鳥の唄


















         バターン…!!




         突然乱暴に開けられたと思わしき玄関の音に、フランソワーズとイワンは振り返った。

         見てみるとそこには…
         鼻先に傷を負い、凄まじい形相で入ってきた、ジェット。
         そしてその小脇には────



         ……鳥?



        「どうしたの? ジェット」
         彼の表情と傷、そして小脇に抱えられた鳥の脈絡が分からず、フランソワーズはキョトンとして目を瞬いた。
         ジェットはリビングまでズカズカと入ってくると、ぽとん、とテーブルに鳥を落とす。

        『何なんだよ、一体』
        「ねえ、ジェットったら」

         二人はまだしかめっ面のままのジェットを見上げたが、彼は相変わらず黙ったまま。
         しかも鼻先の傷を手当てしようともせず、不機嫌モードそのままでソファーにドカリと腰を下ろした。
        「ねぇ、どうしたの?」
        『黙ってちゃ、分かんないよ』
         フランソワーズとイワンは、再び尋ねたが、やはり、返答は、なし。
         そんなジェットの様子に肩をすくめて顔を見合わせていると、


        「…った」


         と、微かな声が聞こえた。


        『は?』


         全く、聞こえない。

         と、思ったら。






        「ぶつかったんだよっっ!!」






         いきなり張り上げられた、大声。

         それを聞いたイワンは、ああ納得、といったふうに頷いた。
         側ではフランソワーズが、ジェットと鳥を交互に眺めている。


         そう。
         気持ちよく空の散歩をしていたら、正面衝突。


         それで…


        『なるほど。クチバシ同士がぶつかったわけだ』
        「誰がクチバシだ、コラ…!」
        『こりゃ、鳥の方が重傷なんじゃないのかい?』
        「…シメるぞ、イワン…!」

         小悪魔の発言に、ジェットはがばりとソファーから立ち上がる。

         すると、
        「ちょっと!やめてよ二人とも!」
         二人の間を割るように、フランソワーズが声を張り上げた。
        「イワンもつっこまないの! ジェット、手当てしてあげるからちょっと待ってて」
        「いーよ、オレは」
        「駄目よ! バイ菌入ったらどうするの?」
         言うと彼女は、ぱたぱたとスリッパを鳴らしてリビングを出て行った。
         バイ菌って……サイボーグだぞ? オレ達…
         つっこみたかったジェットだが不覚にも間に合わず、頭をかいてフランソワーズの背を見送っていると。







         バサリ、と。

         羽音が、響いた。








         その音に、ちらりとジェットとイワンが振り返る。







         弱々しげな、その、羽ばたき。

         先ほどまでは怒り爆発で気づかなかったが、この鳥は───







         白い、鳩。







         その純白さ、は。

         汚れなき世界の、象徴。



         人々が、そして自分達が願ってやまないものを司る…









         平和の、使者──────









         その鳩は不器用に羽を動かし、あたふたと首を巡らせていた。
         だが衝突のショックで上手く翼が動かないらしく、ただオロオロとテーブルを歩き回っている。

        「動揺してんな」
        『そりゃそうだよ。得体の知れないデカイ鳥にぶつかったんだから』



         程々にしとけよ、イワン…!



         ジェットは無邪気に小悪魔発言を繰り返すイワンの頬をぶにっと抓ると、ひたすらウロウロする鳩に目を向ける。








         動揺、か。








         そりゃそうだ。

         ひとりぼっちで、こんな狭い空間に連れてこられて。










         空には、何も隔てるものは、なかったのに。










         さっきは怒りにまかせて…というか単に逆ギレして拉致ってきたが…



         これじゃ。












         やってることは、BG(ヤツら)と変わらない──────……













         急に静かになったジェットに、イワンは髪をぐしゃぐしゃにされながらも目を瞬いた。

         すると。




         コツン……





         不意に、ガラスが突かれる音が、響いた。

        「あら?」
         救急箱を手に戻ってきたフランソワーズが、音の響いた方に振り返る。
         見ると…窓の外に、一羽の白い鳩が留まっていた。
         姿形はまったく同じの、純白の、鳥。
         その鳩は、何度も何度もコツコツとガラスを突いている。
        『お迎え、かな?』
         クスリと笑ったイワン。
         するとテーブルの上の鳩が、その姿を確認したように元気よく鳴き始めた。













         フランソワーズが鳩を胸に抱き、三人揃って外に出ると、窓枠に留まっていた鳩が飛び立った。
         ゆっくり…まるで三人を誘導しているかのようなその飛翔について行くと─────


         辿り着いたその先…


         波の打ち寄せる浜辺に、同じような白い鳩が、たくさん舞い降りていた。





        「仲間、か」





         波打ち際を染めるたくさんの白に、ジェットはひとり呟く。




         突然、フランソワーズが抱きしめた鳩が、鳴いた。
         すると、それを合図にしたかのように、いっせいに、浜辺の鳩たちが飛び立つ。


         そっとフランソワーズが腕を緩めると────

         その鳩は勢いよく飛び出し、舞い上がった純白に溶けていった。






         はらはらと降り注ぐ、白い、羽。


         まるでそれは、夏の海に舞い落ちる…









         純白の、雪。









         そして。














         平和の、欠片────────














          「おーい! もう悪いオニーサンに捕まるんじゃねーぞ!」


         ジェットの呼びかけた、その言葉に。
         フランソワーズとイワンは、顔を見合わせて吹き出した。





         眩しさを遮るように額手を当て、ジェットは太陽に向かって飛び立つ鳩たちを見つめる。









         オレと、同じ。









         今までは、狭い空間の中で、何もかも遮られてきたけど。
         でも今は。


         お前達のように。








         一緒に飛び立てる、仲間が、いる。








         お前達が「平和の象徴」だというのなら。

         オレたちは、その平和を、ずっと紡いで、いこう。




         恒久の平和なんて、存在しないかもしれないけど。

         オレ達は──────オレたちの信じる「平和」のために。










         これからもずっと、戦っていく、だろう。












         だから伝えてくれ。




         その翼、で。

         その声、で。








         平和の祈りを。















           希望の唄を─────












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