眠り姫とナイトふたり





         「フラン?」


         がちゃり、と。
         ノックもなしにドアを開けて、ヤバい、と遅まきながら思いあたる。

         こないだもこれやって怒られたんだよな。
         ……着替え中、だったから。

         あのときはオイシカッタ…あ、いやいや悪いことしたよなぁ。
         そのときのことを思い出して、思わず鼻の下が伸びる。

         そんな、“反省?何ソレ?”な俺の思考回路は今更として。



         「フラン?」
         もう一度、声をかける。

         いないのか?
         それならそれで勝手知ったる彼女の部屋から、目当てのものを持ってくまでだ。

         ドアを大きく開いて、ずかずかと中に入る。
         鏡台の引出しを探ろうと伸ばした手が、ぴたりと止まった。



         ベッドの上に、布団もかけずに横たわっているフランソワーズ。
         すうすうと寝息をたてている背中。

         なんだ、いるじゃねぇか。
         珍しいな、コイツが昼寝だなんて。

         枕の横に、表紙の折れ曲がった文庫本が転がっていた。

         なるほど。読んでる途中に寝ちまったってワケか。
         にしてもしょうがねぇなぁ、そんな薄着で。
         春とはいえ、風邪ひいちまうぞ?

         見事にフランの身体の下敷きになっている毛布をぐい、と引っ張る。

         ――抜けねぇな。布団の上に寝るんじゃねぇよ、全く。
         起こさないようにほんの少し彼女の身体をずらして、またゆっくりと引っ張る。

         ――重いんだよ、おまえ。少しは抱えて飛ぶ俺のことも考えろ。
         ずりずりと、少しずつ引き出されていく毛布。

         ――といっても、フランを助けるのは大抵ジョーのヤツだから、
         俺がおまえを抱えることなんざめったにないけど?
         ようやく引っ張り出した毛布をかけようとすると、フランが寝返りをうって
         こっちを向いた。


         「ぅ、んんん…」

         迷惑そうにしかめられた眉。毛布を引っ張ったのが不快だったってのか?
         はいはい、昼寝の邪魔して悪かったよ。俺は退散するから
         ぐっすりと寝てください、お姫様。


         彼女に毛布をかけて。
         目当てのものを探し出して。
         そのまままっすぐ出て行くつもりだった。
         もちろんそのつもりだったさ。


         「ぁ、いや…」



         薄く開いた唇から漏れる声。
         俺は間抜けにも、両手に毛布を広げた状態で固まってしまった。
         ぎぎぎ、と音のしそうなぎこちない動作で、首だけ動かしてフランの顔を覗きこむ。
         伏せられたまぶた。その長いまつげが作る影。
         苦しそうに寄せられた眉。
         その艶やかな唇から、また不明瞭な言葉が漏れた。

         「やだ…い、やよ…おねがい、…」


         これって寝言、だよなぁ。悪い夢でも見てんのか?
         ええっと、起こした方がいいか?とすると起こさないように
         毛布を引っ張り出した俺の努力は水の泡?
         いやそんなことはこの際どうでもいいけど。

         ごくり、と自分の唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。


         「いや、いや、いや…」

         首を振って、うわごとのように繰り返すフラン。

         うなされて、んだよな。すぐに起こした方がいいって絶対。
         そうだ!そうしろ!俺!

         そうは思いつつも―
         妙に色っぽいフランの顔から目が放せない。足が凍りついたかのように
         その場を離れることもできない。

         寝顔は見たことあったけど…こんな顔してるのは初めて、見る、よな…。
         なんでこんなに色っぽいんだ?コイツ。


         「ぁあ…」

         その切なそうな声と共に、閉じた瞳から涙がぽろぽろと溢れ出した。
         それを見た瞬間、はっと我に帰る。

         何やってんだ、俺?
         コイツはうなされてんだ。きっと悪い夢を見てんだ。
         すぐに起こしてやるのが親切ってもんだろう?
         なのに――ぼんやりと見とれてる、だなんて。
         ほんの少しでも、もっと見ていたい、と思うなんて。

         ぶるっと頭を振って、ぱちぱちと自分の頬を叩いて気合を入れる。
         毛布をベッドに戻し、いざ眠り姫を悪い夢から解放しようと手を伸ばした。




         「フランソワーズ!」
         乱暴に揺さぶられて、はっとしたように目を覚ます彼女。
         ぱちぱちと瞬きをする緑の瞳からまた、涙が零れた。


         …えーーっと…

         ゆっくりと身体を起こし、ぼんやりとした表情で辺りを見まわしていたフランが、
         その人物を認めてほっとしたような声を出す。

         「アルベルト…!」
         「なんだ?また悪い夢を見てたのか?」
         子供のようにしっかりと抱きついてくる彼女を優しく包み込む銀髪の男。

         「大丈夫だ。もう大丈夫だから」
         「…うん…ありがとう…」
         安心させるように、廻した手で背中をぽんぽんと叩く。


         …そういや俺、ドア開けっぱなしだったか?




         目の前で繰り広げられている、ラブシーンとしか言いようのない光景。
         俺は間抜けにも行き先を失った右手で、ぼりぼりと頭をかく。

         そりゃ、ぼんやり見とれてた俺が悪かったよ。
         悪かったけど――なんでよりによって、今、出て来るんだよ?
         このオッサン、後ろでずっと見てたんじゃねぇか?


         所在なげに立っていた俺を、ヤツが勝ち誇った笑みを頬に貼りつけて振り返る。

         「見とれてねぇでさっさと起こしてやれ」



         やっぱ見てたのかよ。












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かあお様から頂きました 「駄文広場。」からの転載
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