共に在る場所




         能力(ちから)が制御出来ない なんて『 感覚 』は本当に久しぶりで。

         吐き気
         頭 痛
         悪 寒

         ‥‥ まるで 風邪のような 症状に ‥‥ 眩暈 が する。


         期せずして 得てしまった 能力(ちから)
         絶え間なく流れ込む 映像と音
         それは まだ 視(み)ぬ ‥‥ 未来からの メッセージ
         不確実性を秘めた 確実な ‥‥ 現実と云う 決定事項




         意思とは無関係に脳裏を翔ける『 映像 』と『 音 』に、瞳を背けたくなる。
         しかし、強化されたソレとは違い、未だ制御することも ままならず ‥‥


        「時間が経てば 制御出来るようになるのかしら ‥‥」


         ‥‥ 強化された 能力 の よう に ‥‥



         期せずして 得てしまった 能力 ‥‥ 未来予知


         ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、フランソワーズはバスローブとタオルを
         持って、浴室へ向かった。
         湯船の栓をしてシャワーを流しながら、自分の躯(からだ)を抱きしめるように
         蹲(うずくま)る。幾ら温度を上げても 震えが止まらない 躯。
         本来ならば『 寒さ 』『 暑さ 』は感じない筈 ‥‥ なのに。


            ‥‥ 早く 止まって
               お願い だか らっ ‥‥‥


         この震えが『 温度 』から来るものではないことは 判っている。
         憶えのある 感覚 ‥‥ 遠い過去(むかし) 能力が制御出来なかった頃 の、
         名残りのような 症状に ‥‥ 眩暈 が ‥ する。
        「‥‥ 今更 何を戸惑うコトが あるの よ ‥‥」
         歯を食いしばり、自分に云い聞かせるフランソワーズの表情は、苦渋に満ちて。
        「‥‥ 早く ‥‥!!」


            止まって ‥‥ 止まりなさい

            制御出来ない訳 ないんだから っ ‥‥


         震える自分の躯を抱きしめる事にもやがて飽きて。
         フランソワーズはゆっくりと 浴槽から立ち上がった。
         バスローブを羽織り、コーヒーを淹れる。温かな湯気が凍り付いた『 感覚 』を
         少しずつ溶かしていく様に ‥‥ 感じられた。

         相変わらず 躯の震えは 止まらない ‥‥ けれど。

        「これ位のこと 大した事じゃないわ」
         ねぇ? とフランソワーズは誰に聞かせるでもなく、独り 呟く。
         大した事じゃない ‥‥ そう、今迄の事を考えれば ‥‥ 。
         なのに この震え は 何なのだろう。





         飛行する 物体。
         超能力(ちから)を秘めた 黒目がちの ‥‥ 東洋人らしき 女性。
         見知らぬ ‥‥ だけど 確実に存在する、明らかな『 悪意 』、そして ‥‥
         長いマフラーを靡かせ、対峙するように佇む 9つのシルエット。


         それは『 戦い 』の予兆に他ならず ‥‥



         確かに未来を視る能力(ちから)が欲しいと思った瞬間(とき)もあった。
         でも それは現在(いま)ではなく て。
         望んだ時は手に入らず、望まぬ時に 手に入った。





         思いに耽るのを見計らうかの様に 電話のベルが鳴る。
         3日に1度、定期的に掛かる ジョーからの 国際電話。
        「‥‥ ジョー?」
        「フランソワーズ 久しぶり」
         久しぶり というフレーズにフランソワーズは思わず声を上げて笑う。
        「もう ジョーったら 毎回『 久しぶり 』って云うのね」
        「え‥‥ だって‥‥ こんなに離れてるコトって無かったから」
        「‥‥そうね もう半年ですものね あれから‥‥」
        「‥‥ うん」
         柔らかく響くテノールにフランソワーズは安堵の溜息を付く。
         心が ほんわり と 温まるような 声音。
         それはフランソワーズが彼に好意を抱いているからに他ならない。
        「そっちは変わったことは?」
        「特に‥‥あ ジェットの近況が判った かな ジェロニモから連絡があったんだ」
        「相変わらずね ジェット」
        「そうなんだ メンテナンスにも全然来ないし ‥ 博士も心配してる」

        「‥‥そうでしょう ね」


         一瞬、ジョーが『 何か 』に躊躇したようだった。
        「フランは‥‥大丈夫なの?」
        「‥‥え‥‥?」
        「何だか何時もと声が違う‥‥能力(ちから)が安定しないの?」
        「‥‥ジョーに見抜かれるようじゃ わたしもまだまた甘い わね」
         揶揄するような それでいて 哀しく響く 科白(ことば)。
         ジョーは 彼女を慮(おもんばか)ってか、そっと囁いた。
        「 日本に‥‥ 帰っておいでよ フランソワーズ」
        「 え? 」


        「‥‥帰ってきて」


         甘く切なく耳朶を打つ 声音(こえ)は、何処までも ‥‥ 優しくて。
         まるで彼女を癒すかのような声音が、躯の震えとこめかみの痛みを止めてゆく。
         同時に怒涛のように流れ込んでいた『 映像 』と『 音 』も止まる。


            ‥‥ 誰よりも 大切な ‥‥


        「そうね ‥‥帰るわ」


            ‥‥ 近いうちに 帰らなければ ならないし


        「‥‥え?何か云った?」
        「うぅん 近いうちに帰るわ って 云ったの」
         その科白(ことば)にジョーは、明るい声を上げる。
        「じゃあ 日程が決まったら連絡して 空港まで迎えに行くから」
         帰り際に食事でもしようよ と嬉しそうな一言を添えて。


         彼は気付いていないのだろう。

        『 帰る 』のではなく『 帰らなければならない 』コト。


            それは ‥‥ 新たな 戦いの始まり



            綺麗で 純粋で 平和が似合う ジョー
            彼の傍で生きるには自分は汚れすぎていて

            なのに 抑えられない 狂おしい程の 想い


            不条理な 人間(ひと)の 心情(こころ)


            大人になれぬ 躯 を 抱いて
            人間に戻れぬ 躯 を 抱いて


         躯(からだ)を置き去りにして 心情(こころ)だけが暴走する。


            止められぬ 想い


            ‥‥ いつか

            いつか ジョーの ‥‥ 『 彼 』の傍に居られる『 資格 』が


                               ‥‥‥ 得られるのだろうか






         それはフランソワーズにも視えない 未来(さき)の コト。










         少し冷めたコーヒーを飲み干すとカップを流しに置いた。
         ふうぅっ と小さく溜息を付き、ベッドへと腰掛ける。



         RRRRRR ‥‥

         再び電話のベルが鳴る。
        「今日は電話の多い日ね」
         震えとこめかみの痛みが治まったせいか、気分が落ち着いてきた。
         一呼吸置いて 受話器を手にする。


        「‥‥Hello?」
        「 ‥‥‥ 」
         耳慣れた声音(こえ)に一瞬、耳を疑う。

        「‥‥フランソワーズ?」
         自分の名前を呼ばれて我に帰る。聞き間違う訳もない 懐かしい 声音。
        「‥‥ジェット‥‥?」
        「‥‥ おぅ」
         ぶっきらぼうに返事をする彼の声音は、とても「らしく」て、つい微笑んでしまう。
        「随分 ご無沙汰じゃない‥‥ 相変わらず ?」
        「ま そこそこにな」
        「ジョーから聞いたわよ メンテナンス 全然行ってないんですって?」
        「チッ あの野郎 余計なコトを‥‥」
        「自業自得 でしょ?」


         軽い科白のジャブの応酬。
         幾度となく 繰り返されてきた 日常。
         それが こんなにも心躍らせるコトだとは 思いもしなかった。



        「近々 日本に帰ることにしたわ」
        「‥‥ 日本 に‥‥?」
        「えぇ 帰らなければ ならないの」

         刹那、空気が止まる。

        「帰らなければ ならない‥‥?」

         ジェットは今迄の口調を一転させて 呟く。
         彼はフランソワーズの意図する処を確実に読み取ったようだ。



        「 ‥‥嵐が 来るわ 」

        「 ‥‥そっ か‥‥ 」





         暫しの 沈黙。

        「なら‥‥還ろうぜ オレ達の 場所 へ」
        「還る‥‥場所?」
        「あぁ 還る『 場所 』 ‥‥ 戦場」


            ‥‥ 還る場所 が 戦場 ?


         フランソワーズはふっと微笑んでゆっくりと瞳を閉じる。

        「そうね そこしか‥‥ 無いものね」


            ‥‥ 共に在れる 『 場所 』 は

            ‥‥ 何時(いつ) だって



            『 わたし 』 は

            『 私 達 』 は


                 戦いの中でしか

                           ‥‥ 共に 在(あ)れないのだから









         瞼を閉じて なお、浮かぶのは
         思い出したくなくても 忘れられない 負の記憶


         白塵 黒煙 紅血


         出会ったのは 戦場 ‥‥ 戦かう為 に
         別れたのも  戦場 ‥‥ 戦わぬ為 に


         幾つもの死線を越えて
         幾つも防護服を変えて

         幾つもの恋を紡いで
         幾つも季節を越えて


         ‥‥ それは 何時だって 戦場の1コマ



        「オレ達に ぴったり‥‥ だろ?」
         へへっ と笑うジェットの声は、その表情を容易に想像させる。
         きっと悪戯っ子の様な、でも 強い瞳 なのだろう と。


            ‥‥ 出逢った時の ような


        「平和、なんて似合わねーだろ お前も オレも」
        「‥‥ふふっ」
         微笑みは肯定。その微笑は、いっそ清々しい程の ‥‥

         決して『 綺麗 』ではないけれど、彼の傍は こんなにも 心地よくて。


         戦う為だけに 出逢った  戦うコトだけが 存在意味。
         只 それだけの


         ‥‥ 奇跡 の ような 出逢い





            ‥‥ 還(かえ)ろう



            大人になれぬ 躯 を 抱いて
            人間に戻れぬ 躯 を 抱いて


            ‥‥ 相反する 想い を 胸に 秘めて


            血生臭くて 埃まみれで 最低 の
            死の匂いの 記憶を残す 最悪 の


            あなたと出逢った ‥‥ わたし達に 似合いの

            あなたと共に在れる 唯一の ‥‥ 場所




                                    ‥‥‥ 戦場 へ












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切ないけれど これがきっと真実
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