不如帰(ほととぎす) 2




        「 ‥‥こればかりは 仕方がないわ」
         密やかに静寂を破ったのは フランソワーズ で。
        「世界中‥‥その辺だって、ごろごろ 転がっていること だもの」


            生きている ‥‥ 限り ‥‥


        「そうでしょ? ‥ アルベルト」
        「 そうだな 」
         だから俺に訊くな と言外に訴えるアルベルトに、フランソワーズは微笑む。

         先程とは違う 邪気のない ‥ 綻ぶような 微笑み。

        「だから ジェットが気にするコト‥ 何もないの」
        「 ‥‥‥‥‥‥‥ 」
         無言のままのジェットをフランソワーズは ちらり と視界の隅に容れて。


        「 ぁ そぅか ジェットは『 多い 』から自分のように感じるのね、きっと」
         その科白にアルベルトは咽(むせ)たように、派手に咳き込んだ。
        「‥‥っめぇ ‥んなバレバレに、笑うのを誤魔化すんじゃねぇっ!!」
         ジェットは勢いよく立ち上がると、元気一杯にアルベルトに喰って掛かる。


        「それだけ怒ると云うことは『 事実 』だな」

         ‥‥心底、人間(ひと)の悪そうな表情で、アルベルトはジェットを揶揄る。
        「そう云うてめぇはどうなんだっ!?」
         ジェットの負け惜しみ‥‥基い、ブチ切れた科白(ことば)に『 鼻 』で
         せせら笑い ‥‥ 容赦ない一瞥と さらに容赦ないヒトコトを浴びせる。


        「 愚問だ 」


        「ジェットの負け〜っ!」
         傍らのフランソワーズが口許を片手で押さえ、声を抑えながら笑っている。
        「俺に勝とうなんざ 100億光年 速い」
        「‥‥ったく‥‥」
         はぁ〜っ と 魂が抜け出るような溜息を付いて ジェットは床に座り込んだ。
         その傍らへ 寄り添うようにフランソワーズも座り込む。



        「 何処にでも 転がっているコトよ ‥‥‥ 『 失恋 』なんて 」


         静かに ‥‥ 瞳を閉じて ‥‥ また ゆっくり と開く。
         雨上がりの空にも似た ‥‥‥ 澄んだ 蒼。


        「今すぐ‥は無理 だけど‥‥忘れられるわ ‥‥時間 が解決してくれる」
        「‥‥フランは それでいいのか ‥‥?」
         俯いたままのジェットが、小さな‥ 小さな声音で訊いてくる。
        「良いも何も 他にどうしようもないわよ、多分」
        「多分って‥‥」
         わたしね と、ジェットの科白を遮る様にフランソワーズは科白を紡いでゆく。


        「‥ 結構 無理してたみたいなのよね」


         からり と笑って、フランソワーズはジェットに告げる。上目遣いにちらり
         と視て、人差し指をジェットの鼻先へと突き出した。
        「‥‥‥ 考えてもみなさいよ」
         真剣な表情のフランソワーズの様子に、ジェットは ごくり と唾を飲み込む。


        「パリジェンヌ なのよ、わたし ‥‥『 大和撫子 』になれる訳ない し」


        「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ は ぁ ? 」


         口をあんぐりと開け、間抜け ‥‥ とか表現しようのない顔で、ジェットは
         傍らに座るフランソワーズの瞳を見つめ返す。
        「大体、非合理的だと思わない?『 云わなくても判る 』訳ないじゃない!」
        「‥‥『 人種の壁 』は 厚いからな」
         フランソワーズの妙な剣幕にアルベルトも思わず口を挟んだ。
        「‥ でしょ!? そりゃぁ‥もう慣れたし‥‥その‥合わせよう としていたし
         冷凍睡眠(コールドスリープ)中に 世相が変わったのかも とも、思ってたし」

        『 冷凍睡眠 』という単語に ジェットもアルベルトも‥刹那、遠い瞳をする。
         かつての自分を想ったのか、失ってしまった大切なものを想い出したのか ‥‥


        「優しくされた から‥ 『 勘違い 』してしまった ‥だけ、なの」


            当時 ‥‥ 『 仲間 』をいう 意識が 殆ど ‥‥ なかった

           『 普通の少年 』だった ‥‥ 彼 に


            サイボーグだと 未だ自覚しない ‥‥ 人間(ひと) に



        「‥ そう 彼は‥ ジョーは誰にでも‥‥ 優しいから 」
         かつて ‥‥ 過酷な運命を背負っていた『 彼女 』に向けた 科白は、
         鏡のように そのままフランソワーズ自身に跳ね返り、心臓を直撃する。
         ずきずき と 痛む心 を ‥‥ 庇う手立ても なくて。


        「‥‥かなり、気ぃ掛けてたじゃねぇ? ‥‥アイツ」
        「それは わたしが『 女性 』だから‥‥ 詐欺よねぇ それって」
         ホント、やんなっちゃう と困ったように眉を顰め、苦笑する。


         シュポッ

         ジェットとフランソワーズの話を余所にアルベルトは新しい煙草に火を点ける。
         ほの明るい赤は穏やかな陽光に、溶けては 浮かび ‥‥ 延々と繰り返す。


        「‥それで いいのかよ お前は」
        「‥それ 厭味?」
        「い〜や 本気も本気」
         そう云って にやり と笑う。‥‥何時もの、何時もと同じ‥ 強気な笑み。

        「じゃぁ、さ‥‥ オレにしねぇ?今度の『 恋のお相手 』ってヤツ」
         その科白(ことば)にフランソワーズは蒼の双眸を限界まで見開き、そして ‥‥
         ほんの少しだけ瞳を細め、艶然 と ‥‥ 微笑んだ。


        「 候補の1人になら 加えてあげても いいけど ? 」


         その何処までも強気な発言に、安心したように ジェットはフランソワーズに
         背を向けて ‥‥ ほんの ひと時、立ち止まった。
        「おぅ、期待してるぜ 365日 年中無休で」
        「何よ それ ‥‥コンビニじゃ ないんだから」



        「‥ あ ジェット! 丁度、呼びに行こうかとしてた処なんだ フランは?」
         遠くで、耳馴染んだ ジョーの声が聴こえてくる。
        「ん〜?リビングで話し込んでる みたい‥‥だぜ」
        「お茶もお菓子の準備も出来たんだけどな〜‥‥ 長くなりそう?」

        「‥‥ さぁ な」



         普段と変わらぬジェットの応対にフランソワーズとアルベルトは顔を見合わせる。
        「 ‥‥結構『 役者 』じゃないか」
        「‥‥アルベルトって ジェットに対して、容赦ないわね ‥‥いつも」
        「あの『 莫迦 』は‥ 褒めると、付け上がるから な」
        「‥‥何だかんだ云って ‥気に掛けてるんでしょ ‥‥今更 だけど」
         ちょっと妬けちゃう な と、拗ねたように唇を尖らせる フランソワーズ。


        「 ‥‥ お前さんのコトも な」


         不意打ちに降り注ぐ科白は ‥‥ 彼らの『 歳月 』と『 絆 』を
         感じさせずには ‥‥ 要られない。フランソワーズの表情が 奇妙に歪んだ。
        「アルベルト‥ わたし、ね ‥『 魔人像 』に送られる直前 ジョーと 瞳が
         合ったの ‥‥そしたら ね、判ったの‥‥判ってしまった の ‥‥ずっと
         ‥‥誤魔化していた モノ、気付きたくなかったモノ ‥‥」
         語尾が徐々に 消えかけ て。


        「 気付かない 振りをしていた モノ 」


         微かに‥‥語尾が震えているのが 判る。
         アルベルトは1歩踏み出し、フランソワーズの頭を自分の胸元へ引き寄せる。
         フランソワーズはアルベルトの為すがまま 胸元へ顔を埋め、震える指で
         アルベルトのブラウスの袖を ‥ きつく ‥ きつく ‥‥ 握り締めた。


        「あぁ この人は『 受け容れる人 』なんだ ‥‥って」
        「『 受け容れる人 』?」
         顔を埋めたまま、フランソワーズは微かに頷く。

        「きっと‥‥ 1番最初に 逝ってしまう ‥‥」


            何処までも 透明で 儚い 微笑み ‥‥ を

            記憶から消すことなんて ‥‥ 出来なくて


        「‥わたし の ‥‥わたし達の 希望(のぞみ)が 彼の希望 だから ‥‥」


            ‥‥‥『 受け容れる人 』 は

            最期まで ‥‥ 駆け抜ける ‥‥後ろを振り返るコト なく


            前 だけ を ‥‥ 見据えて


        「わたしが欲しいのは そうじゃないの に ‥‥ 」


            望むのは ‥‥ たった 1つ

            わたしに ‥‥ わたしだけに 向けられる 特別 な 『 笑顔 』


        「 あんなっ ‥‥ 慈愛 じゃ ないっ‥‥ 幸せに なりたい のに‥ 」


            本当は ‥‥ 気付いていた の

            優しい 瞳は わたし を ‥‥ わたしだけ を 見ること は


                                きっと ‥‥ 有り得ない


            知りつつ ‥‥ それでも『 夢 』を 見たかった の

                                幸せな ‥‥『 夢 』を


            喩(たと)え 思い込みから昂(こう)じた ‥‥

            想いだけが 肥大 した ‥‥ 自分勝手 な モノだと ‥ しても


           『 想い 』と云う『 卵 』を 孵化させ 育てさせ ‥‥ そのくせ

                   『 哀しい 』と 啼く ‥‥ 不如帰 の よう に






        「彼の 犠牲の上に成り立つ『 幸せ 』なんてっ ‥ 要らな ぃ ‥‥」
         アルベルトは終止無言で フランソワーズの科白を聴いていた。
        「‥‥だから‥‥已(や)めるのか‥?」
        「‥‥一生、片想い なんて不毛なコト したくない し」

         ふっ と、顔を上げ アルベルトを見上げる その表情は‥ 只々 ‥‥ 。
        「わたしは 我が侭だから ‥‥可能性のないコトは しない主義なの」
         悪戯っ子のように ぺろり と 舌を出し、微笑う。


        「 ま、それをオトすのも ある種の醍醐味 だけど ね 」


         フランソワーズの科白にアルベルトは表情を、顰め ‥やがて 笑った。
        「‥‥それだけの気概が有れば 充分だ」

        「まぁね ‥‥それでも駄目だった 時は ‥‥‥慰め て‥ ?」

         フランソワーズの瞳が真っ直ぐにアルベルトを捕らえる。


        「‥‥ その時は な」

        「‥‥ その時は ね」









        「フランソワーズ〜ぅ アルベルト〜ぉ ‥‥話は 済んだ ?」
        「‥ぁ お茶を淹れたから呼びに来たの ‥‥忘れてた」
         ぽんっ と 手を打ち、踵(きびす)を反(かえ)し、キッチンへと歩み出す。
         数歩、進んだ処で 歩みを止め ‥‥ 背中越しに、アルベルトを振り返った。


        「‥ そう云えば ‥‥1年も経たないのよね ‥出逢って から ‥‥」
         聴こえるか否か判りかねるような ‥ ささやかな声音で 呟く。


        「 大丈夫 だから 」


         ‥‥ まるで 自分自身に 云い聴かせる よう ‥ に
         それから ‥‥


        「‥‥『 オトコ 』なんて 世の中には、掃いて棄てる 程 ‥居るんだもの」


            ‥‥ 喩え

               喩え 『 忘れられない 』と して も



        「 生きた処で ‥せいぜい200年  ‥‥ 隠し通してみせるわよ 」




         その響きは、痛いほど の モノ哀しさを内包 して

         それでも ‥‥ 『 進む 』コト しか 赦されない ‥‥ 自分達。



         フランソワーズが去ったリビングで、アルベルトは 只々 憂いを秘めた 瞳で
         独り ‥‥ 無言で 佇んでいた。




         それは、柔らかな日差しが降り注ぐ ‥‥ 穏やかな ある日の 午後。












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こういう結末もありかな、と 永遠の片想い(オフライン)と対で
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