自覚




         夥(おびただ)しく地面に咲いた 血の華

         血の華を咲かせた者達には 既に何の感慨もなく

         ‥‥‥ 望むのは たった1つ

         どれ程切望しても 手に入らない
         手に入らないからこそ 余計に 切望してしまう

        『 死 』と云う 名 の 何処までも 甘美な 誘惑




        『 それ 』を手に入れたのは ほんの偶然
         冷たい手触りの1丁の拳銃
         自分達が普段持つレイガンとは明らかに違う 角張った 硬質な手触り


        「これで逝けると 思う か‥‥?」
         004 ‥‥ アルベルト・ハインリヒは傍(そば)に居た女性に訊いかける。
         亜麻色の髪と003の別名を持つ『 彼女 』‥ フランソワーズ・アルヌール。
         問われた彼女は微笑を持って応える。その微笑みは 凄惨な迄に 綺麗 で。


        「『 人間(ひと)用 』の モノ で‥‥ ?」
        「『 人間(ひと)用 』の モノ で‥‥ だ」


        「‥‥さぁ‥‥?補助脳もろとも破壊しないと 生き還るわよ わたし達 は」
         投げやりでもなく、かと云って真剣に応えているとも思い難いフランソワーズの
         解答(こたえ)をアルベルトはどう受け止めたのか。

        「補助脳‥‥か。‥‥やってみた事が あるのか?」
        「さぁ‥‥‥ どうかしら?」
        「‥‥‥‥」

        「やるのならさっさとしないと。あと8分もすればB・Gの回収ヘリが来るわ」
        「8分 か‥‥悩む『 時間 』さえ無いんだな 俺には」
        「‥‥わたしにも よ」
         微笑む彼女は演習で埃まみれになっている事が不似合いな程、優しくて。

         かちゃり

         アルベルトが拳銃の残弾数を確認する。
        「2発 か」
        「だったら半分は残しておいてね」
        「‥‥え‥‥?」
        「独りで逝くのは寂しいでしょ?付き合ってあげるわよ‥‥ それに」
        「‥‥それに?」
        「1丁の拳銃で共に逝ける、なんて素敵じゃない?」
         そう云って彼女は ころころ と 声音(こえ)を上げて微笑(わら)う。
        「1発で仕留める自信はないな」
         ふっ と口唇のみを上げてアルベルトもつられる様に嘲笑(わら)う。


        「‥‥だったら‥‥」


         フランソワーズの蒼い双眸がアルベルトを捉える。



            ‥‥ だったら わたしも一緒に 射殺して ?
            それが嫌なら その腕で わたしを 抱き殺して

            あなたの腕の中で その生を終えられるのならば 


            きっと きっと ‥‥ 幸せに なれる ‥‥から



        「一緒に逝くのが嫌なら‥‥見送り だけ、だから 弾は 残しておいてね」
        「‥‥何処 まで?」
        「‥‥楽園の入り口 まで」
        「見送って‥‥ お前さんはどうする?」
         アルベルトの問いにフランソワーズはゆっくりと瞳を閉じる。
        「‥‥待つわ 誰か が 来るまで」
        「‥‥誰か‥‥?」
        「そう 誰か ‥‥兄さんかもしれないし、002‥‥ジェット かも しれない」
        「お前さんは‥‥002が好きなのか?」
        「好き か 嫌い か と聞かれれば 好き よ、貴方と同じ位 には」


         好むと好まざるとに関わらず 運命を共にする存在(もの)


        「あなたの傍は 安心 出来るけど 彼の傍は‥‥冒険 出来るわ」
         くすくす と笑ってばかりいる彼女の瞳には 死を目前の愁いは一切 なく。
         安心 も 冒険 も 限りなく『 死 』に近いものではある けれど。


            ‥‥ それでも




        「泣いても 何の解決にもならない それは もう‥‥思い知ったから」


            ‥‥ ならば


         生きるにせよ 死ぬにせよ『 積極的 』に『 行動 』したほう が
        『 人生 』楽しめるでしょう?

        『 人生 』


         自分に ‥‥ 自分達に それ が 残されているかは知らない けれど。


            ‥‥ それでも




        「最期まで『 悪あがき 』する事にしたの よ」
        「‥‥悪あがき?」
        「このまま『 奴ら 』に運命を委(ゆだ)ねるなんて『 まっぴら 』よ
         そんなの『 パリジェンヌ 』の風上にも於けないし、皆に笑われちゃうわ」
         そう云い切ってフランソワーズは閉じていた瞳を開けた。


        「自分の幕引きは 自分でやるの‥‥ 絶対 に 」


         泣いて
         泣いて
         泣き喚いて

         そんなことは 何の解決にもならないこと を 思い知った。

         泣く事は 一時の『 浄化 』には なるけれど
         却って苦しいだけの 一瞬(とき)も ある


         それを『 教えて 』くれた人間(ひと)が ‥‥ 居た。


         根本の解決にはならない。


            ‥‥ だから
            ‥‥ ならば


            自分らしく『 生きる 』こと
            自分らしく『 逝 く 』こと


         現時点で残された たった1つの ‥‥ もぎ取れる可能性のある『 自由 』


         此処に存在するのは2人だけ
         瞳に映るお互いの姿は 唯一無二の存在





        「‥‥あと2分 ‥どうする?それとも‥‥わたしが撃つ?」
         アルベルトの持つ拳銃にフランソワーズの指が掛かる。
         添えられた指は細く、しなやかなで ‥‥ 彼女の性格そのまま に。
        「やめておくさ‥‥‥女性に撃たせるのは 男の沽券に関わるからな」
        「あら残念、気が向いたら 声を掛けてね 何時でも協力するわよ」
         淡く微笑む彼女の頬にはヒトスジの薄れ掛けたライン。
         それを確認するとアルベルトは拳銃を投げ捨て、フランソワーズの背に手を廻した。


         廻した背中は少し震え、血が滲んでいる。
         それは ホンモノの血 なのか ニセモノの血 なのか 判らない けれど。
         それでも ‥‥ 感じる『 温もり 』は 確かにホンモノ。


        「悪あがき‥‥か 大方 あのガキが言ったんだろう?」
        「当たり でも『 真実 』だと思ったわ わたし は」
        「‥‥そうだな」

         バラバラバラ‥‥

         回収ヘリの爆音がアルベルトの耳にも届く。
         フランソワーズから身を離す寸前、力を込めて抱き締めた。

         ‥‥ 自らの 意志 で


        「‥‥戻ったら傷の手当てが要るな‥‥痛むか?」
        「‥‥うぅん 大丈夫」
        「フランソワーズ」
        「‥‥何?」
        「俺も‥‥悪あがきしてみる事にした」
        「‥‥どうしたの 急に」
         フランソワーズが瞳(め)を見開く。


        「このままだと 何となく『 ヤツ 』に負けた様な気がするから な」
        「アルベルトって 負けず嫌い だったのね」
        「‥‥知らなかった のか?」
        「‥‥知ってるわよ? 勿論」
         知らない訳ないじゃない と小首を傾げて 悪戯っ子のようにウィンクする
         蒼い瞳に一瞬 見惚れる。
         素直に 綺麗だ と思う。
         戦闘中とは明らかに異なるその瞳の彩(いろ)・顔付き。
         これで着飾りでもすれば男共が放ってはおかないだろう。
         アイスブルーの輝きが自分に注がれている事にフランソワーズが気付いた。



        「‥‥何?」
        「いや‥‥綺麗だな と思って」
        「‥‥何が?」
         アルベルトは無言でフランソワーズの顔を指差した。


        「‥‥‥‥‥‥‥‥」


        「ぁ〜‥‥ 視えたわ アルベルトが 普段、女性を口説く姿」
        「‥‥素直に感想を云っただけ だが?」
        「‥‥普段 云わない人間(ひと)がそういう事を云うのは 口説くのと 同じ効果」
        「‥‥そんなモンなのか?」
        「‥‥確信犯?それとも 天然?」
        「‥‥さぁ?」
         其処まで会話を交わしてフランソワーズは そっと溜息を付いた。
        「まぁいいわ そのうち判る でしょ?‥‥長い付き合いになるんだから」
        「‥‥確かに な」


         足掻いても変えられぬ『 決定事項 』
         きっと ‥‥ 普通よりも 遥かに長い『 付き合い 』


         バラバラバラ ‥‥‥

         ヘリの音が更に大きくなった。それに煽られ足許から一塵の風が舞い上がる。
        「‥‥戻る か」
        「‥‥えぇ」

         アルベルトは捨てた拳銃に静かに視線を投げた ‥‥ 瞬間。

         ズダダダッ

         聞き慣れた音がヘリの爆音との隙間を埋めてゆく。
         そこに在るのは ‥‥ 先程まで『 拳銃 』であった 鉄の 残骸。

        「必要ない から な」
        「‥‥そう ね」

        「俺達の中味も‥‥こんなモノ なんだろうな」
        「‥‥アルベルト」
        「心配するな‥‥ そういう意味じゃ ない」
        「‥‥‥‥‥‥」
         風で舞い上がる亜麻色の髪を 頬で押さえているフランソワーズの
         躯(からだ)が 温かいモノで包み込まれた。
         自分とは違う造りの 同じ物質で構成された 『 鋼鉄の身体 』

         それから ‥‥‥



        「アル ベ ルト ‥‥?」



         それは 刹那のコト。
         気が付いた瞬間(とき)には 既に鋼鉄の身体の持ち主はフランソワーズに
         背を向け、回収ヘリへと向かっていた。


        「‥‥今のは‥‥不意打ち だわ‥‥」


         ふぅっ と小さく吐息を吐くと、フランソワーズは唇に淡い微笑みを浮かべる。
         刹那にフランソワーズの額に触れた アルベルトの ‥‥ 冷たい 唇
         例えそれが 幼児(おさなご)に与えるモノと 同じ意味合いだと しても。



            ‥‥ 期待 ‥ してしまう じゃない ‥‥?

            そんな『 隙間 』も ない のに ‥‥?
            そんな『 隙間 』も くれない クセ に



         淡い微笑みは切ない微笑みへと姿を替え、フランソワーズの唇を彩(いろど)る。
        「期待 なんて させない で よ‥‥」


         切ないけれど 何処か 痺れるような 甘さ を内包した ‥‥‥ 想い。


         ‥‥ 惹かれる
            惹かれて ゆく

                    惹かれずには いられない




         夥(おびただ)しく 地面に 血の華を咲かせる 彼(か)の人 に
        『 死神 』の渾名(あだな)の 負けず嫌い の 彼(か)の人 に








         彼女がはっきりと『 自覚 』するのは もう少し 未来(さき)の 話。












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冷凍睡眠前の彼等の日常
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