『 誕生日 』




         それは生きている限り 平等に訪れる
         1年に1度の記念日
         『 嬉しい 』と感じるのは 比較的若い年齢層 で

         自称 『 無敵のサイボーグ 』な彼にもその日が訪れようとしていた。

         嬉しいか否かは───────────‥微妙 である が。










         戦慄の誕生日










         その1年に1度の記念日の朝。
         昨夜は『 前夜祭 』と称して 遅くまで飲み、気付いたら自室のベッドに居た。
         「〜っつ〜‥‥ 頭いてぇ‥」
         もぞもぞと起き出すジェットの視界の端に、自分以外の人間が存在するのを感知する。
         「ったく誰だよ 寝ぼけてるヤツはぁ‥」
         彼曰く『 寝ぼけているヤツ 』の顔を見ようと頸(くび)を動かす─────が。

         「‥‥‥‥‥」
         ジェットの動作が一瞬にして凍り付いた。


         見慣れた 髪
         見慣れた 顔


         そこ迄は まぁいい────────‥‥ 問題 は。

         それが『 女性 』であるという事。


         毛布から覗く肌理の細かい白い肌
         首筋から鎖骨、二の腕、胸元 に散らばる 紅い所有の 刻印(しるし)。


         しかも毛布を象るラインから想像するに 服は身に付けていないようだ。




        「え〜っと‥‥」
         昨夜のことを思い出そうと二日酔い気味の頭をフル回転させる。
         何時も通り テンション高く、遠慮なく飲んだからどれ位の量を飲んだのかは
         判らない。これも何時ものことだ。
         特に変わったことはなかった様な────気が する。


         「全然 憶えてねぇ‥っ」


         「‥‥ぅ‥‥ん‥‥」
         隣に眠っている女性が寝返りを打つのを見て、ジェットは思わず息を呑んだ。
         彼女 ‥‥ ゼロゼロナンバー唯一の女性 フランソワーズは閉じていた瞳を、ゆっくり と 開いた。
         長い睫毛に縁取られた 蒼の双眸が、ジェットを捕らえ────────‥‥
         「‥‥‥!!」
         瞳が合った瞬間、頬を薄紅色に染め上げ フランソワーズは毛布を自分の口許まで
         引き上げ、視線を逸らす。
         「 ‥‥‥ 」
         ふぅ っと溜息を付き ジェットは緩慢な動作でベッドから這い出ると、脱ぎ捨ててあったジーパンを 拾い上げる。
         お世辞にも『 キレイ 』とは 云い難い部屋の中、ジーパンの傍に散らばる 女性モノの衣類と下着────‥
         ジーパンを腰まで引き上げた処で、ドアをノックする音と共に声が聞こえた。


         「ジェット 起きた?薬持ってきたけど 二日酔いにはなってな‥」


         続くであろう科白(ことば)は 途中でかき消され、その代わりに グラスが割れる音が部屋に響いた。




         ガッシャンッ!!

         音の方向へ振り向くと、そこにはジョーが立ち竦んでいた。
         「‥‥フラン ‥ ソワーズ ‥‥?」
         毛布の下の身体がジョーの声に ピクリ と反応し、ゆっくりと上半身を起こす。
         当然、ジョーの瞳にも映ったであろう(推定)情事の痕跡(あと)。

         へにゃへにゃ

         としか表現のしようがない姿でジョーは床に座り込んだ。
         「‥‥な んで‥‥?」
         大きな紅い瞳が哀しそうに歪み、涙腺は決壊寸前。
         それでも落涙だけはさせまいと懸命に努力する姿が憐れを誘う。
         「おい 何を壊したんだ 今度は」
         低く響くバリトンの声音(こえ)の主がジェットの部屋を覗き込んだ。


         「‥‥で 何なんだ?この絵柄は」


         砕け散った グラス
         座り込んでいる ジョー 
         うんざりとした表情(かお)の ジェット
         ‥‥ ちなみに上半身は裸である。
         そして───────‥‥

         ベッドの上に鎮座する 亜麻色の髪の 彼女


         「そいつは オレが聴きてぇよ」
         「‥‥そぅ だろうな 」
         「フラン〜‥‥‥ 」
         子供を宥めるかのように、アルベルトはジョーの頭を小突く。
         自分を見上げるジョーの姿にアルベルトは苦笑した。
         同じ18歳でジェットとの、この反応の違いは 何なのだろう。
         「‥‥‥で? 何のつもりだ グレート」
         ジェットがうんざりとした表情のまま、ベッド上のフランソワーズに視線を投げた。










         「そんなことだろうと思った」
         アルベルトは腕組みをして壁に凭れ掛かる。

         「‥ぇ グレート‥‥?」
         独り、状況を把握出来ていないジョーはフランソワーズをじっと見つめる。
         正確には『 フランソワーズに変身した グレート 』なのだが────────
         「どうして そんなコト 云う の?」
         その声音 も、その表情 も、フランソワーズそのもの で。
         「昨夜(ゆうべ)のこと は 只の気まぐれ‥‥なの?」
         はらはらと涙を落とし、それを恥じたのか 毛布で目許まで覆い、
         華奢な躯(からだ)を震わせ、必死に泣き声を上げる事を堪えている 姿。
         「‥っ 酷いよ ジェットっ‥‥」
         ジョーが目許に涙を溜めて ジェットに抗議する。
         ‥‥ 嗚咽に飲み込まれて それ以上は何も云えなかったが。
         「泣く前によく見ろ これの何処がフランソワーズなんだよ 全然違うだろっ!?」
         えぐえぐ と泣くしかないジョーにジェットは呆れ顔で言い放った。
         「‥‥フランソワーズはこんなに 胸 ねぇだろ」



         「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」



         その解答にアルベルトは何も言わなかったが、思いっきり眉間に 皺を
         寄せていたので 何を云いたいのかは──────‥‥ 大体 想像が付く。
         不意に顔を覆っていたフランソワーズが 口を開いた。
         「やっぱ『 まんま 』を再現しなきゃ駄目だな
         ちょいとお前さん向きに アレンジ してみたんだが」
         「何だよ アレンジって」
         「いや、マドモアゼルはそのままでも素晴らしいが ‥‥我輩としてはだなぁ
         もうちょっとメリハリがあったほうがジェットの好み かと‥‥」
         「‥‥それは間違ってないがな 根本的な処が違‥‥」




         「 胸がなくて 悪かった わね 」




         心なし普段よりも低い声がジョーの背後から響く。
         そこに立っているのは噂の主─────フランソワーズ。

         「わたしの姿で其処にいるのは何故 かしら?」
         にっこり と鮮やかな笑みに彩られた表情は、はっきり言って─────‥恐い。
         背中に暗雲が渦巻いているようにさえ見える。
         「いや、折角の誕生日にちょっとでも喜んで貰えたらいいなぁ、と‥‥」
         グレートの顔から徐々に血の気が引いていく。
         「その為にわざわざ女性モノの服や下着も用意した訳?」
         「いや これはマドモアゼルの部屋から拝借‥‥あっ!!」
         気が付いた瞬間(とき)には、時すでに遅し。グレードは生命の危機を感じた。


         「へぇ コレ ホントにフランのなのか‥」


         云いつつ拾い上げ、グレートが変身したフランソワーズの胸と 怒りのオーラ
         渦巻く『 本物 』のフランソワーズの胸を見比べ、得心がいった様に頷く。



         「あ〜‥ やっぱ 本物のほうが 胸 ねぇな」





         チュィーン


         聴き慣れたレイガンの音が不気味に部屋にこだまし、ぷすぷすと煙を上げて 壁に見事な穴を開けた。
         その穴は丁度グレートとジェットの真ん中 で。


         「 2人とも 最っ低 」


         「フランソワーズぅ これから出掛けない?可愛いお店を見つけたんだ」
         失意のどん底から復活したジョーが嬉しそうにフランソワーズに話し掛ける。
         ねっ? っと 笑顔全開 で誘ってくるジョーに フランソワーズは微笑み返した。
         「そうね‥‥そうそう!どうせなら夕食も外食にしましょうよ ‥‥ねぇ<アルベルトも一緒に行かない?」
         「‥‥あまり邪魔はしたくないんだがな」
         「あら このまま家に居たほうがお邪魔なんじゃないかしら?」
         うふふっ と艶然と微笑んだフランソワーズはジョーとアルベルトの腕を取り、
         優雅に部屋から出て行った。
         去り際、グレートとジェットに 絶対零度の視線 を浴びせるコトも忘れずに。

         「あ グラスは片付けてね」

         と、悪魔の一言を残して。



         踏んだり蹴ったり、とはまさにこのコト。
         今回に限り、自分に非はない!─────────とはジェット自身の云い分 である。
         「あ〜ぁ 折角の誕生日がぁ‥‥」
         夕食も外で取る と フランソワーズは云っていた。
         すると必然的に自分で食事の準備をする訳で。幸か不幸か、今日 この家に
         居るのはグレートとジェットのみ。他の面々は理由は様々だが 出払っている。
         何故こんな日に粗食にならねばならないのか。



         「オレって不幸過ぎぃぃぃぃっ!!!」



         記念すべき日の朝、ジェットの声音(こえ)が虚しくギルモア邸に響いた。












         その日の夕食は 結局カップ麺で済まさざるを得なかった。
         元凶である筈のグレートはお酒を飲んで早々に部屋に篭る始末。






         時計がPM11:30を指し示す頃。
         余りの空腹に耐えかね、ジェットは食料を漁りにキッチンへと赴いた。
         誰もいない筈のキッチンは先客が居るらしく 薄明かりが漏れている。


         「ジェット?」


         キッチンの先客は振り向かず、でも迷わずにジェットの名前を呼んだ。
         「‥‥フランソワーズ‥‥」
         「そろそろ来る頃だと思った」
         そう言って振り向いた手には、ほわほわと湯気がたつ 陶器の深皿。
         イスを牽(ひ)いて、定位置に腰掛けると とん っと軽い音を立て、置かれる器、と─────もう 1品。
         「フラン‥ これ‥」
         「まだ 当日 でしょ?‥───誕生日」
         器の中身はオリーブオイルの香り漂うリゾット。そして─────────‥



         「おめでとう ジェット」



         色とりどりのプチフール。
         ジェットの向かい側には、座って紅茶を飲むフランソワーズの姿。
         「そっ‥その‥‥今朝は 悪かった‥」
         ふと 瞳(め)が合い、どちらからともなく微笑む。

         「大丈夫 よ 判ってるから」
         「‥‥‥ん」


         温かな 湯 気
         温かな 心遣い
         温かな 微笑み



         それは それで 幸せな 誕生日。












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幸せか否かは本人次第
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