向日葵



















         ギルモア邸に、いつの間にかこぢんまりとした花壇ができているのに気づいたのは、梅雨もそろそろ明けるかという頃、だった。

         ジェットは煉瓦で囲まれたそのスペースに、ハテ? と首を傾げる。

         咲いているのは、よく見る夏の風物詩とも言える、もの。
         鮮やかな緑の茎と大きな葉が、頭と言うべき黄色の花を支えているそれは。





         真夏の青空に映える、向日葵─────





         だが…と、ジェットはその大輪に咲き誇る向日葵を、見下ろした。
         そう、『見下ろした』、のだ。
         普通、向日葵というものは派手に高く成長する、というイメージがあるのだが、ここにあるのは…なんともミニチュアな、もの。
         高さなど、膝のあたりまでぐらいしかない。
         何とも謙虚な、と思っていると、





        「荒らさないでよね」





         と、空気の中から生意気な声と姿が現れた。

         ふわりとした銀髪を舞い上がらせ、地に足をつけたのは、クロウディア。
         手には肥料だのバケツだの、たくさんのガーデニングセットを抱えていた。

        「へぇ。これ、お前のなんだ?」
        「あたしの職業、何だと思ってんの」
         意外そうにクロウディアを一瞥したジェットを、琥珀色の幼い瞳が一気に睨み上げる。
         そう、クロウディアは植物改良の研究室勤務。
         もともと啓吾の道楽から始まった部署だが、意外と人数も増え、今では敷地内に広大な温室がいくつも建てられている。
         そこから拝借してきた、向日葵の種。
         マメに世話をしていたのが良かったのか、鮮明で美しい黄色が、見事に咲き誇っている。


        「なーんかさぁ」


         かがみ込んで、その黄色に顔を寄せたジェット。



        「ヒマワリって逞しそうじゃんか? そんなに手入れしなくても育ちそーだよな」



         何気なく言った、彼の言葉、に。
         クロウディアは、ぴくりと、手を止めた。






        「そんなこと、ない」






         呟いた、低い声。










        「人間と同じ、だよ。植物だって」










         放っておけば、育つかも、しれない。
         だけど。


         手入れして。
         愛情を持って。
         話しかけて。
        「綺麗に咲いてね」って微笑みかけて。




         そうすれば。


         もっともっと、素敵に、育つ─────






         あたしが、こうして生きてこられたように。
         周は────本当にたくさん、いろんなものを、くれた。


         それは知識だったり、『人間として』の生き方だったり。
         そして。






        『愛情』、だったり……






         あの研究所しか知らなかった、あたしに。


         本当に、たくさんの、もの、を。












        「シケたツラすんなよ」












         重い空気が漂った、その場に。
         突如として、バカに明るい声が、響いた。

        「オメーが落ち込んでると、何だかスゲェ恐ろしい」

         言ってジェットは、ぽんぽんっとクロウディアの頭を撫でた。
         微かに目を瞬いて、クロウディアは隣に座り込んだジェットを見上げる。



         その表情は。


         この向日葵の、ように。
         この向日葵の名のように。




         眩しい、笑顔。




         そう。









        『ビッグ・スマイル』─────









         ぽかんとして、クロウディアはジェットを見つめ続けた。
         そんなジェットはニシシと声を立てて笑うと、銀髪の頭を撫でる手に力を込める。
        「笑ってろよ」
         明るい、そして優しいジェットの、声音。
        「オメーはさ、昔からアホのように無茶苦茶で元気だからよ。そーいう顔されると、ちょっと不気味だ」
        「不気味…?」




         一瞬で…クロウディアの表情が、豹変する。

         それは…そう、周が怒ったときと、同じ、顔………




        「このパーフェクト・ビューティー・フェイスが、不気味ですってぇ?!」
        「んだよ、その『パーフェクト』何とかっつーのは! 図々しいんだよっ!」
        「何言ってんのよ! あたしは周譲りの美貌なんだからねっ! ジョーだってそうじゃないっ!」
        「……美貌っつー表現して良いのか、ジョーは…っていうか、周譲りという時点で終わってるぞ、お前…」
        「うわー! 暴言っ! 周にチクってやる!!」
        「おーおーチクれチクれ! その代わり、サシになったら責任とれよ!」
        「何であたしがっ!」



         頬をふくらませた少女は、ガバリと立ち上がった。

         するとその幼い、身体を。






         ふわりと、ジェットが、抱き上げた。






         い? としたクロウディアに構わず。




         そのまま、肩車。









        「今度は、あんなに謙虚なのじゃなく」









         肩の上の少女に。










        「こんぐらいでっかくなるヒマワリ(ヤツ)にしろよ」











         投げかけられる、明るい、声─────












         そう。

         こじんまりしたのも、味があっていいけど。







         このくらい………二人分の背丈ぐらい育つ、逞しい花も、いい。







         キョトンとしたクロウディアは……
         頷いてトリ頭の髪を掴むと、


        「うん!!」


         と、笑顔で、大きな声を上げた。




        「案外、重いな…お前…」
        「失礼ねっ! このパーフェクト・バディーに向かってっ!」
        「……『パーフェクト・ビューティー・フェイス』の次は、『パーフェクト・ボディ』かよ…」





           ま、それも、よし。





         このくらい図太くないと、『クロウディア』じゃ、ない。




        「このまま、海にいこーよ!」



         嬉々として、水平線に指を指す、クロウディア。



        「今日はサービス、な」



         呆れながらも、歩き出す、ジェット。










         クロウディア。








         周の娘。そして、アルベルトの、娘。



         その生い立ちも、これから背負っていくものも、重いけれど。










         オレたちも、一緒、だよ。これからも。












         だから。


         笑っていて、くれ。



         いつも明るくなるように。
         ずっと、楽しい気持ちに包まれるように。





         このヒマワリのような。











         笑顔を、見せて───────…






























                 「かわいー! 見て、イワン」
                 『あ、本当だー』
                 「何をじゃれてやがる、あいつら」
                 「あれ? 妬いてんの? アルベルト」
                 『きっと、娘を嫁に出すような心境なんだよ』
                 「あははっ! そりゃいいわ!」
                 「何がいいんだ、周」
                 「いや、別にぃ?」
                 『自覚が出てきていいなってこと、さ』
                 「…自覚?」
                 『そ。父親の自覚、だよ』












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