咎人(とがびと)の贖罪(しょくざい) 2
ピッ ピッ ピッ ピッ
相変わらず電子音は寸分の狂いなく 定期的にその時を刻んでゆく。
フランソワーズも相変わらず計器の赤いラインを 無言で眺めている。
膝に広げられた本は1頁も進んでおらず、ただ そこに在る だけで。
ピッ ピッ ピッ ピッ
蒼い瞳に映り込んだ計器のラインの紅色が 彼女から徐々に思考を奪ってゆく。
瞼に浮かぶ 2人の 変わり果てた 姿 と ‥‥ 笑顔。
儚くて 透明な
淡 く 澄んだ ‥‥ 彼ら そのもの の
気が付くと 何時も 一緒で。
嬉しそうな 楽しそうな 彼らを見ているのが ‥‥ とても 好きだった。
いとしくて ‥‥ いとしくて
護りたい
それは 今でも 変わらない
だけど
わたしの内側(なか)に巣食う『 悪魔 』が それ を 拒み
最期の最期で ‥‥ わたし を 裏切って
護ること より 苦しませること を 選んだ
彼らの 願いを 知りながら
彼らの 願いを 知りながら
知っていながら 平然と 引き摺り下ろした
遥か宇宙(たかみ)から ‥‥ 血生臭い 地上 へ と
悪魔に与した訳でも ないのに
純白の 翼 を 奪われ ‥‥ 地上へ堕とされた『 堕天使 』
堕としたのは 悪魔 の エゴ
無垢 故の ‥‥ 純粋さ 故の 魂(こころ)を
こんなにも いとしい と 想って いる のに
「‥‥苦しい よ ね‥‥ ?」
生きてゆく 限り ‥‥ 戦い が 続くから
「‥‥苦しむ よ ね‥‥ ?」
優しい 彼ら は きっと もっと 傷付く
「‥‥それで も ‥‥ 」
それでも ‥‥ わたし は ‥‥
「フランソワーズッ!」
何時になく声を荒げたアルベルトが勢いよくメディカルルームに駆け込んできた。
その必死の形相にフランソワーズの背筋に緊迫したものが走る。
「アルベルトッ?何か 有ったの‥‥ イワン!?」
「違う そんなことじゃないっ!!」
「え?なに?」
きょとん と瞳(め)を見開いたフランソワーズの肩を掴む ‥‥ が。
想像以上の華奢さに肌が泡立つような感覚を憶えた。
「‥‥やっぱり」
「何?何を云っているの アルベルト」
フランソワーズの訊いには応えず、アルベルトは強引にフランソワーズの腕を
取ると、着ている厚手のカーディガンの袖を思いっきり捲り上げた。
現れたのは 細すぎる程の 腕
「何時からだ?何時から食事をしてない?‥‥食事だけじゃない 睡眠も だ」
フランソワーズの肩口が ぴくり と跳ねた。
それが意味するのは 肯定。アルベルトは自身に舌打ちする。
「迂闊だったな‥‥もっと早く気付くべきだった
『 厚着 』は 痩せたこと と 注射針の痕跡(あと)を隠すため だな」
「‥‥わたし達が痩せたりする訳 ないじゃない」
「だからだ」
「え?」
「ない筈の事が起こっている ってことは それだけ『 重症 』だってことだ」
「 ‥‥‥‥ 」
「その痕跡(あと)は 何だ」
「 ‥‥‥‥ 」
「フランソワーズ!」
アルベルトの怒声に困ったような笑みを浮かべる。
「‥‥ 精神安定剤」
観念したように、小さく溜息を吐き ‥‥ フランソワーズは ゆっくりと
瞳(め)を伏せた。
「精神 安定剤 ‥‥!?」
「経口摂取‥‥ 固形だと 喉を 通らない、から」
「とにかく 部屋に戻れ」
フランソワーズは ゆるゆると首を横に振る。
「意地を張っている場合じゃないだろうっ!」
掴んだままの腕を自分へ引き寄せ、アルベルトは強引にフランソワーズを
この場から引き離そうと 試みるが ‥‥ 自分に凭れ掛かる、その躯の
余りの頼りなさに慄(おのの)く。
こんなに 小さかったか ‥‥ ?
「‥‥っ ここに 居たいのっ」
「 駄目だ 」
「お願っ ‥‥‥ !」
フランソワーズの科白(ことば)には耳を貸さず、アルベルトは
メディカルルームから廊下へ一歩 踏み出した。‥‥ 瞬間
「 ぃや ぁっ‥‥ っ!!」
小さな悲鳴が聴こえたかと思うと、フランソワーズは糸が切れたように
座り込み、自分の肩を抱き締めて震え出した。
「 やっ‥‥ ジョー ォ‥‥ ジェッ トォ‥‥ 」
急速に呼吸のリズムが乱れ出し、苦しげに 天井を仰ぐ。
「 お願っ‥‥ メディ‥‥ルーム に 戻っ し‥‥ 」
青褪めてゆく顔 と 額に浮かぶ汗。涙が滲む瞳。
明らかに尋常ではない状況にアルベルトはメディカルルームへ舞い戻った。
不規則な呼吸を繰り返すフランソワーズの背中を擦(さす)りながら、
自分の腕の中に抱き込むようにして床に座らせる。
「‥‥ 大丈夫だ 大丈夫だから‥‥ 」
幼児(おさなご)に云い聞かせるが如く、耳許でそっと囁きながら 只々
フランソワーズの呼吸が回復するのを 待つ。
精神安定剤の投与はきっとこの為なのだろう とアルベルトは漠然と理解した。
「‥‥何時から だ?何時から こんな‥‥」
呼吸が正常に戻りつつあるフランソワーズにアルベルトは静かに訊いかける。
無言のまま力なく ふるふる と首を横に振る フランソワーズ。
「‥‥原因 は?」
「‥‥ 天罰 なの ‥‥」
天使 を 堕天使 へと 貶めた ‥‥ 咎人 への
「‥‥天罰?」
アルベルトが至極不審気な表情(かお)で、腕の中に収(おさ)めている
亜麻色の髪の 頼りなげな少女を見下ろす。
「『 もう眠っても いいよね 』って‥‥云ったの」
「 ‥‥‥ ?」
魔人像の欠片と共に 降り注ぐ 科白(ことば)
「それが 願い なら‥‥ 護りたい と‥‥なの に」
彼らの姿を観た瞬間 そんな考えは 吹き飛んで
護ること より 苦しませる こと を 選んだ
「 ‥‥‥『 ごめん 』‥‥ って‥‥ 」
抱き締めた一瞬 紡ぎ出された 科白(ことば)
安心させる ように ‥‥ 全てを 背負って
「いつも 優しく て‥‥護って くれ てっ ‥‥ 」
フランソワーズの頬を一筋の涙が伝う。
「‥‥わた し にはっ ‥‥」
「 何の 咎 も 負わせて は くれな い の っっ ‥‥!?」
受け入れる 人間(ひと) も
翔けてゆく 人間(ひと) も
わたしの エゴ すら 引き受けて
それでも 穏やかに 微笑(わら)う
追うことすら ‥‥ 許さず に
アルベルトはフランソワーズの科白(ことば)を黙って聴いていた。
妥協する事を知らず、自らを責める事しか知らない 未来を担う 若者達。
行き場のない想いに血の涙を流して なお、共に在(あ)ろう と。
ジェロニモの云う『 絆 』。それは きっと ‥‥ 。
自分達が 忘れかけている モノ
それすら背負おうとしているのだ ‥‥ 彼ら は。
「‥‥背負わなくて いいんだ‥‥ 何 も」
低く切なく 響く声音(こえ)。ほんの少しでも心穏やかになれるよう に。
透明な 想い を込めて。
「‥‥独り で‥‥ よく 頑張った な ‥‥」
アルベルトの科白(ことば)にフランソワーズは堰を切ったように泣き出した。
声を殺すこともなく ‥‥ 幼児(おさなご)のように 無心に。
フランソワーズの 悲痛な声 だけ が、メディカルルームにこだまする。
‥‥ 願うは ただ 1つ。
彼女の云う『 天罰 』も 何もかも
許してほしい とは ‥‥ 思わない
只 ただ ‥‥‥‥
罪なき 彼ら には 幸多からん こと を
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