(ひめごと)















衣替えの季節はとうに過ぎ。
薄手とは云え、ジャケットが必要だと感じる昨今。
ふと瞳に付いた、ショーウィンドゥ。飾り付けられたディスプレイ。








『夢見るようなKISSをしよう』









一昔前の恋愛ドラマのような煽り文句(フレーズ)
可愛らしいフレーズにも関わらず、何処か大人びた、深みを帯びたシックな(ルージュ)








『夢見るよう、な』









何となく、自分の口唇(くちびる)を指で触れてみる。
己には不似合いにすら思える───…




    ───夢を観た、のは一体何時だった…?




こつん、と、明度の高いガラスに額を当てて、見据えたガラス越しの向こうに、見知った顔。










「…何でそんな処に居るのよ」
「そんな処に付き合わせたのは何処の誰だ?」
「…別行動、でっ!書店に行くって云ってたじゃない───…約束した時間には未だっ…!」




「欲しいのか?」




唐突に、しかし、確実に真実を追究するその声にフランソワーズは睨むかのよう、に、上目遣いに相手を見遣る。




「判ってるなら訊かないで」

「判らないから訊いている」



にやり、と、口端だけを上げ、アルベルトは笑う。



強請(ねだ)れば直ぐに買ってくれるヤツが居るだろう?」
──…其の中、に、自分はカウントしていない処があなたらしい、と云うか…」



くすり、と、大輪の微笑みで軽口を返すフランソワーズ。
人通りの多い街中、人目を惹くショーウィンドゥの前に見目麗しい外国人が仲良く対峙していれば自ずと人目を惹いてしまう。
黒い皮の手袋に包まれたアルベルトの指が前触れも無く、フランソワーズの口唇(くちびる)をなぞる。
触れるか、否か、の───…微妙な距離、で。





「…この色はお前さんには未だ早いんじゃないか?」

「…気障なところを非常に申し訳ないんですけれど」



微かに瞳を伏せ、長い睫毛を震わせるフランソワーズが至極冷静な声でアルベルトの耳許に囁く。





「観ていたのは『口紅(そっち)』じゃなくてラッピングのリボン…ほら、隣のベビーピンク、の」
「…どうかしたのか?」


「ドルフィン号に付けたら可愛いと思わない?」





予想だにしない科白(ことば)に、アルベルトは口を閉じる事も忘れ、まじまじとフランソワーズの表情(かお)凝視(みつ)めた。




「何?」




「………………………………………………………………………………は?」



「何が『は?』なの?」

「可愛い、の基準」

「は?」








「「……………」」















───何とも表現し難い(いや〜な感じの)沈黙が辺りを支配する。…が、先に沈黙を破ったのは。


「女性は判らん」
「あら、女性蔑視(セクハラ)な発言ね、其れ」


告げ口しようかしら、と、又フランソワーズが微笑む。
飾られた深みのある(あか)が似合う、大人のオンナの余裕(かお)で。




「それは困ったな…口止めに贈らせて貰うよ」





そう云って、くいっと顎でディスプレイを指し示す。





「似合わない、と云ったのは何処の誰だったかしら?」

「そんな昔の発言(こと)は忘れた」

「ふ〜ん…ま、いいわ、贈られてあげる」



で、予定の買い物は終わったの?、と、瞬時に日常に戻る眼前の表情(かお)は既に『紅』の似合う大人の表情(もの)では無く、
外見年齢相応の───…其れ。














本物の大人は一体どっち?















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