颱風日
降りしきる
雨に誘われ 嵐来る…
よみひとしらず
「いい加減にしろ」
低い……それでも怒りを押し殺しているであろう声が、その場にいた者たちの耳に届いた。
仲良く抹茶アイスを食していたイワンとクロウディアは、思わずその唸りに似た声に、手を止める。
「何が────いい加減?」
真っ正面から返された声も、半端ではなく、冷たい。
ざあざあと激しい雨音が聞こえる中、繰り広げられつつあるのは…いつもの冷戦。いつもの絶対零度。
だけど…
『何か…ヤバくない?』
ほんのり溶けた抹茶アイスに一瞬で霜が立つのではないかと思われるほど冷却されつつある空気に、クロウディアは眉間に皺を寄せ…
緊張したテレパシーを送った。
『いい感じに冷えてきたね』
苦笑満面の、イワン。
それでも添えられた小豆のペーストを口でもごもごさせながら、いつでも脱出できるような体勢を整えつつ…成り行きを見守っている。
だが。
「─────状況を逆手に取るあたり、さすがと言うべきか」
「ワケ分かんないわ。人語、話して」
「なんだと?」
「大体、どうして私が突っかかられなきゃならないのよ。私は、ただ────」
「お前こそ、自分が言った言葉に責任を持つべきだろう」
冷戦は、激しくなるばかり……
通例のこととはいえ、ここまで拗れた喧噪を久々に見た…ような気がする、と、お子様ふたりはスプーンを再び動かしながら、上目遣いで
大人二人の様子を窺った。
感動的な(?)四十年ぶりの再会から今日まで、まあ面倒くさい諍いもちらほらあったが…今回は本当に、雲行きが怪しい。
しかも…
『そうよ。大体、何であんな凄まじく下らないことで、こんなになんの』
そう、今回は理由が理由だ。
『それは二人が─────』
ぺろり、と最後の一掬いを舐めたイワンが、テレパシーを続けようとしたとき。
「なぁ周。オレのシャツ知らねぇ?」
「周。オリーブオイル、もう無かったかしら」
「古典の全集、持ってきてくれた? 周」
「おう、周。先月のメンテのデータはどうなったかね」
どやどやとリビングに入ってきた面々が、いっぺんに周の名を連呼、した。
その途端。
「「煩い………!!」」
と、冷ややかだが息のピッタリ合った声音が、響き。
リビングに入ってきたばかりの人間達は、ぴたりと身体を、止めた。
そこでやっと入ってきた面々────ジェット、フランソワーズ、ジョー、ギルモアは……その場
の空気に、はたと気づく。
「シャツは洗濯中、オリーブオイルは買い置きがキッチンの右から三番目の棚、全集はそこのテーブ
ル、データは分析済み──────他に質問は?」
「「「「─────────……ありません……」」」」
ちらりともメンツを見ず、淡々と言葉を羅列した周に…四人は息の根を止められたかのように静まりかえる。
まるで「だるまさんがころんだ」でも真剣にやっているのではないかという風景に、イワンとクロウディアはスプーンをくわえたまま、息を殺した。
「で、他に何か文句でも?」
「さっきから言っているだろう! だから自分の言葉に───」
「責任を持て? そうは言っても、貴男だって何度言っても聴かないじゃない!」
「お前が説得力がなさすぎるからだ」
『………何なんだよ、これ…』
からくり人形のように首をぎこちなく動かせ、ジェットはソファーに固まるイワンとクロウディアに脳波通信を飛ばした。
『あー…話せば長くなるけど、下らないよ?』
冷静かそうでないのか、イワンの返答は少し素っ気ない。
いやーな沈黙大爆発の中、息をするのも忘れた面々が、まさしく「だるまさんがころんだ」のように微動だに出来ない状況…が少しばかり続いた、
そんな時。
「やはり─────口で言っただけでは分からん、か」
かちり、と…アルベルトの右手が、音を立てた。
かと思うと…
「いつまでも、平行線だものね─────」
周の爪も…シュンッと風を切るような音を立てて、長く伸びる。
緊迫した、空気。
張りつめた、神経。
外野のメンツに流れる、厭な、汗──────…
「サ…」
サ?
「『サシ』だあぁぁーーーーーっ…!!」
途端に響いたジェットの絶叫に、その大声を聴いた面々が悲鳴を上げて、ソファーやらテーブルの下やらに避難した。
と、同時に───────空気を切り裂くような勢いで、リビングで直立していた二つの影が床を蹴り…次の瞬間には低周波のような音を立てて、
何かがかち合うような音が、響いて、いた。
混じり合う、刃。
だがそれは一瞬の、事。
弾かれたようにお互いが離れると、周はふわりと空中で側転して壁を蹴り…
アルベルトはアルベルトで、勢いを付けながら突っ込んでくる周を冷たい視線で捕らえ、レーザーナイフを構えた。
再び、響く……金属の混じり合う、音。
ひいっと声を上げ、ジョーとフランソワーズはソファーの影で、その恐ろしい音に耳をふさいだ。
あーあ、とジェットは頭を掻き……クロウディアとイワンはスプーンをくわえたまんま、沈黙。
だが、その側で。
「ほう───四十年前より良い動きをしとるじゃないか、あの二人」
と、妙に冷静にサシを分析しているらしきギルモアが、目を見張ってささやかに感嘆の声を上げた。
一気に、六人の視線が、ギルモアに集中する。
「博士……今それ…」
「笑えねぇ……」
ジョーとジェットが、落胆か緊張かの声を絞り出したが、ギルモアの様子も、そして繰り広げられる大戦闘も、全く変わる様子は……ない。
それどころか、終いには軽快なマシンガンの音と、サイコキネシスが発する微かな異音までちらほら聞こえ始め、状況は悪化をたどる一方だった。
「何なの…! 一体っ…」
恐ろしさに、涙声になるフランソワーズ。
それもそうだ。
リビングに入ってきた途端、いつもの絶対零度の三割り増しかと思うほどの空気が立ち込め…かと思ったら、あっという間にこの状態。
……これを怯えるなという方が、難しい。
なまじ四十年前の二人を知っているから、怖さも倍増するというもの、で。
すると…
「ちょっと! 二人ともっ!」
くわえていたスプーンをやっとの事で口から抜き取ったクロウディアが、颯爽と立ち上がった。
そんな勇敢なる少女を、共にソファーの影に隠れていた面々は、ほえ? とした表情で見上げる。
「何やってんのよ! まったくもう!」
偉い! クロウディア!
さすが、血を分けた、娘!
と、外野は勇気ある娘に賞賛の眼差しを向けた……が。
「それに周っ! そのブラウス、お気に入りなんでしょ?!」
…………はい?
「狙ってたやつがバーゲンで半額になってたって、喜んでたじゃないっ!」
……クロウディア………?
「だからっ!」
─────だから?
「やるんなら、ちゃんと防護服着てやんなさいよっ! 勿体ないっ!!」
「煽ってどーすんだよっ!!」
思わずジェットは、結果として勇敢とは言い難い意見を発言した少女の銀髪を思いっきり引っ張った。
強制的に着席させられたクロウディアは、がるるると唸りながら、ジェットを睨む。
その横で、盛大に溜息をついた、ジョー。しかし、溜息をついている場合ではないと、凄まじ勢いでジェットとクロウディアに怒りの視線を向けられ、
慌てて再度出そうになった溜息を飲み込んだ。
しかし、そんな悠長にしている余裕は、ない。
「ったく! しつこい!」
怒りにまかせて……放たれまくる、サイコウエーブ。
「お前こそ、『悪かった』という、たった一言が言えんのか!」
更に勢いを増して火を噴く、鋼鉄の右手。
そして。
「何よ! ガキじゃあるまいしっ」
「そのガキ以下だろう!」
「じゃあ、あなたは何なのよっ!!」
「自分のことを棚に上げて、人に話を振るな!」
全く衰えない、凄まじい怒鳴り合い……
「……何だか…『人類の最後』って感じが、しない…?」
「…そん時ゃ、『地球の最後』だろーよ」
額に汗を浮かべるフランソワーズと、一応、生命と名の付くものにシールドを張り巡らせたクロウディア。
そのシールドのお陰で、なんとか流れ弾やサイコウエーブを防げるが、問題は、破壊されつつあるリビングだ。
アルベルトの拳で砕けた床の木片が宙を舞い…周がシールドで跳ね返した弾丸が、あちこちにめり込んでいく。
……真剣に、もう厭、です……
ジョー、ジェット、フランソワーズ、クロウディアは密かに泣き出しそうな表情で膝を抱えたが、何故かイワンとギルモアだけは、
物陰から真剣に戦闘を検分している…
『再メンテの準備した方がいいかも』
「そうじゃの」
……ように、見えた。
外は、大雨。
中は、嵐。
いつ終わるか知れない、その厭な嵐を背後に皆が大きな溜息をついた……その時。
「みんな。コズミ博士にプリン─────」
と、不意に届いた、軽快な声。
それとリビングの扉が開いたのと…そして流れ弾が、その声の方に向かったのは全く同時、だった。
が。
「…………貰ってきた、よ…?」
その声が、震えた言葉で続きを紡ぎ。
当たるか当たらないかのところで弾丸が止まってバラバラと床に落ちたのも、同時、だった。
高級洋菓子店の袋───中身はプリンらしい───を片手にリビングに入ってきた人物…ピュンマ
は、彫刻のように直立したまま息を詰める。
「大丈夫? 8番目」
一応ピュンマを救ったらしい周が、ケロッとした口調で声を投げた。
呆気にとられた外野のメンツの前で、ピュンマはコクコクと何度も頷く。
そう、と軽く流した周は、大きく息をついてアルベルトに向き直った。
「今日はこのぐらいにしといてやる、わ」
「何を偉そうに。それはこっちの台詞だ」
不機嫌を絵に描いたような表情のアルベルトは、ふんっと鼻を鳴らす。
ぱちん、と周が指を鳴らすと…あれだけ破壊の限りを尽くされたリビングが、一瞬で何事もなかったかのように修復された。
全てが元通りになったのを確認すると、周は隅に置いていた洗濯カゴを抱えてすうっと姿を消し、アルベルトは乱暴にドアを開けて、リビングを出て行った。
残された面々は、やって来た沈黙の中…それでもまだ警戒態勢で、恐る恐る顔を上げる。
……嵐、ひとまず通過…
数分後、落ち着きの戻ったリビングで非戦闘員の7名が、今回の功労者であり半被害者・ピュンマの土産、高級プリンを、
通夜かというような静けさの中で食していた。
「でも、よかった」
少し苦笑したフランソワーズが、不意に呟いた。
「ピュンマのお陰ね。あなたが帰ってこなかったら、あんなに早く終わらなかったわ」
「………僕はドア開けた瞬間、死んだと思ったけどね…」
スプーンを止めたピュンマは、同じく苦笑する。
あれから二人は、姿を見せない。
でも、どこで何をしているのか…まったく気にならない。
束の間でも平和な空気を得たいから、数時間は消息不明でいてもらったほうがいい…というのが全員の素直な胸中、なのだから。
「でさー。結局何だったんだよ、大戦闘の原因は」
頬杖をついたジェットは、恐らく一番重要であろう疑問を口にした。
イワンとクロウディアの動きが、ぴたりと、止まる。
「洗濯物と、煙草」
「…は?」
「あれ、見てよ」
呆気にとられたジェットの隣で、クロウディアはリビングの隅を指さした。
そこには、雨のため室内に干された、色とりどりの洗濯物。
でも……
「それと煙草…って?」
ジョーは洗濯物を見ながら、問いかける。
「それがさー……」
心底、何故か落胆したような表情で、クロウディアは息をついた。
「ほら、今日、雨降ってるじゃない? 仕方なく周がリビングに洗濯物干してたら、アルベルトが側で煙草吸い始めたのね。
で…『臭いが付くから洗濯物の側で吸わないで』って、周が言って…」
そう。
そしたらアルベルトが、『お前もよく干しながら吸ってるじゃないか』と、さらりと言い返して。
それから数秒もたたないうちに…何故か、あんなにも巨大な喧嘩になってしまったのだ。
なるほどね…と、ジョーは頭を掻く。
『大体、どうして私が突っかかられなきゃならないのよ』
『お前が説得力がなさすぎるからだ』
今となっては、それぞれが口にしていた言葉が理解できる。
しかし…
「下らねぇ………!」
まったく、そう。ジェットが吐き捨てたように、真剣に下らない。
『だから言ったじゃないか。話せば長いけど下らないよ? って』
小さな掌で、イワンはお手上げのポーズ。
毎度のこととはいえ、なぜこんな些細なことで、小規模から大規模まで様々なことが起こるのか。
まあ、それがもう習慣のようになっているのだからどうしようもないのだろうが…果たして『喧嘩するほど仲が良い』、という言葉は、
あの二人に適用するのか…疑問。
諦めの溜息をついた、ギルモアとお子様達。
しかし、その側で…
今回、真剣に命を危険にさらしたピュンマだけが、次回からは本当に必要な時にしか日本に来ないようにした方がいいかもしれない、と、本気で…悩んでいた。
だが、その「悩み」、は。
「出てこい、周っ!!」
「うるさいわねっ! 今度は何よ!!」
再び遠くで聞こえ始めた凄まじい怒鳴り声で…
瞬く間に「決心」、に、変わった。
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