移ろいしもの




        「何を独りで黄昏てるんだろうねぇ 色男が」
         ウッドデッキに肘を付き、就寝前の一服を満喫しているアルベルトへ酒瓶と
         グラスを手にしたグレートが声を掛ける。

        「‥‥アンタ、まだ呑んでるのか?」
        「人聞きが悪いねぇ 先刻(さっき)呑んでたのは若い連中だけさ」
        「‥‥同席していたように見えたのは気のせい、か?」


         グレートが ふっ と笑う。
        「ま いいさ ‥‥どうだい 付き合わないか?」
         そう云うとボトルを掲げてみせる。そのボトルを瞳(め)にした途端、
         アルベルトの口許が少し ‥‥ 緩んだ。
        「随分と『 いい酒 』じゃないか」
        「だろう?『 お子様 』に呑ませるには勿体無さ過ぎる代物、さね」








         カラ ‥‥‥ ン ‥‥

         透明な氷の欠片がグラスの中で 頼りなげに、揺らめく。
        「賑やかに呑むのもいいが ‥‥我輩には こっちのほう が性に合ってる」
         グレートは一言呟くとグラスの中の液体を喉へ流し込む。
        「アレ は『 呑む 』と云う感じじゃないから な」
         アルベルトも琥珀の液体を口許へ運んだ。


        「たまには‥『 大人の付き合い 』ってのも いいモンだろう? 最も‥‥
         そっちがどう思っているか、は 判らないが な」
        「いや‥‥ 俺もこっちのほうが『 性に合ってる 』さ」
         2人は視線を合わせ ‥‥ 何となく 笑う。


         皆で大騒ぎして呑むのも楽しい。‥‥ が、たまには 現在(いま)のように
         静かにグラスを傾ける一瞬(ひととき)があってもいい と思う。




        「人間(ひと)は ‥‥何処か 孤独を愛する生き物だと考えるのだよ 我輩は」

        「それは一般論か? それとも‥‥ アンタの持論?」

        「 ‥‥‥ さぁ ねぇ ‥‥ ? お好きなほうで 」


         くくっ と喉で笑う グレート。
         普段よく喋る目の前のムードメーカーは『 彼 』の ‥‥ アルベルトと
         2人だけになると、多くを語らなく なる。
         語らずとも察する『 相手 』だから、という事もあるかもしれない が。

         こちら が『 地 』なのだ、と アルベルトは思う。



           『 エンターティナー 』



         そんな単語が脳裏を掠める。恐らく ‥‥ それに 気が付いているのは
         アルベルト自身と ‥‥ 張々湖、そして ‥‥ 多分 フランソワーズ。

         張々湖は云うに及ばず、フランソワーズとて エンターティナー ‥‥ 手段は
         違えど『 表現の世界 』に身を投じていた訳だし 然(しか)も『 女性 』だ。
         女性は そういうコトに対して 生まれつき『 敏感 』である から、
         気付いていても可笑しくはない と思う。




        「この躯(からだ)になって『 良かった 』と思えるねぇ‥‥この一瞬だけは」


         グレートはグラスを持ち上げ、たゆたう液体を見つめながら 笑う。
        「酒に『 酔う 』感覚はあるのに 翌日は残らない」
        「‥‥それは アンタだけだろう この大酒呑み」」
        「‥‥そうかも な」
         でも、と 小さく ‥‥ そっと呟く。


        「こんな いい酒にはお目に掛かれなかっただろうなぁ」
        「それは ‥‥ 云えるかも な」

         アルベルトもつられるように笑う。


         アルベルトが『 人間(ひと) 』として生きていた あの時代。
         アルコール、どころか『 物質全般 』何もかもが 不足して ‥‥
        『 自由 』すら『 不足 』して ‥‥ だから ‥‥ だから、こそ



            ‥‥ 自由に なりたかった

           『 自由な場所 』へ 焦がれて 焦がれ続けて ‥‥



        『 人間(ひと) 』でなくなった 現在さえ 焦がれ続けてやまない。

        『 自由 』にならないのは この『 機械の躯 』だけで ある のに ‥‥



         移ろいし もの
         移ろわぬ もの


         移ろいし 『 想い 』
         移ろわぬ 『 想い 』


         矛  盾
         二律背反



         ‥‥ それは

         時代(とき)を越えても変わらない『 人間(ひと) 』の 哀しき性(さが)

         相反せしもの『 同居する 』事こそ 人間(ひと)が人間(ひと)たる 由縁


                           哀しくも愚かな ‥‥ 人間(ひと)
                           故に愛しさ募る ‥‥ 生物(ひと)







        「さて 大人もそろそろ 寝るとしますか」
         大きく伸びをして、グレートはボトルの蓋を閉める。開封して間もなかった
         それ は、殆ど空になっていた。
        「悪いな ‥‥折角のいい酒を」
         アルベルトはそう云うと、何処に隠し持っていたのか 未開封の煙草の箱を
         グレートに投げて寄越す。


        「まぁ 気にしなさんな どうせ、お子の部屋から失敬してきたモンだ」
        「あの鳥頭 一体何処に隠して‥‥」
        「‥‥ 正確には 博士の部屋からくすねたコイツを我輩が更にくすねた、と」


        「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ おい 」


        「なぁに 心配は要らんよ ‥‥くすねた張本人の手許に戻しておくさ」



            そういう問題でも ないと思う、が ‥‥ ?

            ‥‥ ま いいか 俺に『 実害 』が なければ









         翌朝。清々しくも爽やかな朝の空気を不調法にも切り裂く 怒鳴り声。


        「こりゃ ジェットッ!お前はっ!!またワシの酒を呑んだじゃろうがぁぁっ!!!」


         ‥‥ 普段、温厚な老博士の『 怒鳴り声 』が 朝の大気に熔けた。












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