約束の腕(かいな)










              夢 を 視た の


              あなたは 雪の中 静かに 横たわっている

              冷たくない筈はないのに
              暖かで心底幸せそうな微笑みを浮かべて

              ─────だから 止められなかった


              例え その先に 何 が待っていよう とも



                                 あなたが それ を 望む なら────────









         ぴりりっ

         夢は目覚し時計の騒音(おと)によって唐突に且つ必然的に遮られる。

         フランソワーズはベッドからゆっくりと身を起こす。
         夢の名残か 頬には うっすらと 涙の痕跡(あと)を残して。
         まるで自分の不安を、具象化した様 な──────‥‥刹那 の 夢幻(ゆめまぼろし)


         ───‥‥夢の中。

         ジョーは静かに降りしきる雪の中、 無言で横たわっている。


         疲れ切った 精神(こころ) を
         壊れて動かぬ 躯(からだ) を

         無造作 に、投げ出し──────‥‥



         サイボーグとて 冷たさを感じるであろうに、その瞳 と 口許を彩る微笑(ほほえみ)は
         眠りに付く前のような 穏やか と 柔らかさ に、満ちて。




              ─────────きっとあれは 彼の切望(のぞみ)




         彼がこの先 何処へ行こうとしているのか、フランソワーズは知っている。
         出逢ってしまった、その 瞬間(とき)から。
         ────その瞳(め)に 囚われてしまった 瞬間 から。




              ─────────だから 止められない




              喩え その先に 何 が待っていよう とも

              あなたが それ を 望む なら

              あなたが それ を 望む から


                                 ───────わたし、が かなえて あげる






              あなたが 微笑んで いられるの なら

              どんな咎も どんな罪も─────全て 引き受ける、から




                                 わたしは あなたの 護人(もりびと)














         「おはよう フランソワーズ」
         「おはよう ジョー 今日は随分と早いのね」
         フランソワーズは、お皿とコーヒーカップを配置しながら、ジョーへ視線を 投げる。
         「目覚めが良かったんだ 陽が昇るのも早いし ね」
         ジョーは大きな紅い瞳を少し細め、眩しそう に フランソワーズを 見つめる。
         「どうかしたの?キッチンの窓 開けすぎて眩しい?」
         「うぅんっ そうじゃなくて‥‥」
         ジョーは、東洋人にしては白い頬を桃色に染め いつもより低くて いつもより優しい声音(こえ)で
         いつもより小さい声量(こえ)で‥────ぽそり と呟いた。


         「‥‥綺麗 だなぁ‥って‥‥」

         「 ‥‥ え?」


         そう呟いた直後、ジョーは更に頬を染め
         「 ‥‥そっ そのっっ  ‥‥フラン‥‥ が‥‥」

         フランソワーズは驚きに瞳(め)を見開き、一瞬 白昼夢を見た かと錯覚した。
         ジョーからそんな科白を聴ける日がこんなに早く来るとは思っていなかったから。
         フランソワーズは優しげな瞳にありったけの愛情を込め、ジョーを見つめ返す。
         「綺麗 なのは あなたのほうよ ‥‥ジョー」
         くすくすっと微笑みを付けて軽く返すとジョーは頚(くび)まで桃色に染め上げた。
         「人が折角真剣に云ってるの に‥‥」
         「あら あたし、だって 本気で云ってる けど」


         不意に瞳が合って、2人は同時に笑い出す。
         お互いに何を誉めあっているんだか と軽口を叩きながら。
         幸せな─────本当に 幸せな 瞬間。




              ─────────知っている から

              ─────────判っている から




         心の どこか────何か が、告げる。この瞬間が長くは続かないこと を。
         それ は‥‥────至極、感覚的なモノ で。

         きっと出逢った瞬間に判ってしまっていたこと。

         2人がお互いに特別な感情を抱(いだ)くであろうこと。
         そして─────‥‥それ、は 長くは続かない ということ。

         気持ちが変わるのではなく、物理的に不可能になる ということ。
         人間(ひと)よりもずっとずっと 長生き出来る のに。


         ───────『 サイボーグ 』で あるはず なの に。


         そんなフランソワーズの予兆を証明するかの如く、ジョーの成長振りは目醒ましい。
         出逢ったときは確かに彼女のほうが精神的にも年上で。
         何時だって、この幼な児(おさなご)を『 護りたい 』という感情を抱えていたのに。
         何も判らず、只々 目の前の事柄(こと)に 精一杯だった『 少年 』は いつしか青年へと成長し
         護っていたつもり が、護られる側に なっている。

         強くあろう とする 意志の能力(ちから)。
         今迄のもどかしげな二人の距離を一瞬でも早く 埋めようとするかの よう、に──────────‥‥










              夢 を 視た の

              あなたは 雪の中 静かに 横たわっている
              冷たくない筈はないのに
              温かで心底幸せそうな微笑みを浮かべて

              ─────────だから 止められなかった

              喩え その先に 何 が待っていよう とも

              あなたが それ を 望む なら



              ───────‥‥抗(あらが)えぬ運命(さだめ) と 知りなが、ら‥‥










              夢 を 視た の

              あなたは 雪の中 静かに 横たわっている
              冷たくない筈はないのに
              温かで心底幸せそうな微笑みを浮かべて


              ────‥‥本当に 幸せそう だった から


              その『 微笑み 』を 奪いたくない と 想った
              その『 微笑み 』を 奪わせない  と 誓った
              精神(こころ)が 悲鳴を上げ、紅涙を‥‥────流しても


              あなたの『 微笑み 』が『 護れる 』の なら

              それ以外は  何も  要らない




                                 わたしは あなたの 護人(もりびと)










                   『 幸せに なって 』




         飛行能力を持つ背の高い青年にも、そう願ったことを 思い出す。




                   『 幸せに なろう よ 』




         けれど、フランソワーズの眼前に佇(たたず)む青年 には




                   『 幸せに なって 』



                   『 何時でも 微笑(わら)って いて 』




              わたし、は どうなっても 構わない──── から
              喩え わたしの精神(こころ)が 壊れても
              この想いが 通じなくて、も

              ──────あなた さえ




                                 あなた さえ ‥‥──────────





         目前に佇む 儚き人間(ひと) は
         想えば想う程 幸せから 遠ざかる 男性(ひと) なのに




         ジョーの腕 が、フランソワーズへ伸ばされたかと思うと 指の腹で、フランソワーズの目尻に 触れる。
         「瞳が赤い よ‥‥ 泣いた?」
         「朝方 ちょっと寝ぼけて ね」
         科白(ことば)に、ふふっ と何時のも鮮やかな微笑みを 浮かべて。
         まるで 何事もなかったかの様に。



         「フランは嘘が上手だね」
         真似するように ふふっと ジョーが微笑んだ。
         「‥‥え?」
         「いつも そう 心配掛けまいとするんだ‥自分のことは後回し ‥‥でも‥‥ これだけは 憶えていて」
         「‥‥え?」
         「僕が居る場所は ここ だから」
         「 居る 場所‥‥? 」
         「何があっても必ず、ここ へ 還ってくる‥‥フランソワーズの隣 に」
         「‥‥ジョー‥‥? 何を云って‥‥」
         フランソワーズの科白を遮って ジョーは 躯(み)を屈め、フランソワーズに目線を合わせる。




              夢の中でも 現実でも
              わたし は ‥‥──────こんなにも 無力 で

              護りたい
              護りたい のに 何時の間にか─────‥‥ 護られる事、に慣れ て




         「どうして そんなに‥‥生き急ぐ の?」




              目の前の 儚き男性(ひと) は

              生き急いで
              往き急いで

                                 ────────‥‥逝き急いで



              独り‥‥ たった 独り で      ────────‥‥駆けてゆく





                                 ────────‥‥わたしを置いて









         つー‥‥

         フランソワーズの蒼い瞳から 一筋の淡い液体が零れ落ちる。
         「ぇ!?フラン!?」
         不意に涙を零すフランソワーズに 対処の仕方が判らず、ジョーは困惑する。
         目尻に添えられていた指は髪へと場所を替え、おずおずと撫でてゆく。
         それが合図のように、ジョーの肩口に フランソワーズの額が触れた。
         「えっ‥あっ の‥泣かなっ‥‥フラン、に 泣かれるとっ 僕は どうしたらいい のか‥‥ 」

         きっと彼も感じているのだろう。
         この『 戦い 』が『 最期 』になるだろう こと を。

         フランソワーズはゆぅるりと細腕をジョーの背に廻し、服をきつく 握り締めた。
         「 ‥‥約束 して」
         「 ‥‥え?」
         「必ず還(かえ)ってきて‥‥わたしの 腕(かいな) に」
         「腕って‥‥フラン それって 男の云う 科白(ことば)じゃないの?」
         ジョーはふっと口許を緩めてフランソワーズに問いかける。
         「‥‥いいの それで この場限りでいいから‥‥約束 して」
         握り締める指に力を込め、フランソワーズはジョーの肩口に顔を埋めたまま 呟く。










              夢 を 視た の

              あなたは 雪の中 静かに 横たわっている
              冷たくない筈はないのに
              温かで心底幸せそうな微笑みを浮かべて

              本当に 幸せそう だった から



                                 ‥‥────────止められなかった






         その光景に 彼女の精神(こころ)は、悲鳴を上げ 力を奪われ、血の涙を流す。

         ────それ でも




              あなたが それ を 望む なら

              わたしは どうなっても────‥‥構わない から





              抗(あらが)えぬ 運命(さだめ)が‥‥────2人が 別(わか)っても















         「約束するよ フランソワーズ‥‥必ず還って くる‥から」
         「‥‥う ん‥‥」

         どんなに心を寄り添わせても、想い合っても『 好き 』も『 愛してる 』も
         ────たった一言すら 云わない。
         まるで、それが禁忌(タブー)であるかの様 に。 伝わる 想い は‥────────







              ─────────それでも いつか





                   『 幸せに なって 』






                                   ねぇ  ジョー‥‥












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