夢のまた夢




         薄明の中を煌(きらめ)く 一筋の光

         道標(みちしるべ)となるべき 光 は
         絶望へと誘(いざな)う 悪意に 満ち満ちて

         望んだものは 微(かす)かな 自 由
         望んだものは 微(かす)かな 温もり

         光の筋は ただ ただ 紅く
         燃え上がる 紅(あか)は 禍々(まがまが)しさを 纏(まと)う

         何処か見慣れた 紅  ‥‥  防護服  血  そして ‥‥

         強くて 儚くて  なのに  何処までも 澄みきった ‥‥

         ‥‥ あのヒトの 瞳 に よく 似た ‥‥ 紅



                   想う人間(ひと)を失うという 恐怖 と 絶望


         あれ以上の ‥‥ こんな躯(からだ)になってしまった時以上 に
         こんな気持ちが起こるなんて思いもしなかった ‥‥ 感じずにはいられなかった。

         ‥‥ まるで 人間のようだ と
         ‥‥ 自分は まだ人間であったのだ と


                   想う人間(ひと)を失うという 恐怖 と 絶望


         あの瞬間(とき)初めて ‥‥ ほんの少しだけ
        『 彼 』の気持ちが判った ‥‥ 様な気がした

        『 彼 』の胸だったから 泣く事が出来たのかも しれない
        『 彼 』が傍に居たから 狂わずに済んだのかも しれない


            ‥‥ アルベルトが 居たから


         泣くコトしか 出来なかった 彼女 と
         泣くコトすら 出来なかった 彼  と

         どちらが 辛いのだろうか

         仲間と ‥‥ 想う人間を喪(うしな)う 事実 に 変わりは ないのに




         紅みを帯びた煌きが長く不吉な尾を牽(ひ)いて ‥‥ 堕ちてゆく。

         見慣れた紅い防護服とマフラー
         見慣れた2つの 顔
         炎に包まれる 2人の姿

         自分は 余りにも 無力で 只、地上から 視るしか 手立てが ‥‥無くて。


            こんな処に 居たいんじゃないの
            何時だって ‥‥あなたの 傍 に
                           ‥‥ 最期 の 瞬間 まで


            ‥‥ 胸 が い た い







         寄せては還す静かな波をアルベルトはぼんやりと眺めている。
         他のメンバーの姿は近くには無い。彼らは彼らで気を遣っているのだろう。

         そんな中、独り 密やかに佇むアルベルトにフランソワーズはそっと歩み寄った。
         その表情は 普段と変わりなく ‥‥ それが 余計に辛い。


        「‥‥アルベルト」
        「‥‥あぁ」
        「‥‥ドルフィン号だったら お酒もあったんだけど」
         フランソワーズはそう云うと何処に持っていたのか、煙草とライターを差し出す。
        「こんなの 何処に持ってたんだ?」
        「防護服のポケット」
        「 ‥‥‥‥ 」


         アルベルトは 複雑そうな表情(かお)で 手渡された煙草とライターを見つめ、
         煙草を見つめるアルベルトを無言で眺めている フランソワーズ。
         微動だにしないアルベルトの手からそっと煙草を取ると、中から1本取り出し
         口に咥えて火をつける。
         ぽぅっ と、先端に 温かな 紅 が点(とも)る。
         火がついたことを確認すると、フランソワーズは煙草を口から離し、
         アルベルトの口に咥えさせた。

        「吸って」
        「‥‥‥」
        「吸いなさい」
        「‥‥‥‥‥」

         何時になく強い口調のフランソワーズに心中驚きつつ、素直に従ってみる。
         今のフランソワーズの考えている事が判りかねる。

         ジジッ

         焼ける音と共に煙草は灰となって足許へ落ちた。





         静かに 静かに 流れる ‥‥ 無音の 時間。

        「‥‥わたし は‥‥わたし達は 幸せを 望んではいけないのかしらね‥‥」

         ぽつり と フランソワーズが呟いた。

         現在(いま)でも耳に残る アルベルトの悲痛な叫び声。
         強い意思を持った ‥‥ 儚(はかな)くなってしまった 彼女の 瞳。

        『 ‥‥‥アルベルト‥‥‥ 』

         消えゆく生命(いのち)の中、それでも 未来を切望し続けた 声。


            ‥‥ 胸 が い た い


        「‥‥ 何の為に今迄‥‥」
        「‥‥‥‥‥‥‥」

         ジリッ

         煙草はすっかり燃え尽きて。
         それでも微動だもせず アルベルトは只じっと 水平線を眺めている。

        「‥‥悪いが‥‥独りにして くれないか」

         アルベルトが不意に口を開く。
        「 やだ 」
         ‥‥ この間0.5秒 ‥‥ 『 即答 』である。
        「‥‥我が侭だな」
        「そんなの知ってるでしょう?」
        「‥‥ まぁ な」



        「‥‥独りにして くれないか」
         間を置いて、アルベルトが繰り返す。
        「 いやよ 」
        「‥‥頼むから」
        「嫌なものは嫌」
        「‥‥‥‥‥」
         フランソワーズが強情なのは 知っていたが、今日は 特に絡んでくる気がする。
         何時もなら空気を察知して云わずとも先んじて行動する彼女である筈 なのに。

        「‥‥泣いている男性(ひと)を放って置ける程、薄情じゃないわよ わたし」
        「‥‥誰も 泣いてやしない さ」
        「‥‥涙を流す事が 泣いている事 では ‥‥ないでしょう?」
        「‥‥‥‥‥‥」
        「‥‥そうやって何時も上手に隠して ‥‥『 長い付き合い 』 よ?
         判るわよ ‥‥ それ位」

        「‥‥そうだったな」

         アルベルトは 口唇を上げただけの微笑を形成 し、
         フランソワーズはアルベルトの鋼鉄の手にそっと 自分の手を重ねた。
         彼女の口許を彩る柔らかな微笑み。瞳にはまだ泣いた名残があるもの の 、
         強い光彩(ひかり)を放っている。

         真っ直ぐに 未来(さき)を 見つめるその瞳は 儚くなったヒトを彷彿とさせ
         強気で自分勝手な『 振り 』をしていた ‥‥ 本当は 誰よりも たおやかで。
         自分の運命と懸命に戦い 逃げることを潔しとしなかった ‥‥ 『 彼女 』


        『 あなたの手は 温かかったわ 』


         瞳を反(そ)らすことなく、アルベルトに告げた 凛々しい ヒト。


        「何故 あなたが 苦しまなくてはならないの? 何故 あなただけが‥‥」

         1度ならず 2度までも
         ‥‥ それは 神のいたずら か 偶然 か 必然 か

         フランソワーズがぽつりと呟く。アルベルトは自ら煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を
         肺に満たし、緩慢なスピードで吐き出してゆく。
        「‥‥ そういう運命(ほし)の下に 生まれ付いたんだろう」
         自嘲気味に呟く科白(ことば)に反応するようにフランソワーズが口を開いた。
        「そんな筈ないわ!あんなに苦しんだのに!少し位『 幸せ 』になったって‥‥!」
         何時になく激しい口調のフランソワーズ。
         それは何処か『 彼女自身 』に云い聞かせている様にも感じられて。


        「‥‥そう 願うのは わたし の エゴ なの ‥‥?」


            ‥‥ 幸せに なって



         世界征服 とか 世界平和 とか、大それたことでは なくて。
         ‥‥ 望むのは ほんの少しの『 幸せ 』と 穏やかな『 日常 』。
         日常の中、仲間が居て、想うヒトが近くに居てくれれば 他には何も要らない。


            たったそれだけ の こと なのに
            たったそれだけ が 果てしなく ‥‥ 遠く

                            ‥‥ 果てしなく 遠く て ‥‥


            未来は 何処(どこ)までも 闇の中






        「‥‥いや エゴでも何でもないさ 『 幸せ 』になりたい と 願うのは‥‥」


            ‥‥ せめて 1つだけ  1つだけでも 構わないのに



         ぱたっ ぱたぱたっ

         薄明の砂浜に 刹那、小さな水溜りが出来る。本当に刹那な時間(とき)で。
         すぐに波に攫(さら)われてしまった けれど‥‥
        「 フランソワーズ ‥‥ ? 」
        「‥‥っつ‥ぁ これはっ‥‥」
         自分が涙を流した事に驚くフランソワーズ。その涙は何処か神聖なものに感じられて


        「これは ‥‥ わたしの『 涙 』じゃないわ、あなた の『 涙 』よ」


         虚を突かれた様にアルベルトはフランソワーズの表情(かお)を見つめた。
         その瞳は何処までも優しく ‥‥ 哀しい色彩(いろ)を称(たた)えて。
         腕の中 ‥‥ 去りゆく者が見つめる瞳によく似ていた。
         アルベルトは重ねられていた 優しい手 を 自分の頬へと誘(いざな)う。
         その所作に牽(ひ)かれるように、もう片方の手を反対側の頬へと添えた。


         辺りを包む 穏やかな 波の 音色(おと)
         宙(そら)を飾る 星々 の 明色(あかり)
         不釣合いな 人工的な 煙草の 匂い


         フランソワーズは腰を少し浮かして上半身を捻(ひね)り、ゆっくりと
         アルベルトとの距離を 縮めてゆく。
         流れる涙を拭(ぬぐ)うこともせず、ゆっくり と 瞳を閉じ、そして ‥‥

         ふわぁり

         海風が2人を しばしの静寂へと 誘(いざな)う。


         フランソワーズが静かにアルベルトの額に口付けを落とす。
         一度、唇を離して 次はこめかみへ、そして頬へと 口付ける。
         アルベルトは何も云わず、ゆっくりと瞳を閉じた。
         閉じた瞼(まぶた)にも落とされる 優しくて ‥‥甘い 口付け。
         恋人から受ける それ とは 明らかに違う ‥‥ けれど
         温かな感触が 皮膚から浸透して心まで温めるような感覚に 襲われる。


         そっと瞳を開けると、涙を流し続けるフランソワーズの表情(かお)が見えた。
         その瞳(め)は 果てしなく 蒼く 澄んで。
         ふっ とフランソワーズは淡く微笑み、両手でアルベルトの頭部を抱き込むと、
         自分の胸元へと 引き寄せる。
         自然にアルベルトはフランソワーズに倒れこむ体制になってしまう。
         これはどうしたものか と思案するアルベルトへフランソワーズはそっと囁く。
         あなたは 『 泣けない 』人間(ひと) だから ‥‥ と


        「‥‥わたしが 代わりに 泣いて あげる ‥‥だから‥‥」


         もう 2度 と こんな コト が 起こらない 様 に 星 に 願い を


            ‥‥ 幸せに なって

            ‥‥ 幸せに なって

            ‥‥ 幸せに して あげて 下さい


            これ以上 彼 を 苦しめない で ‥‥ 哀しませない で



         女性特有の柔らかな躯、消えることのない 優しい温もり ‥‥


                   生きている 『 証 』




         アルベルトは無言でフランソワーズの背中に手を廻した。
        「‥‥さっきと 逆 だな」
         ぽそり と『 彼 』が呟く。その声音(こえ)が微(かす)かに
         震えている様に聴こえたのは ‥‥ 気のせいだろうか。


        「‥‥いいんじゃない?たまには」
        「‥‥そうだな たまには な」


         手にしていた煙草は砂間へと落下し、煙だけとなってその姿を消した。

         寄せては還す 波 と 消えかけた 煙草の匂い

         代わりに泣いてあげると囁く女性の 確かな温もり ‥‥


                   生きている 『 証 』




         アルベルトは再び瞳を閉じた。喪ってしまった彼女に想いを馳せつつ ‥‥‥
         フランソワーズも叉、瞳を閉じてアルベルトの髪へ頬を埋(うず)める。

         彼の 想いごと 抱きしめるよう に ‥‥




         迫り来る 闇夜 と 暫しの 戦いの 終焉

         ‥‥ 暫し の 休息






     
暫(しば)し の ‥‥  大切な ヒト達が 目醒める まで の ‥‥‥












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