使 .















気化熱を孕んだ風が足許から吹き上げる。

埃にまみれた頬を無造作に拭い。
掻く筈のない汗で濡れた背中に、防護服が張り付く不快感に眉を(ひそ)める。
既に瓦礫と成り果てた、文明の象徴であった筈の建造群。
曇天の空と同化したかのような色を(たた)えた其れ等から、微かに立ち昇る、栄華の欠片がやけに物哀しい。



ざり

自分以外が立てる、砂を()む音の主へ、フランソワーズはゆっくりと意識を傾ける。

「厭な風だな」
「…えぇ」

瞳を細めて見遣るその方角に、拡がるのは、何処までも同じ、鉛色───

寄り添うように歩み寄ったアルベルトは、傍らの、亜麻(きん)色の波間から見え隠れする、フランソワーズの
(うなじ)から肩に掛けての、なだらかなラインを何とは無しに眺める。
西洋人の割に肉付きの薄い(からだ)は、女性、と云うより少女めいており、かと思えば、その視線の強さには、
老獪さ(ねんりん)が滲み、精神と肉体のアンバランスさが目を惹く。

───不均衡(アンバランス)


アルベルトは右手の平を暫し見つめた後、握り締めた。



「暗いこと、考えてるでしょう」

視線は変えぬまま、呟かれる、科白(ことば)

「…よく判ったな」
(よど)んだオーラが漂ってる」
「………」

「この空の色、みたいに」

随分な云われ様…なのだろうが、当たっているだけに言い訳のしようも無く。

「ま、気持ちは判るけど───…こうやって時間って流れるんだろうな、って考えると」
「何かあったか?」
「何も無い、事なんて無いと思うけど?」
「哲学か?」
「折角のanniversaireなのに、灰色一色の世界だし」

「…あぁ」








仏語で Anniversaire


独語では Geburtstag








英語なら Birthday













忘れ得ぬ










今日だけは、と
ダイエットも忘れて
頬張ったケーキ










平凡な






華やいだ、笑い声
寄り道しながら
冷やかした、雑貨屋










嘘のように
綺麗な幸せ









遠い過去(きおく)














想い出せば口許に微笑が浮かぶのに








瞼の奥が熱くなるのは、何故だろう





















「おい、そこの黄昏てるオッサン」
「…それは酷い、と、思う…」

───場の空気を何処までも無視した、能天気な声が、後方から突き刺さる。
引き()られるようにして、同時に姿を現した栗色の髪の青年は、些か疲れたような表情(かお)で、
傍らの赤い髪の青年を睨みつける。

「コイツも黄昏ててさー、暗いのなんのって」
「…ジェットが無駄に動き廻るか───…
「で、こっちは何でだ?」

人の話も訊かないし、と、小さな反論など聴く耳持たず。

「誕生日なんだと」
「本当!?」
「へ〜ぇ?幾つになったかは訊かないでやるよ」
「煩いわよ、同年代」
「うわ、可愛くねぇ」
「ぇ、可愛いよ?」
「素で云うなっ、この天然!」

「…緊張感無いな、お前等…」









雲を切り裂くように、刺し込む、一縷の光の(すじ)
伸びた(すじ)の、目が眩むような閃光に、一瞬反応が遅れる。

チッ

伝わる、微かな空気震動

掠めた直後、頬に感じた───違和感

流れる血










「003!」










響く、怒号
(あか)に染まる、視界

刹那、世界は、黒一色に塗り換えられる。


ジョーは、フランソワーズは抱きかかえ、瓦礫と化した建物の影へ身を翻した。


光の方向へ打ち込まれるマシンガン
吹き上がる風を味方に付け、舞い上がるマフラー






盾となるように







背中に感じる、暖かな掌
耳朶(みみ)を打つ、力強い鼓動






護るように













がくん、と、前のめりになるような振動に、フランソワーズの(からだ)に緊張が走る。
頭上から聞こえた、安堵が混ざった吐息に、安全圏に入ったのだと判った。
抱えられた恰好のまま、労わるように、優しく地面に下ろされる。
ざらりとした砂と、所々に生えている雑草の冷たさが、防護服に染み込んでゆくような感触は、汗をかいた
(からだ)に、更なる不快感を(もたら)す。

緩やかに開いた瞳は光彩(ひかり)さえ感知せず、こめかみの尖痛のみを訴えかける。
一緒に居た自分以外の3名に、何の変化も見られない事実(こと)を鑑みるに、先程の閃光は対索敵用───…つまり、
フランソワーズを退ける為に造られたものなのだろう。

『緊張感が無い』

皮肉にもそう告げられた直後、の───…
やり場のない苛立ちに、フランソワーズは自然と眉根を寄せ、人知れず(ほぞ)を噛んだ。










───不意、に。
頬に触れる甘い感触。流れた血を拭ってゆく、丸い指先。
フランソワーズが顔を上げる、と───…






視えない筈の()

しかし確かに映る









向けられた

真摯、な







「誕生日、おめでとう───…フランソワーズ」





甘く囁く声、が



「プレゼント、考えておいて」


撫で(さす)る手、が







何より有弁に

本心を告げる















『ありがとう』









生まれてきてくれて





















ドォンッ



轟音
震動
爆風


揺らぐ大気

鼻に付く、金属の焦げる臭気(におい)


「チィッ!まだ居やがった」

踵のエンジン音を響かせ、レイガンを構えたまま、ジェットはジョーの傍らに着地する。
その反対側に飛び込んでくる、アルベルト。
未だ警戒の解かれぬ、右手のマシンガンが、この戦いが現在進行形である事実(こと)を物語る。
座り込んだままのフランソワーズに瞳をやり───…眉間に皺を寄せ、厳しい表情(かお)になった。

「さっきの光で瞳をやられたか…」
───…ごめんなさい…」
「ま、何とかなるんじゃねぇ?あいつ等、数は居るけど弱ぇしよ」
「阿呆。自信過剰は命取りになるぞ」
「誰がアホだ、誰がっ!」


呑気、とも、長閑、とも取れる程の、欠片もない緊張感。其れでも、フランソワーズの心を晴らすには充分で。
立ち込めていた胸の暗雲に、舞い込む一陣の突風(かぜ)







空気が、変わる







雲間から、零れた







橙色の一縷(ひのひかり)───…



























「晴れてきた」

未だ己を抱き寄せたままの彼の人、の───…声音(こえ)
心地良い声に導かるように、その方向へと仰ぎ見て、未だ焦点の合わぬであろう()を、怖々と開いた其処に
在ったのは。









頭上に煌く、一条(ひとすじ)










天使の梯子、と称される、雲間から差し込む陽光は、長く尾を引き、地上へと舞い降りる。
栗色の髪の端を掠めてゆく、幾筋もの光の欠片を纏い、まるで王冠(クラウン)のように、煌く。


「フラン…?」


喩え、光源(ひかり)が無い、暗闇の中でも───…きっと、自ら光を放ち続ける、存在(かれら)




───それは







天使の梯子(ひのひかり)より暖かい

瞳を射す閃光より眩しい























「プレゼント…強請(ねだ)っても、いい?」


その科白(ことば)に、3人は不思議そうな表情を浮かべ、その動きを止め、フランソワーズを見つめる。
暫しの沈黙の(のち)フランソワーズの意図を的確に読み取ったアルベルトとジェットは、楽しそうな、
人の悪そうな笑みを浮かべた。
判らず、ぱちくり、と、()を丸くする、ジョー。
脱力させていた(からだ)を、ゆっくりと起こす。いまだ上空の大半を占める、曇天の空の向こうに身を潜めて
いるである敵へ視線を投げると、照準を合わせるように、レイガンを構え───…云い放つ。


望むは只ひとつ








「勝利を」










明けぬ夜など無いように

曇天(そら)の向こうの一条(ひかり)、を





この手で、掴み取る為に















index



SPRITE-3rd様主催「フラン祭」に出品予定でした
予定は未定のまま、遭えなく玉砕(←それもどーよ)
お詫びと日頃の感謝を込め捲って、SPRITE-3rd様へ









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送