片翼天使 1




         空と 海と
         蒼と 青と 藍


         それは彼女の瞳の光彩(いろ)
         それは彼 の瞳の光彩(いろ)


         何処までも曖昧な 境界線



         彼 と 彼女 と

         恋 と 愛 と ‥‥ 名前さえ付けられぬ 切なる『 想い 』







        「寒ぅ〜いっ!」
         冬の海が観たい と脅迫紛いに囁かれて連れて来た処の第一声が コレ で。

        「てめぇ オレ様の好意を何だとっ‥‥」
        「いいじゃない 本当のこと だし」
         罪の意識なんて微塵も感じさせない、爽やかな表情でフランソワーズは微笑う。


        「大体、てめぇと海っつーシチュエーションだと ロクなコトねぇよなっ
         服脱いだり 服脱いだり 服脱いだり‥‥ ぁ、それは別に いっか」



            ‥‥ わたしのこと 殺して ‥‥ ?
            生きていくのは ‥‥ 飽きてしまった、か ら ‥‥



         今でも耳に残る ‥‥ 彼女の内側の 微かに垣間見た 秘めたる『 本音 』

         フランソワーズは困ったように眉間に皺を寄せる。
        「他に云いようは ないのかしらね」

        「ないっ!」

         傍らのオトコ ‥‥ ジェットは即答する。
        「‥‥あなたに期待したわたしが 莫迦だったわ‥‥」
         フランソワーズは云いつつ、半ば諦め気味の溜息を付いた。
        「‥‥‥ スケベ」
        「オトコは皆スケベだ」
        「あら そっ ‥‥ じゃ ここで今、わたしが脱いだら‥‥悦ぶ?」
         その科白(ことば)に ジェットは鼻で笑った。
        「やれもしねぇコト云ってんじゃねぇよっ」
         その科白(ことば)に 今度は フランソワーズが笑う。

         ほんの一瞬、視線を遇わせたかと思うと 羽織っていた薄手の上着に手を掛け
         ボタンを外し始める。

         ひとつ またひとつ ‥‥ 外れる毎に露になる白く肌理細やかな素肌。



        「っうっ うわっ ちょっ‥‥ ちょっと待てっ!!」
         焦って止めに入るジェットの事など何のその、フランソワーズの手は動きを
         止めようともせず ‥‥ が。


         その下から現れた 同色のブラウス。しかもご丁寧に襟が見えないタイプ。
        「 ‥‥騙したな」
        「騙してないわよ?『 脱いだ 』でしょ? ‥‥ 上着」
         確信犯の瞳でフランソワーズはジェットを視つめる。


        「こ のっ タワケぇぇっ!!」
         叫びつつ、飛び掛る が フランソワーズは舞うように ひらり と 優雅に
         ソレをかわす。
        「無理 よ 完全に回復していない躯(からだ)の上に ここは『 空 』じゃ
         ないもの ‥‥五分五分、よ ‥‥うぅん 寧ろ わたしの方が有利、ね」
        「 何で 」
        「あなたの行動パターンが 100%読めるから」
         ‥‥莫迦 だし? と舌を出して 悪戯っ子のように 笑う。
        「病み上がりのあなたに負ける程 弱くないわよ わたし」
        「‥‥その 病み上がり を引き摺り回してんのは 誰だっけな オイ」


        「‥‥ 飽きてた、でしょ」

        「‥‥ あぁん ?」


        「メディカルルームで じっとしていること、‥‥外に出たい 外の空気が吸いたい
         ‥‥ 空を飛びたい ‥‥って」
        「‥‥お前はイワンかよ」
        「イワンじゃなくても判るわよ 全部、表情(かお)に出ていたもの」
        「‥‥ヤなオンナ」
        「あら お褒め頂き 光栄」
         ちっ とジェットは舌打ちする。拠りによって一番『 知られたくない相手 』
         に、気付かれていた のだから。



        「 ‥‥ 海 が 観たい ‥‥ 」



         自分が ‥‥ 自分達「ジョーとジェット」が堕ちてきた 母なる 海。


         自分達を救ってくれた    海 を
         自分達を救ってくれなかった 海 を


        「 違う ? 」
        「 ‥‥‥‥ 」

         ジェットは無表情にフランソワーズの蒼い瞳を見据えた。


        「いいえ 『 救わなかった 』のは ‥‥わたし、か 」
        「 ‥‥‥ フラン ‥‥‥? 」
        「 ‥‥ 後悔、して いるの よ 」



            救ったコト    を
            救えなかったコト を



        「だから やり直そう と思う の」

        「‥‥‥ は?」

        「あなたは どう、したい ? このまま 生き永らえる事を望む ?」


            ‥‥ 連綿と続く 血の道程(みち) を


        「あのまま‥‥『 生 』を まっとう したかった ?」


            全てを捨て ‥‥ 『 無 』へと 帰(き)して




        「‥‥ 聴こえたのよ 『 声 』 が 」
        「 ‥‥‥‥‥ 」

         魔人像の欠片と共に『 彼ら 』が降り注いだ 瞬間(とき)



        『 もう ‥‥ 眠ってもいい、か な ‥‥ 』



        「‥‥あれは あなたの科白(ことば)ね ‥‥ ジェット」
        「‥‥さぁ?空耳じゃねぇの? じゃなきゃ ジョーか」
         ジェットは口端だけを上げて嘲笑(わら)う。
        「いいえ あれはあなたの『 言葉 』 よ ジェット」

         真っ直ぐな強い瞳でフランソワーズはジェットを ひたと 見据える。
        「絶対に あなた、よ」
        「‥‥根拠のないコト云ってんなよな」


        「そうやって何時もちゃかして 誤魔化して‥‥ 隠して」


            本当のコトなぞ 絶対に『 云わない 』 男性(ひと)


        「‥‥何年 付き合ってると思ってるの?」



            本当のことなぞ 何ひとつ ‥‥
            子供のように見せて ‥‥ その実 誰よりも大人な『 彼 』


            どんなに陽気に騒いでも

            どんなに傍若無人に振舞っても ‥‥ 振舞ってみせて、も



            隠し切れない 奥底の ‥‥ 深淵




         フランソワーズには『 確信 』があった。

        「あの時、だっ て‥‥‥」


         それは 遠い ‥‥ 薄れゆく 記憶(かこ)の 中
         2人っきりで過ごした ‥‥ 過ごさざるを得なかった、時間


        「‥‥ ハッ! 何年付き合おうと関係ねぇ 」


            こいつ は
            オレのコトなど  ‥‥ オレの気持ち など ‥‥




            名前さえ 付けられぬ ‥‥ 切なる『 想い 』







        「わたしは ジェットじゃないから 全てが判る訳じゃない ‥‥でも」
         フランソワーズは静かに俯いた。

        「‥‥判ること も ある、の よ‥‥」
        「オレの知ったことかよ」

        「 だったらっ‥‥っ! 」


         フランソワーズはきっと顔を上げてジェットを睨み付けた。


        「何故、『 ごめん 』って 云う、の!?」

         それは ‥‥ 慟哭。

        「何故、何も負わせてくれない の!?」



            魔人像から舞い降りし『 天使 』を 汚して

           『 天使 』は『 天使 』のまま であった ほうが ‥‥


            ‥‥ 『 幸せ 』 だろう、に ‥‥



            綺麗な まま、その『 生 』を 終えることが 出来れば


            ‥‥ 人間(ひと)の よう に






        「‥‥だから やり直す のよ ‥‥ ここ、で」


         ぱしゃり

         海水が何時の間にか足許まで 押し寄せて来ていた。
         ひたひた と押し寄せる波は まるで現在(いま)の彼女のよう で。


        「 どう、したい ? 」


         血塗られし道程(みち)を翔(かけ)て ゆくのか

         長すぎた『 生 』を 放棄 する か



        「‥‥今更 何でそんなコトを訊く?」
        「やり直すため に」
        「‥‥何を やり直す ?」


        「 幸せになる為 に 」


         ‥‥ 『 彼女 』 フランソワーズの 口癖



                  『 幸せに なって 』


                  『 幸せに なろう よ 』




        「じゃ フランにとっての『 幸せ 』って何だよ」
        「 ‥‥‥‥ 」
        「応えろよ 他人(ひと)に訊くなら自分も答えるのが『 筋 』だろ」



            目の前の彼のひと は
            フランソワーズの姿を借りし 審判の女神


            深淵 の ‥‥ 自らさえ忘れかけた ‥‥


            否 忘れかけた フリをして 泥土の奥底へ埋めてしまった



           『 忌まわしき 記憶 』



                    ‥‥ 恐らくイワンですら知らない『 想い 』





         それ、を
         目の前の彼のひと は


         いとも簡単に見破り 白日の下に曝け出そう としている。



         その行為が 彼  を 傷付けるコト も
         その行為が 彼女 を 傷付けるコト も


         知って いな が ら ‥‥ 尚 ‥‥







        「‥‥オレを殺したい、のか ?」
         フランソワーズは答えない。

        「‥‥そんなに 恨み買うようなこと ‥‥した か?」
         フランソワーズは黙って横に首を振る。


        「‥‥そんなこと ある訳ないじゃない 」





        「 人間ってのは『 元天使 』なんだと 」

        「 ‥‥‥ ぇ ? 」

        「‥‥昔、知り合ったオンナが云った だから『 人間 』は『 対 』に
         なるべき モノを‥‥『 半身 』を探すんだ、と 『 天使1人 』は
        『 人間2人分 』なんだと その身を別(わか)った故 に」



            翔けてゆく ため の 片方の翼を 宿しし

            ‥‥ 魂 の 半身




            誰よりも 近くて 誰よりも 遠い ‥‥


            ‥‥ それ でも



           『 気付いて くれ た 』



            歓喜にも似た 『 想い 』


            こいつ が
            こいつ だけ ‥‥ が











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