命を紡ぐ音




         ピッ  ピッ  ピッ  ピッ

            何処からか 不思議な音が する


         ピッ  ピッ  ピッ  ピッ

            いつか 聞いた  いつも 聞いた ‥‥酷く 懐かしい ような ‥‥


         ピッ  ピッ  ピッ  ピッ ‥‥

            だけど 胸が痛くなる ‥よう な ‥‥




         音声(おと)は 鳴り止むことなく。
        「‥‥ 何の音?」

         闇色の空間に、彼女 ‥‥ フランソワーズは 独り佇んでいる。

         彼女以外 何も存在しない 空間。


         ピッ  ピッ  ピッ  ピッ ‥‥


        『 それは 生命(いのち)を 紡ぐ 音 』


         何処からか 声音(こえ)が 聴こえる。

        「 ‥‥誰?」

         フランソワーズは能力(ちから)を使って様子を伺ってみるが、辺りに
        『 声の主 』は存在せず ‥‥ 姿無き存在は 彼女の不安を 駆り立てる。

        「 誰っ 誰 なの‥‥?」

         ふぅわり

         突然、闇色の空間から 現れた人間(ひと) は
         亜麻色の髪 と 蒼い瞳(め)‥‥ 自分に酷似した 容姿の ‥‥


            ‥‥ 否(いいえ)


         それは 過ぎし日の 『 フランソワーズ 』そのもの で。

         6歳位だろうか、真っ直ぐに見据えた 瞳(め)が彼女を射る。


        『 わたしは ‥‥ あなた 』
        「‥‥わたし は ここに 居るわ」
        『 ‥‥ここは あなたの 居た空間では ない 』
        「どういう こと ‥‥?」
        『 わたしの、わたしだけの 空間 ‥‥場所』
        「何故 ここに 居るの?」
        『 あなたは ‥‥わたし は とても疲れていた から ‥‥だから 』
         連れて来たの と、俯いて囁くその姿は紛れもなく フランソワーズ自身 で。
        「別に疲れてなんか居ないわ いつも通りよ」
         ふっ とフランソワーズは、優しく微笑む。
         小首を傾げて少女に語る様は、何処か 母親が子供を宥める に 似て。



        『 だったら 倒れる筈 ないじゃない 』
        「‥‥倒れ‥‥?」
        『 ‥‥そう あなたはとても疲れていて‥‥ だから ココ へ 連れて来た 』
        「 どうして‥‥?」
        『 あなたに ‥‥あなたの時間を 還してあげようと ‥‥思った から 』



         少女は 哂(わら)う。
        『 苦しい でしょ?誰も責めないコト は ‥行き場のない想いは 暴走し、病み
         躯(からだ)に 支障をきたす ‥有機物以外で構成された‥機械の躯 に 』

        「 ‥‥‥‥ !」
         フランソワーズは、反射的に身構える。何も云わずとも躯のことを知る少女。
         少女はそんなフランソワーズの行動を瞳を細めて 哂う。
        『 云ったでしょ?わたしは あなた‥‥自分のことは 何でも知ってる 』
        「‥‥‥‥」
        『 可哀想な フランソワーズ 』
        「‥‥‥‥」
        『 時間に取り残されて、大切なヒトを失いかけて それも 仲間のせい で 』
        「‥‥何が 云いたい の?」
        『 わたしは 本当のコト を云っている だけ  あなたの 本音 』
        「‥‥‥‥」


        『 偽善者 』

         科白(ことば)とは裏腹な 鈴が転がるような澄んだ声音(こえ)で少女は哂う。
         何処か冷めた ‥‥ それでいて 艶然 とした表情(かお)で。


        『  偽善者  』


         裏側に息づく 悪意。両手をきつく握り締め、少女は勝ち誇ったように科白を紡ぐ。



        『   ギ ゼ ン シ ャ   』



         科白(ことば)は視えない 無数の針となって 降り注ぎ、
         固く握り締められた少女の手をフランソワーズは 只じっと 視つめている。
        『 大人は勝手 大人は 汚い ‥‥ 視えない振りで 現実から瞳を逸らして 』


        「‥‥何が 云いたい ‥‥の よっ‥‥」



        『 あの赤児(こども)が 宇宙へ 往ってしまえば よかったのに 』

        「!!!」

        『 あなた の ‥‥『 わたし 』の大切な 『 あの人 』の 換わりに 』


         あいつのせい 全ては あの赤児の ‥‥
         わたしを残して往くことも なかった ‥‥ あんなに泣くことも なかった


            駆けてゆく 人間 も
            翔けてゆく 人間 も

            ‥‥ 傷付かずに 済んだのに



        『 ‥‥そう でしょ? 』

        「‥‥でも 2人とも戻ってきたわ」
        『 それは結果論 だわ あの赤児(こども)の計画とは違っていたとしたら? 』
        「計画‥‥?」
        『 最小限の犠牲で最大の効果を ‥‥ 自分達が 自分が、生き延びる為に 』
        「それは‥‥わたし達が皆で決めたことだわ」
         云い切るフランソワーズの強い意思の科白 を、少女は横目で一瞥し、ほんの
         少し 瞳を伏せて ‥‥



        『<最小限の犠牲>となることが<最初から>運命付けられていたとしたら? 』
        「 ‥‥最初 から‥‥?」
        『 仲間に引き入れたのもその為だったとしたら? 』
        「!?」


        『 <最小限の犠牲>としての<役割>を果たさせるために 』


        「 ‥ぅ そ‥‥ 」

        『 それでも‥‥責めないで ‥‥憎まないで いられる? 』
         少女は唇の両端を引き上げ、挑発的に哂う。‥‥両手を 固く握り締めたまま。
        『 あれ程の能力(ちから)を持っているなら あの赤児が戦えばいいものを 』
        「あれ程の能力(ちから)を 持っている な ら‥‥」
        『 そうそぅ 人間、正直が1番よ 』
         くくっ と喉を鳴らし、少女は哂う ‥‥ 嘲笑(わら)う。


        「 ‥‥ 代わり に‥‥ 」








        「 ‥‥3時間くらいは ‥そう 思ってたんだけど」


        『 ‥‥‥‥!? 』
        「‥‥‥‥ ずっと そう思えるなら‥‥もっと楽 なのに ね」
         フランソワーズは、驚きに見開かれた少女の瞳(め)を見ながら 苦笑する。
        「それがあなたから云わせれば 偽善 ってことかも知れない‥‥ それでも‥‥
         それでも 憎みたくないし ‥‥憎めない」
        『 ‥‥‥‥ 』
        「はっきり云って 綺麗事 ‥‥ それは 重々承知の上よ でもね 結構‥本気で
         想っていたり ‥‥するのよ?2人とも 大切なことに 替わりはないから」
        『 ‥‥2人とも 大切‥‥? 』
        「人間(ひと)を‥‥ 自分以外の誰か を大切に想うのは 何も 恋愛だけ ‥‥
         じゃない ‥‥ 家族であったり ‥‥ 友人であったり ‥‥ 仲間 であったり」
         ぺろり と舌を出して、悪戯っこのようにフランソワーズは笑う。
        「まぁ その時々によって 優先順位があるし、忘れるコトも あるけど」


        『 ‥‥そんなの   嘘 ‥‥ うそ だ ‥‥ う そ  だっ  !! 』


        「 憎しみからは何も生まれない 」


        『 ‥‥‥‥!! 』
        「誰かさんの受け売り だけどね‥‥あ BGは別よ 勿論」
        『 嫌だ ‥‥そんなのは苦しいだけだもの 苦しいのは嫌! ‥‥嫌い!! 』
        「うん‥‥苦しい ね ‥‥苦しい よ でもそれすら嬉しいと思うの」
        『 苦しい が 嬉しい ‥‥ ? 』
        「きっと未来へ繋がってゆく為の 苦しさ ‥‥だと 思うから」
        『 未来へ繋がってゆく為の ‥‥ 苦しさ ‥‥ ? 』
        「そう思えるようになったのも 出逢えたから ‥‥だから いいの」
         フランソワーズは少女の正面に立ち、目線を合わせるようにしゃがみ、暖かく微笑む。
         ゆっくり と差し伸べられた指先に、少女の躯(からだ)が びくり と震える。
        「だから、そんな 偽悪的なこと 云わないで ‥‥ 怖がらないで」
         フランソワーズは少女の固く握られた手を自分のそれで包み込んだ。



            その まなざし は 子供を見つめる母の それ に 酷似 して

            その しぐさは 子供を宥める   母の それ に 酷似 して





        「 ‥‥だから ‥‥あなたが 苦しむこと ないのよ   ‥‥イワン」









         ピッ  ピッ  ピッ  ピッ

         一糸乱れぬ電子音が響く‥‥ メディカルルーム。


         誰かが 云っていた

        『 生命を紡ぐ音 』だと



            ‥‥ あれは 誰 だった‥‥?




        「‥‥っ‥‥」

         ゆっくりとフランソワーズは瞳(め)を醒ます。
         視界に飛び込んできたのは、フランソワーズよりもずっと 重症 の
         包帯だらけの躯(からだ)の 還ってきたばかり の ‥‥ 2人組。
        「ぁっ‥ なた達っ 起きたりして大丈夫なの!?絶対安静‥ の前に、何時目醒め‥」


        「「莫迦っ!!」」

        「‥‥‥ ぃ ?」


        「お前が倒れてどーすんだよっ!心配させてんじゃねぇっ!!!」
        「‥‥ 何で わたしが云われなきゃならないの ?無茶は あなたでしょっ
         ジェット!!ま、いつものこと だけどっ!!」
        「あぁ〜ん!?何が何時ものこと だよっ」
         フランソワーズとジェットの遣り取りを、ジョーは ぼんやり と静観している。



        「若者は寝起きから元気だねぇ」
         グレートが、からから と面白そうに笑う。
        「ま、気にしてるんだろ‥‥ それなり に」

         それは 誰の科白(ことば)だったか ‥‥ 誰の 想い だったか ‥‥




        “ ふらんそわーず ”

        「‥ イワン! ‥良かった 戻ってきていたのね」
        “ 何ノ コト? ”
         その解答(こたえ)にフランソワーズはほんの少し、唇を歪めた。
        「‥ 先刻(さっき)の話の続きがね‥ ちょっとしたかったから」
        “ 可笑シナ事を云ウンダネ フラン ‥ 今、起キタバカリ ナノ二 ”
        「ま、いいわ そういう事にしておくわ」
         忍び笑いを遣わし、フランソワーズは細い腕をイワンに向かって真っ直ぐに伸ばす。

         とんっ

         軽い衝撃があって 次の瞬間にはイワンはフランソワーズの腕の中に収まっていた。
         柔らかな銀色の頭髪に頬を埋めるようにして、抱いた腕にほんの少しだけ、力を込める。
        「‥‥ 結構 上手だったわよ わたしの真似」
        “ ‥‥ ドウシテ 気付イタノ ? ”
        「ん〜 そぅねぇ‥ 『 自分のことは良く知ってる 』って云ったから かな」
        “ ‥‥‥‥‥‥‥ ”
        「自分のこと なんて『 自分 』が1番よく知らなかったり するのよ」
         フランソワーズは綺麗に笑う。少し蒼褪めた顔色を彩る 小さな微笑 で。
         イワンの握られた小さな手を 自分の それ で、柔らかく包み込む。
        『 夢の中 』で触れたとき、と 同じように ‥‥ 。
        「知ってる?赤ちゃんが手を握り締めているのは『 恐怖 』と戦っているからだって」
        「‥ へぇ そんなの初めて聴いた」
         ジェットが感心したように口を挟んでくる。
        「ずっと‥‥ 握り締めていたよね‥?わたしと話をしていた時も‥ 今も」


            多分 戦っている ときで ‥‥ さえ ‥‥ 1度も


        「イワン、手を広げてみて」
        “ ‥‥ ? ”
         フランソワーズは緩く開かれたイワンの小さな指に触れ ‥‥

         たしっ

         自分の服を無理矢理掴ませる。しかもノースリーブワンピースの 胸元 の。

        「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
         ベッドの両脇から声無き悲鳴が上がるが、フランソワーズは 敢えて
         無視を決め ‥‥ もとい、気付かない振り をする。



        「 あなたは 『 何 』 を 恐れて ‥‥いる の ? 」



         イワンは何も云わず、フランソワーズの服を きゅっ と 握り締める。
         フランソワーズも それ以上、訊こうとはしない。
         只 イワンの髪に 普段より少しこけた頬を寄せ ‥‥ 微笑(わら)う。
         抱いてくる優しい腕は 脇腹の辺りを宥めるように とんっ とんっ と
         心音よりも ゆっくりとした、規則正しいリズムを 刻む。


        「ねぇ‥‥ イワン」
         今迄、黙っていたジョーが ゆっくりと口を開く。
        「初めて逢った時‥‥手 を差し伸べてくれたよね ‥ 凄く嬉しかった‥」
         そこで1度、科白を止め ふわり と微笑う。淡色に彩られた 綺麗な 微笑。


        「本当に 嬉しかったんだ ‥‥だから」


            今度は 僕が 手を ‥‥ 伸ばすから

            ‥‥ 独り で 怯えない で


           頼りになるか は 自信ないけど と、ジョーは 云う。そして ‥‥


        「 それでも‥‥ 力になりたい よ、君が くれた‥『 絆 』みたい に 」


         満身創痍の優しい人間(ひと)の腕が、イワンに向かって伸ばされる。
        「何ならオレでもいいぜ?」
         優しい人間の向かい側を陣取る、勇ましき人間も イワンに向かって片手を
         差し出す。イワンは ジョーとジェットの顔を交互に見廻し ‥‥


        “ 野郎ハ 厭(いや)ダ ‥‥ 硬イシ ”


         一言云い放つと、フランソワーズの胸元に 顔を埋めた。
         3人を除く大人達は顔を見合わせ ‥‥ やがて ぷっ と吹き出した。
         イワンを包み込むように拡がる 穏やかな空気 と そして ‥‥

         イワンが、ふと 不安げに フランソワーズの顔を見上げた。
         フランソワーズは微かに頷き、彼が望む 科白(ことば)を 紡ぎ出す。

        「大丈夫 ‥‥ 大丈夫 よ ‥イワン ‥‥ 大丈夫 だから」




         ‥‥ ゆっくり とジョーへ 差し伸べられた 頼りない ‥‥小さな 腕。
         遠慮しがちに おずおずと 伸ばすその様子は、人見知りをしているような
         ‥‥ まるで 普通の赤児 のよう な。
         でも 確かに『 自らの意思 』で伸ばされた モノ。

         ジョーがイワンの躯を自分の腕の中に収めると、イワンはジョーの首許に
         抱き付き、夜着の襟元を握り締めた。


        「‥‥ ありがとう イワン 」


         降り注ぐ、柔らかなテノール。

        「僕を宇宙から救い出してくれて ‥‥ うぅん それだけじゃない な
         その ‥‥上手く、云えないけど ずっと 云いたかったんだ」





        「 ありがとう イワン ‥‥ 大好き だよ 」



         気負いも 衒いも、嘘も 偽りもない『 赦し 』の 科白(ことば)。


            変 なの 君は 『 おとな 』 なの に

            子供以上に 純粋‥‥ で 綺麗‥‥ で


           『 ありがとう 』なんて ‥‥ 云って貰える『 資格 』 なんて

            君に ‥‥ 君独りに 犠牲を強いた ぼく には ‥‥



              ‥‥ なのに ‥‥              君 ハ ‥‥



        「 ‥‥‥‥ィ 」
         テレパシーではなく、イワンの口から毀(こぼ)れた 喃語に近い それ は。
         結局、完全に発音となることは なかった ‥‥ イワンの 本心。


            ‥‥‥ ゴ メ ン ナ サ イ


        「 ‥‥ 駄目 だよ イワン」
         ジョーの指が イワンの猫っ毛の髪を撫でてゆく。
        「初めて『 話す 』科白が それじゃ ‥‥ 哀しいから」
        “ ‥‥ 他二 思イ付カナイョ ”

        「これから見つければいいよ ‥‥ 『 時間 』は 沢山ある から」


            だから 『 はなし 』 を しよう

            沢山の 『 はなし 』 を

            嫌いなモノ        好きなコト

            何を考えているのか    何を感じているのか


            沢山の 『 普通 』の『 はなし 』 を



            僕達は‥‥ 急ぎ過ぎて 『 はなし 』 を していなかったよね




        能力(ちから)を使わずとも伝心する、確かな 『 ことば 』。
        心地よい微温湯(ぬるまゆ)のような温度が イワンに勇気を与えてくれる。
        掴んだジョーの襟元の生地に、少しだけ力を込めて‥‥ 伝える。

        現在(いま)の自分の 精一杯 を。





        “ 君ガ ‥‥ 『 009 』デ 良カッタ ‥‥ ”









         ピッ  ピッ ピッ  ピッ ‥‥

         相変わらず、メディカルルームには 電子音が響いている。
         無機質の音声さえ、何処か ‥‥ 温かく感じて。


        『 生命(いのち)を紡ぐ音 』


         ‥‥ そう云ったのは イワン自身。


         自分が ‥‥ 自分達が 産み出された場所に 酷似した ‥ ここに 響く

        『 躯 』と『 絆 』を 紡ぐ 満たされた 音声(おと) は

         明日へと 繋ぐ ‥‥ 希望(ゆめ) の 根源(みなもと)






                                ‥‥ 生命(いのち)を 紡ぐ 音。












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