥」
        「‥‥おい 人の話を聞いてるのか?」
        「不可抗力 だもの 仕方ないじゃないの‥‥ぁあっ!」
        「お前さんが俺の部屋に飛び込んで来なきゃ こんなコトにはならない筈‥‥」
        「やだ こんな処に隠してたのねっ‥‥ 煙草 と お酒」
        「‥‥ ぁっ」
        「禁酒禁煙して なんて云わないけど‥‥ クローゼットに仕舞うのは止めて
         衣類に匂いがうつるんだもの ‥‥冬物は 特に」
        「‥‥俺の服だ 関係ないだろう」
        「吸う人間(ひと)は気にしなくてもね 廻りが気にするの よ」
        「‥‥ったく‥‥」



         不意にフランソワーズが ふふっ と声を上げて微笑う。
        「‥‥どうした?」
        「クローゼットでこうしてると‥‥ かくれんぼ、してるみたいじゃない?」
        「‥‥‥‥」
        「こっちまで 子供になったみたい」
        「‥‥まぁ な」
         フランソワーズが綻ぶように微笑(わら)う。
         自分の躯をアルベルトの躯へ密着させ、背中を抱え込むようにして抱きつく。
        「‥‥相手を間違ってない か」
        「ん〜?だってそういう気分なんだもの ‥‥幸せ の お裾分け」
        「‥‥幸せ か ‥‥」


            海の底に沈めてしまった ‥‥ 遠い 過去(むかし)

              幸せは 全て 記憶(かこ)の 中


        「‥‥私達『 過去 』と『 肉体 』は ‥‥ 失ってしまった けれど‥‥
        『 幸せ 』を失った訳ではない と 思うの」
        「‥‥脳みその 皺 も無くしたヤツには約1名 心当たりがあるがな」
        「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥それについては異論はないけど」


         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


         ‥‥ 何とも云えないビミョーな『 間 』が 発生して。
         2人はお互いの表情(かお)を見合わせ、ぷっ と吹き出し、暫し 笑いあう。



        「‥‥例えば『 湯船に浸かる 』コトだったり」
        「‥‥ ?」
         フランソワーズの瞳に穏やかな光が灯る。
        「フザケ半分に追いかけられるコトだったり」
        「‥‥‥‥」
        「ここに居ない『 誰か 』のコトで笑いあったり‥‥ 」
        「‥‥‥‥」
        「『 巻き込むな 』と云いつつ 律儀に付き合ってくれる コト」
        「‥‥‥‥」

        「『 不幸 』だと感じないのなら‥ それは『 幸せ 』ってことでしょう?」

         双眸に宿っていた穏やかな光が真っ直ぐにアルベルトに注がれる。
         背中に廻っていた手がゆっくりと上がり ‥‥ アルベルトの銀髪に触れた。


        「 あなたは 現在(いま)を『 不 幸 』だと感じてる ‥‥? 」


        『 幸せ 』の定義 なんて 酷く 曖昧 で

         杓子定規で 測れるものでは ‥‥ ないけれど


         さらさら と髪を撫でてゆく 細い指先を感じながら瞳(め)を閉じる。


         密着した 身体
         柔らかな 素肌
         温かな  体温

         甘さを帯びた ‥‥ コロン の 香り

         愛用の 煙草 と アルコールの立ち込める 匂い


         自分を気遣う 優しい ‥‥ 人間(ひと)の 気配




        「 ‥少なくとも『 不幸 』ではない と ‥‥思う 」


         アルベルトの呟き(こたえ)に、満足気にフランソワーズは微笑む。


        「 ‥‥ だったら いいんじゃない? こんな日があっても」


            何の変哲もない 平凡な 日常


        「 ‥‥ たまには な」




            手始めに 子供達の相手でも してみようか

            何の変哲もない 平凡な 日常



                    何にも 替え難い  幸せな 日常 を











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こんな日常はすっげ〜厭
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