秋空











         「おーい? 何やってんだ?」




         秋空、澄みきったとある快晴の午後、ジェットは屋根に向かって伸ばされたハシゴを見上げて首を傾げた。


         「え? ああ、ジェットね。参っちゃったわ、洗濯物が飛ばされてしまったの」


         空から…もとい、屋根から返ってきたのは、少し困ったような高い声。やや間があって、そこからひょいとフランソワーズが
         顔を出した。
         今日は良い日より、文句ない天気。だけど少し、風が強い。
         昨日まで雨だったから一気に洗濯物を干したのだろう、物干しは山のようなタオルだの衣服だのが吊されていた。しかし、
         こう風が強いと、うっかり一枚や二枚は飛ばされてしまう。
         その風も、数日前までは夏の暑さが残った生ぬるいものだったのに、もうすっかり秋の冷たさが混じってきていた。


         「危ねぇぞ」
         「大丈夫よ」
         「ってーか、何でジョーにやらせねぇんだよ」
         「博士と一緒に出かけちゃったの、ジョー。あなたに声を掛けても爆睡、だったし」


         バツの悪そうな顔をしたジェットを見下ろして小さく吹き出したフランソワーズは、よいしょ、とかけ声をかけて、小さなイワン用
         のシーツを拾い上げた。


         顔を上げて天を仰ぐと、視界の先は、青く澄みきった、空間。
         もう、すっかり秋の色、だ。
         夏の色は消え去り、秋が来て……そしてまた、直ぐに冬の空になるのだろう。




         季節は、巡る。








         時の止まった身体とは、裏腹に───────









         ぎゅっと、シーツを握りしめた手。
         切なく、揺れた、瞳。



         見上げているジェットには、その表情が分からない、が。




         何故か無性に、フランソワーズの背が、姿が────────












         もの哀しく、見えた。











         「何、考えてんだ?」
         「……別に」








                              大したことじゃ、ない───────








         「『別に』っつーワリに、なんでそんなに哀しそう、なんだよ」
         「『哀しそう』? 私が?」








                              そう、大したことじゃ、ない。








         「何だよ、言えよ」
         「だから別に」
         「気になる、じゃねぇか」










                   ──────── こんな想いが、不安。

                   こんなことを、ふと感じてしまう自分が、不安。














                   ただ…それだけ────────





















         「大丈夫よ」




         現在(いま)が、倖せだもの。

         先の事なんて、今、不安になる必要なんて無い。



         季節を。

         空の色の移り変わりを、この瞳(め)に映しながら。







         それでもまた、不安になった、ら。

         その時に、考えれば、いい。









         独りじゃない、から──────── …















         「フランソワーズ?」
         「本当に、なんでもない、の」



         綺麗の微笑んで、フランソワーズは洗濯物を腕に掛けた。
         そして、注意しながらハシゴに足をかけた、途端。


         不意に突風が、ハシゴを揺らした。




         「きゃ…!」
         「危ねぇ!」










         どんがら がっしゃん……












         折り重なるようにして、二人は地面に倒れ込んだ。

         と同時に、一瞬だけ遅れて倒れてきたハシゴが、ゴンッとジェットの鼻に直撃……


         「ごめんなさい、ジェット! 大丈夫?!」
         「………何と、か…な」


         微かに震えたような声を絞り出した、ジェット。
         『何とかな』とは言いつつも、かなり痛そうである。

         「本当に?」
         「あぁ」
         「嘘っ」
         「それはいいんだがよ」

         少し言いにくそうに、ジェットはフランソワーズを見上げた。



         「……悪いんだが……早くどいてくんねぇか」



         彼の言葉に、フランソワーズは、はっとして顔を上げる。
         そう。





         ジェットの上に、折り重なったまま、だ……





         「きゃぁ!!! ごめんなさいぃぃっ!」


         顔を赤らめた、フランソワーズ。



         いや、そういう反応されても傷つくんだけどよ……



         密かに頭を掻いたジェットは、小さく溜息をつく。

         と、その時。







         ピッ  パシャリ







         間近で、何やら微かな電子音が聞こえた。
         はて? と顔を見合わせ、二人が振り向く、と。








         「いい絵だった、な」








         デジカメを構えた、銀髪の男が、一人。





         アルベルト、だ………






         何やら面白げに口の端を上げた彼は、撮ったばかりの画像を確認すると、またしても何やら満足げに笑って頷いた。

         「アルベルトーーー!!」

         再び、真っ赤になる、フランソワーズ。
         「今のは事故よ、事故!」
         「ってーか盗撮だぞ! テメェ!」
         「まあ、そう言うな。気の迷いと言うこともある」
         「どういう意味よっ」
         「しかもオッサン、何処にトンズラしてやがった?! つーか、いつ帰って来たんだよっ!」
         「煩い」






         青空の下響き始めた、全くかみ合わない会話は、一時の間、続く。






         暫くその喧噪を聞き流していたアルベルトは、吠えまくるお子様達を一瞥すると、デジカメ片手にその側を通り抜けた。

         「ま、コーヒーでも入れてくれ、フランソワーズ」

         抑揚のない声で言うと、彼は玄関のノブに手を掛ける。

         「待てコラ! オッサン! その画像どうする気だよ!」

         素早く立ち上がったジェットは、つかつかとアルベルトに歩み寄った。だがアルベルトはチラリとも振り返らずに、再び口の
         端を上げる。







         「さあ、どうするかな?」







         嫌みとも取れるその口調と微かな笑い声、が。



         金木犀の香り漂う、秋空に、溶けた。
















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jui様から戴きました 『凛樹館』キリリク





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