暇つぶし




        「ほおぉぉうぅええぇぇぇええぇぇ〜ぃっ」

        「‥‥‥‥‥奇声を発しても これ以上は『 待たん 』ぞ じぃさん」




         梅雨の合間の 久方ぶりの快晴。
         少々 湿気はあるものの 柔らかな陽光降り注ぎし 日本家屋の縁側で、
        『 恩人 』且つ 彼等の良き『 理解者 』であるコズミ博士と 長身の
         薄青色の瞳の外国人青年は、今日も呑気に 碁盤を挟んで対峙している。
         眼下に拡がる 鬱蒼とした感のある庭もそれはそれで ある種の味わいがあり
         まさに ‥‥ 日本文化の象徴 『 ワビサビ 』 の世界の如き であった。



        「最近の若者は冷たいのぅ‥‥」
        “ 然(しか)モ 大人ゲナイシ ”

         コズミ博士の膝の上を陣取る イワン。イワンはコズミ邸がかなりのお気に入り
         のようで、ギルモア博士に伴われては よく『 遊び 』に来ているらしい。
         既に『 第2の我が家 』と呼ぶに値する、慣れ具合 懐き具合 である。


        “ 序(ついで)ニ可愛ゲモナイシ ”
        「全くのぅ‥‥」
         イワンとコズミ博士は 揃って溜息を付く。
        「‥‥‥‥‥‥‥ 誰が だ」
         アルベルトの訊いに、2人はまるでタイミングを見計らったかのよう に
         ピッ と 人差し指で同方向を指し示す ‥‥ 正確には同一人物 を。

         指し示された延長上には 云わずもがな ‥‥ アルベルト が、居る。


        「博士は兎も角‥‥ お前さんにだけは 云われたくない ぞ イワン」
        “ 差別 ”
        「差別 とな? 差別はいかんのぅ 差別はぁ」

         そしてまた ピッ と揃って指差す 妙に気の合う2人。


        「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ あのな ‥‥‥‥‥‥‥‥ 」


         力なく紡がれる科白(ことば)なぞ 何処吹く風、喰えない古狸 ‥‥
         もとい コズミ博士は いきなり立ち上がると、
        「そうそう 忘れる処じゃったわい」
         云うや否や 奥の間に引っ込んだ。‥‥ 何処までもマイペースな行動である。




         暫くするとコズミ博士は 大きな荷物を一抱(ひとかか)えして戻ってくる。
         その抱えられし『 荷物 』を観て、アルベルトは瞳(め)を瞠った。

         ‥‥ それ は


         溢れんばかりの『 薔薇 』

        『 紅 』『 緋 』と呼ばれる色彩(いろ)の、モノ。


         しかも購入したものではないらしく、ラッピングも施していなければ リボン
         1つ 付いている訳でもない。無造作に英字新聞に包(くる)まれているのみ。
         だが、そのシンプルさが還って 薔薇の艶やかさを際立たせているのも 事実。
         恐らく摘み立てであろう それ は、水気を充分に含んで 瑞々しさを放ち
         その存在を主張するような それでいて厭味でない 芳香を漂わせている。


        「ワシの教え子から貰ったんじゃがのぅ 残念ながらワシには興味がない上に
         この家には似合わんモノじゃから ‥‥ほれ 綺麗な嬢ちゃんに土産じゃ」
         コズミ博士の云う処の『 綺麗な嬢ちゃん 』は 勿論フランソワーズのこと。
        『 フランソワーズに 』と云われ 受け取らぬ訳にもいかず 不本意ながらも
         アルベルトは その『 荷物 』を受け取った。
         ずっしり と重量感のあるそれ は ‥‥ 推定150本、という処か。

        「 ‥‥‥‥ ん ? ‥‥ 蒼 ‥‥ ?」

         アルベルトは花束を光に翳し 色々と角度を変えてみる。光線の辺り具合に
         よって 蒼み掛かって見えるときがある、コトに 気付く。
        「嬢ちゃんの瞳の色とお揃いじゃて」
         ふぉっ ふぉっ と、好々爺さながらに笑う コズミ博士にアルベルトは
         これ以上 何も云うことはなく ‥‥ 静かに立ち上がる。


        「 じゃぁ な   じぃさん 」
        「今度は皆で泊りがけで遊びに来(こ)んかのぅ?‥‥独りは 暇でのぉ」
        「あぁ 伝えておく」

        「ふ〜む これはこれは ‥‥いっその事 嬢ちゃんにプロポーズしたらどうじゃ?
        『 小道具 』もあるしのぉ サマになっとるぞぃ その格好」



         長身、均整の取れた躯(からだ)、クールで端正な顔立ち、シンプルな黒の上下
         の上に さらり と羽織る、上質な素材で作られた薄手のグレーのロングコート。

         その肩には無造作に担がれた、薔薇の花束。

         その立ち姿だけで1枚の絵画のようである。
         ‥‥‥ 小脇にイワンを抱えてさえ いなければ、である が。


        「『 プロポーズ 』 ねぇ ‥‥」

         刹那、イワンとアルベルトの視線と『 思惑 』が 交錯した。









         バタンッ ‥‥ カシャッ

         車のドアを閉め、鍵を掛ける音声(おと)がギルモア邸の片隅に響く。
        「お帰りぃ〜 アルベルト 元気だった?コズミ博士」
         鍵の音を聴き付けたジョーが ぱたぱた とアルベルトの傍に駆け寄ってくる。

        「あぁ 相変わらず だ」
        「そぅ 良かった」

         ほわん と微笑う 出逢ったときから変わらぬ 優しい心の持ち主、は
         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 相も変わらずアルベルトの『 玩具 』であった。


        「 どうしたの それ ‥‥薔薇 ? ‥に、しても 凄い量 だね 」
        「 ん? あぁ‥‥ ちょっと な 」
        「お帰りなさい ぁ ねぇ車のキィ貸してくれる?買い物に行きた‥‥」
         其処でフランソワーズの科白は途切れ ‥‥ 否、途切れさせられた、のである。
         アルベルトは無言で コズミ博士から預かった花束を手渡した。


        「 こ れ ‥‥‥ え? わたし に ? 」

         フランソワーズは 手渡された花束とアルベルトの表情を、交互に見比べて
         ‥‥ 嬉しそう に、本当に 嬉しそう に 微笑んだ。
        「ありがとう 何でもない日にお花を貰うなんて 久しぶり ‥‥嬉しいわ」
         その微笑は 掌中の花に遜色なく 色彩(いろ)鮮やか で、艶やか で。








         ふわあぁぁ〜 と、これまた長身の赤い髪の逆立った青年 ‥‥ 中身は
         限りなく『 悪ガキ 』の陽気なアメリカ人は天井を仰ぎ 盛大な欠伸を1つ。

        「あ〜‥‥腹減った‥‥」

         未だ 醒めやらぬ瞳を擦りつつ、もぞもぞ と ベッドから這い出すと
         ぼんやりとした思考のまま 自室を出る。
         ぺったん ぺったん と素足で廊下を歩き、2階の踊り場から階下を見下ろした
         視界の先には ‥‥花束を抱えたフランソワーズと、傍に笑顔で寄り添うジョー
         そして ‥‥ イワンを小脇に抱えた 天敵 アルベルト の姿。


        「でも どうしたの 急に 花束 だなんて」
         嬉しげに 且つ不思議そうに 訊うてくるフランソワーズに アルベルトは
         ジョー と、踊り場のジェットの存在を一瞥すると ‥‥ 普段見たことも
         ないような『 極上の笑み 』を浮かべ ‥‥



        「 そろそろ プロポーズ、しようかと思って な 」

        「「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ はぁ っ!? 」」



        横と上から 異口同音に発せられた 何とも 間の抜けた声 ‥‥ は、


        「 嬉しい‥‥ ずっと 待ってたのよ 」


         と云う 女神の 『 返答 』に拠って 哀しげなモノへ と 変化する。

        「ふっ ふらんそわぁずぅぅ〜!?」


         ゴロンゴロンゴロンゴロンゴロンゴロン ‥‥         ベシャッ

         加速を付けて踊り場から転がり落ちる ジェット。 ‥‥ しかし、
         そこは元来丈夫な彼のこと 直ぐに起き上がり 睨み付けるように顔を上げる。
        「 プロポーズ だぁっ!? っざけるなっ!  っ‥ぁぁあああぁ〜っ 」
         吠えるジェットの視界に入ったのは ‥‥ アルベルトの背中に手を廻して
         抱き付くフランソワーズと その肩に片手を廻して抱き締める アルベルト。

         亜麻色の髪に頬を寄せ、額に 頬に ‥‥ 口付けを落としてゆく。

        「やだ アルベルト こんな処 で‥‥ 見てるじゃ ない」
        「見たいヤツには 見せておけば いい さ」

        「 んっ もぅっ‥‥ 」

         その光景を至近距離から呆然と見ているジョー。その視点は既に定まっておらず
         ‥‥ よもや 魂は 何処か遠い世界に飛んでいっているらしい。
         アルベルトに抱えられたイワンは、そんなジョーを少し ‥‥ ほんの少しだけ
         気の毒そうな表情(かお)で 眺め ‥‥‥‥ そして、


        “ ‥‥‥‥‥‥‥『 まま 』ッテ 呼ンデモ‥‥ イ イ? ”


         イワンが きゅうぅっ とフランソワーズの服を掴む。恐る恐る見上げる
         ような仕草は まるで普通の赤児のよう で。


        「 ‥‥済まない‥ その ‥‥隠すつもり、は 」

        「 ‥‥いいの あなた が‥ 傍に居てくれれば 」


         そう云って潤んだ瞳で見詰め合う 2人 ‥‥‥








        「‥‥‥‥‥‥‥ 車のキィ 貸し て?」

        「ん? あぁ 買い物に行くんだったな」


         直前までのピンク色の空気は何処へやら、一瞬にして『 日常 』になり、
         キィを手渡しながら アルベルトはジョーとジェットに視線を走らせた。
         ジェットは 床に突っ伏したまま 肩を震わせ、ジョーは ‥‥ どうやら
        『 戻って 』は来たらしい が、何やら哀しげな瞳で フランソワーズを
         見つめている。


        「 ジョー? ‥‥買い物 付き合ってくれるんで しょ? 」


         ね? と、ジョーの頬に手を添え にっこり とフランソワーズが微笑う。
         ジョーは瞳を伏せ、静かに俯く。栗色の髪が ふわり と揺らめく。

        「 僕、で いい の? ‥‥っ そのっ‥‥ 」
        「あなたがいい、の ‥‥‥先刻(さっき)のは 冗談 よ ‥本気に した?」

         俯いたまま ジョーは こくん と頷いた。その仕草 ‥‥ 佇まい に
         フランソワーズは更に笑みを深くし 添えた手で ペチペチッ と頬を叩く。
        「ほぉらっ!呆けてないで‥‥ぁ アルベルト‥‥あれ 何とかしておいてね」
         あれ、と指し示された先には 相変わらず突っ伏してる ‥‥ ジェット・リンク。



        「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ お〜ま〜え〜ら〜ぁぁぁぁぁ〜〜〜っ 」



         地を這う声と 血管が切れそうな表情で ジェットが むくり と、起き上がる。

        「毎回毎回 イロイロイロイロやりやがってっ!オレに恨みでもあんのか!?」
        「いや 特には」
        “ ソゥダネ 差シ当タリ 其レラシキ理由ハ ナイネ ”


        「ちっくしょぉぉいっ!んじゃ!!何だって い〜っもそうなんだよっ!!!」





        「 ‥‥ 暇つぶし 」
        “ ‥‥ 暇ツブシ ”


        「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」


        『 暇つぶし 』という単語が ジェットの頭の中をぐるぐるぐる と巡り ‥‥
         ‥‥ やがて又 ぱったり と床に突っ伏し ピクリ とも動かなくなった。




        “ ‥‥如何スル? コレ ”
        「ガキじゃないんだ 放っておけば いい」

        “ ソウダネ ‥‥‥面倒クサイ シ ”









         それから3時間。

         フランソワーズとジョーが帰宅する迄、本当に放置されていたジェットであった。











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