夢の狭間 2




         月が紅くにじむ

         紅涙を流してなお妖艶な輝きを放ってやまない  夢


        『 ‥‥ しあわせに なりたい の 』


         鮮烈な月光が紡ぎ出す


        『 願い 』 の裏側 に潜む    真実




         どうして『 あの人 』でなければいけないのだろう
        『 あの人 』よりも優しい人も強い人も、沢山居るのに
         恋 とか 愛 とか そんな薄っぺらい言葉では片付けられない


         誰よりも 誰よりも 限りなくわたしに近くて ・・・遠い


            ‥‥‥ 大切な


            幸せになって

            幸せになって   ‥‥ そんなの 嘘



            ‥‥ 幸せに なりたい の




         何処か、嬉しかった
         自分と同じ ‥‥ 死への憧憬を捨てられぬ あなたがいる こと
         でもそれは 同時に ‥‥‥


         風にたなびく鮮やかなマフラーの下、既に残骸と化した機械が転がっている、
         BGの演習用ロボット。
         フランソワーズは最大出力にしたレイガンを残骸に構えたまま立ち尽くしていた。
        「また『 腕 』が 上がったんじゃねぇ か」
         ふらり と002が着地しながらフランソワーズに話しかける。
         フランソワーズは ふっ と口許に微笑みを浮かべた。
        「‥‥ それしか攻撃の手段がないから」
         元々敵索用に設定されているフランソワーズは攻撃力が無いに等しい。
         其れ故身を護る手段(すべ)は限られている。


        「まだ ‥‥ 笑える な」


         002の科白(ことば)に 虚を突かれた形と なった。


            ‥‥ こんな状態でも 笑えるんだ ‥‥


         例えそれが、造り笑いであっても『 自嘲の意味 』があったとして も。
         思わず002を見上げた。
         002はフランソワーズの表情(かお)を見るでもなく、只正面を見ている。
         その強い横顔 ‥‥ いや、強くあろうとする『 意思 』の 横顔。


        「笑えるってこと は、余裕がある ってことだから、な」


         そう云って口唇を上げる002の顔がフランソワーズには刹那かった。
         絶望することさえ諦めてしまった 背中。
         002の心が手に取るように判る。‥‥ 判ってしまう。
         浮かんだ口許(くちもと)の小さな祈りにも似た 月だけが知っている 声。


            ‥‥ 幸せになって


         「そんなの 嘘」


            ‥‥ 幸せに なりたい の



         祈りは現実と重なり合い真実を暴き出す。
         深淵に沈めた パンドラの棺(ひつぎ)  ‥‥ 捨てられぬ死への憧憬。

        「こんなの 生きてるって 云わない」

         いっそ壊れてしまったほうがどんなにか楽なのに と常に思う。
         それなのに自分で決着(かた)を付ける事も出来ない。


        「 殺して わたし の こと 」


         その言葉に弾かれた様に002がフランソワーズに視線を向けた。
         瞳には何の感慨もなく、何を云う訳でもなく ‥‥ 只、見つめるだけ。
         ツー ‥‥

         フランソワーズの頬を不意に涙が伝う。
         BGに捕らえれてからでさえ決して涙を他人に見せたことは、なかったのに。


        「‥‥ 云いたいことは それじゃねぇ だろ 」


         言葉少なに、慰めるでもなく ‥‥ 勇気付けるでも なく。
         フランソワーズの言葉を待っている。
         パンドラの棺(ひつぎ)に埋もれた 死への憧憬の 裏側に在る 本心。


        「 傍に 居て  お願いだから  独りに  しないで 」



            ‥‥ 幸せに なりたい の



         フランソワーズは地面に跪いた。溢れる涙を止めるコトも、拭うコトもせず。
         002は相変わらず正面を見据えていた。‥‥ 何も 云わず。
         無言の空気がフランソワーズを包み込む。
         労わるでもないその空気が、今はとても ‥‥ 嬉しかった。

         ‥‥ 無言の肯定。




                   『 お前はお前であればいい 』




         その空気はどんな 行為 よりも どんな 言葉 よりも 優しくて


            ‥‥ 幸せに なって


         この瞬間、心の底から 切に願う。

         誰よりも 誰よりも 限りなく わたしに近くて ‥‥ 遠い


            ‥‥ 誰よりも 大切な



        「 ‥‥ ジェット・リンク    オレの名前 」



         ナンバーなんかで呼ぶなよな と小さな小さな呟きが聴こえる。



            自分 は ‥‥‥
            自分達は ‥‥‥   人間(ひと) なのだから



         ジェットの科白(ことば)が輝きを放ち、フランソワーズの 凍て付いた
        『 心 』を 溶かして ゆく。
         モノクロの世界が色彩を取り戻し、天然色で語りかける。


            ‥‥ だから こんなにも








         海に縁取られた月は 白刃の煌きにも似て

         欺(あざむ)かれた罪は 優しい眠りにつく

         寄り添う2つの影は 刹那さを帯びて ‥‥ 波間に消え

         晧晧と照らし出された ひとときの 夢現(ゆめうつつ)


         蒼醒めた月だけが見ていた


                                   ‥‥‥ 夢の 狭間









        『 こんなにも ‥‥‥ 』



         それは 志(こころざし)を同じく しなが ら
         運命を分かってしまった女神の名を持つ彼(か)の人が言った科白(ことば)。
         それはまるでフランソワーズの心を代弁するかのように。


        「極度の精神疲労による記憶回路の混乱」
         それがギルモア博士の下した診断だった。
         メディカルルームの簡易ベットで横になりながら
         何に緊張し、疲労したのか ‥‥ フランソワーズは一言も発さなかった。
         傍らにはギルモア博士、ジョー、アルベルト、そして ‥‥ ジェット。

        「よく憶えてないから説明するのは無理ね ‥‥ 只、夢を見ていただけなの」
         と、何時もの優しい微笑を 称えながら。
        「無理はしないで 本当に」
         ジョーが相変わらず優しい瞳でフランソワーズを労わってくれる。
        「002なら憶えてるよね」
         ジョーがジェットに話を向ける。
        「あぁ 驚いたぜ いきなり防護服を脱ぎだしてさ。ストリップでも
         おっぱじめるのかと思った」
         あ と一瞬の間を置いてジェットは言葉を更に紡ぐ。
        「止めなきゃ良かったあぁ!あぁ勿体ないことをっ!」


        「‥‥ 後悔 先に立たず ‥‥ もとい 『 口は災いの元 』」


         アルベルトが大きな溜息を付きながらジェットの肩を ぽん と叩(はた)く。
        「 へ?004も観たかった のか?」
         珍しいこともあるモンだな と 眼を丸くして、フランソワーズに
         視線を向ける と ‥‥
         ジェットは 瞬時に絶対零度に到達 した。


        「‥‥002?少し2人きりでお話したいんだけ ど ?」
         ふふっ と何時も以上に艶やかな微笑みが湛えられた額 には、
         くっきりとした 十文字。



         アルベルトの鋼鉄の手がジェットを掴み、もう片方の手でフランソワーズの
         頬に、触れた。壊れ物を扱うかのように、そっと優しく。
         その手を包むようにフランソワーズの手が添えられる。
        「‥‥ 大丈夫 だから」
         そう一言添えて、アルベルトの色素の薄い瞳を見返した。
        「‥‥そうか‥‥」
         アルベルトはジェットの躯(からだ)を、ベッドの縁へと 追いやると
         ジョーとギルモア博士を誘(いざな)って部屋を後にした。


         パタン カッカッカッ ‥‥‥


        「大丈夫、かな」
         ジョーは不安気にメディカルルームを振り返る。
        「‥‥ 子供じゃないから な」
         一瞬、どっちが大丈夫なんだろうか と云う想い が、アルベルトの
         脳裏を掠めたが ‥‥ 敢えて口には出さなかった。
        『 大丈夫 』と云ったのは 他でもない『 フランソワーズ 』だ。
         云った以上、内心はどうであれ、絶対に『 大丈夫な 』表情(かお)をする。
         そういう『 気質 』をアルベルトはよく把握していた。





         2人がドアから遠ざかる足音を確認すると、フランソワーズは ふぅっ と
         小さく ‥‥ 息を吐く。
         わたしの前では愛想悪いのね と 軽く 悪態をつきながら。
        「002は云わないの ね ‥‥大丈夫?とか 無理するな とか」


        「大丈夫じゃねぇの? ‥‥ 微笑ってるならな」


            ‥‥ 変わらない


         気遣うでもなく 慰めるでもなく 只ひっそりと佇む横顔。
         その気性の如く、真っ直ぐに正面を見つめて。




        「 ‥‥ 綺麗だったよな   ‥‥ 月 」

        「 ‥‥ うん 」

        「 また観に行けるといいな 」

        「 ‥‥ うん 」




         たった それだけ ‥‥ の。
         会話 ともましてや 世間話 とすら云えない 言葉の『 羅列 』。


            ‥‥ なのに


         フランソワーズは ゆっくりと躯(からだ)を動かし、上半身を起こした。
         縁に腰掛けるジェットの傍らに手を付き重心を移動させる。
         ギリギリの処で触れない 微妙な 距離 へ。
         足許から伸びた影 だけが 寄り添うように ‥‥ 重なり合う。



        「 ‥‥‥ 独り じゃ   ‥‥ ねぇからな ‥‥‥ 」



         呟くジェットの表情(かお)は前髪に隠されてよく見えなかった、けれ ど。
         見せない『 横顔 』に向かってフランソワーズは 口唇 を上げる。


         誰にも見せない 淡く 消え入りそうな



                    ‥‥ 幼児(おさなご)の表情(かお)で。



            ‥‥この 気持ち は


            恋かもしれない 愛かもしれない

            恋ではないかもしれない 愛ではないかもしれない



            否。そんなありきたりな『 科白 』ではなく もっと ‥‥



            ‥‥ こんなにも





                   『 いとしい 』






         決して触れない指先から、この想いが伝わればいい と思う。



            ‥‥ 幸せに なって

            ‥‥ 幸せに なりたい の



            ‥‥ 幸せに     なろう よ



        「 ‥‥ ん 」



         今は小さな祈りでも。見果てぬ 夢 でも ‥‥ いつか きっと。
         静かに閉じた瞼の裏に浮かぶのは 漆黒を彩る 妖艶な 月光。



         寄り添う2つの影は 刹那さを帯びて波間に消え

         晧晧と照らし出された ひとときの 夢現(ゆめうつつ)



         蒼醒めた月だけが見ていた        ‥‥ 夢の 狭間












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