ペンギンの卵










         肌に纏わり付く 熱気が、汗となって 皮膚を流れてゆくのが何とも 気持ち悪い。
         今年の夏はどうやら猛暑らしい と云うのも至極納得のいくことだが、日本独特 の
        『 湿気が多い暑さ 』は何度経験しても慣れない ──── と アルベルトは思う。




         シャリシャリシャリ ‥‥‥

         外気温とは裏腹に 何とも涼しい音が リビングで新聞を読んでいるアルベルトの耳にも
         入ってくる。傍らには フランソワーズが床に座り 躯を斜めに傾け 何やら、熱心 に
         雑誌を読んでいる ──── よう に、見えた。



        「何をやってるんだ?あの2人は」
        「ん〜?『 カキ氷 』を作ってるんですって」


         口許に優美な微笑みを湛え、陽に透ける きんいろの髪を弄(もてあそ)びながら
         フランソワーズが応える。





         シャリシャリシャリ ‥‥‥

         規則正しい、それでいて 機械的な冷たさを感じさせない 不可思議な音 が
         途切れること なく キッチンから響いてくるのが、何とも不思議な感じである。
        「アルベルトもカキ氷食べたいの?だったら冷凍庫に入ってるわよ」
        「‥‥‥今、作っているんじゃないのか?」
        「‥‥‥今は、ね」
        「‥‥‥‥‥‥?」


        「キッチン 覗いてみたら?楽しい光景が見られる わよ」
         ふと 視線を上げ、くすくす と声を上げて笑う フランソワーズが示唆した その先で
         繰り広げられていた『 光景 』──────






         瞳(め)を輝かせ、嬉しそうな表情(かお)で上部のハンドルを廻す ジョー。
         椅子に腰掛け 流れ出でる それ、を これまた 嬉しそうに眺める ジェット。
         上部のハンドルに併せて 側部の 青い羽が 忙(せわ)しなく 回転する。



        「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ペンギン?」
        「コズミ博士から『 お中元 』に 頂いたの」
        「何でペンギン‥‥」




              ────── 否、その前 に




        「子供か あいつ等は」
        「子供でしょ?」
        「楽しい‥‥‥んだろう、な あの表情じゃ‥‥」
        「あなたも混ざってくる?」
        「‥‥‥冗談‥‥‥」




         シャリシャリシャリ

         くるくる くるくる

         きらきら きらきら




         音に併せて踊る羽 ────── ペンギン型カキ氷機。
         見つめる2対の瞳 ────── ジョーと ジェット。



         しかし図体の大きい男が無邪気にペンギンを廻す という絵柄もどうかと思う、と
         アルベルトは独りごちる。




        「構いたく ならない?」




         フランソワーズが柔らかな光を湛えて アルベルトに訊う ─── が、その意図する処
         が判らず、首を傾げる。



        「あんな瞳(め)される と、ね〜‥‥ 何て云うか ‥‥抱き締めたく なっちゃう」



         困ったような ─── 照れたよう な、限りなく 慈愛に満ちた瞳で フランソワーズは
         リビングで楽しそうな悲鳴を上げる 2人を見つめている。

        「‥やり直し、だろうな」
        「え?」


        「『 昔 』の な‥‥‥」







         学校帰りの 寄り道
         温かな灯りに包まれた リビング
         自分を待つ 声

         ────── 自分の為だけ に 向けられる 微笑



         得ようとして決して得ることの出来なかった、だろう ──────







        「‥‥なーんか 悔しい」


         ぽつり とフランソワーズが呟く。

        「何だかんだ云っても 2人のことちゃんと理解(わかっ)てるのね」
        「‥‥それはそれで嬉しくない な」





        「ジョー交代なっ!」
        「え〜っ!?まだ半分 終わってないよっ?」
        「また交代すりゃいいじゃねぇかっ ホレ 貸せよ」
        「‥‥我がままだなぁ あとで絶対替わってよ!」

         すとんっ

         軽やかな音と共に現れる、栗色の髪。
        「イチゴとメロンと抹茶 どれがいい?」
        「あ、わたし 抹茶ね コンデンスミルクがあれば それも」
        「判った アルベルト、は?」
        「‥‥‥イチゴ」
        「うん!‥‥ もう少し待ってて!直ぐ出来るから!」



        「ジェットはどうする?イチゴとメロンと抹茶」
        「全部っ!」
        「へっ?」
        「どれも捨てがたいからなっ 全部っ!!」
        「‥‥還(かえ)って 変な味になりそう‥‥」






         シャリシャリシャリシャリ ‥‥‥

         氷を食む音が じわり じわりと 熱気を侵食してゆく。
         ふと意識を向けると、傍らのフランソワーズの肩が小刻みに震わせていた。
        「‥‥どうした?」
        「‥‥アルベルトから『 イチゴ 』なんて聴くとは 思わなかったわ」
         発する声音もまた、少し震えていて。

         ────── どうやら 笑いを堪えていた らしい。

        「‥‥悪かったな」
        「いいじゃない 意外性があって」

         そう云って また笑う フランソワーズに




              ────── 本当に そう思っているんだか な‥‥









        「でもこんな暑い日は 冷たいもの が 嬉しい わね」
        「まぁな」
        「ん〜‥‥そろそろ、かな」
        「?」

         数秒後。



         がしょっ



        「‥‥がしょ?」
         アルベルトが首を傾げる。不穏極まりない 破壊音。これが意味する処 は ────




        「「うわぁぁぁぁぁっ〜〜っ!!」」




         キッチンから聴こえる 盛大な喚き声の大合唱。
        「何て予想を裏切らないコト するのかしら、ね」
         声を立てず、口角を引き上げ 紅唇を 微笑の形に造り上げ フランソワーズ は
         徐(おもむろ)にソファから 立ち上がった。


        「わたしの 出番、かしら」










        「何時も 君はそうじゃないかっ!モノ壊してばっかりで!」
        「オレの力に耐えられないような ヤワな造りをしているのが悪いっ!!!」

         ぎゃあぎゃあ とお互いを責める ジョーとジェット。




        「‥‥騒がなくて も 冷凍庫にアイスクリームが 入ってる から」




         鶴の一声とも思しき その科白、に ジョーとジェットは その動きを瞬時にして 止めた。




        「片付けたら アイスクリーム食べて ‥‥喧嘩するのはそれからでも いい、でしょ?」




         穏やかに諭すフランソワーズ、に ジョーとジェットは無言で頷くと 散らかした
         それら を、そそくさ と片付け始めた。










        「お見事」
        「お褒め戴き恐悦至極」
        「‥‥お前さんのほう、が よっぽど子供達を理解 しているじゃない か」
        「なぁに、それ ‥‥嫌がらせ?」
        「いや、本心」




         ────── 若者達が キッチンで片付けに勤しんでいる 頃、

         リビングで、そんな優雅な会話が交わされていたコト を ──── 幸い、にも



                   気付く事は なかった、が ────────────






                   それも また ────── 平和の象徴 なのかも しれない。












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キリ番11200hit 邪羅様へ イメージは 父→アルベルト・姉→フラン・お子(笑)→ジョー&ジェット
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