片翼天使 2




         刺すような痛みに瞳(め)を醒ました。

         吹き飛んでしまった 膝から下の ‥‥ ある筈の脚。


            あぁ、そうか ‥‥



         未だ麻酔の覚めやらぬ ぼんやり としたアタマで考える。
         確か演習中のトラブルで ‥‥ 暴走して 吹き飛んだ。


        「何度目だ 暴走は ‥‥無理なんじゃないのか? コイツには」


         冷たい 金属の響きにも似たBGの科学者の声が聴こえる。
        「 廃棄 か 」
         にべもなく、同意する科白(ことば)に 自分が如何に『 人間扱い 』
         されていないか 再認識してしまう。


        「‥‥あなた達の頭は飾りなの?」


         そんな中、誰よりも冷たく 心臓を鷲掴みするような声音 が一際 印象的な。


        「最高を自負する割には大したことないのね BGの科学者って」


         凛とした声が寒々しい部屋にこだまする。

        「何だとっ!?」
        「あなた以外の科学者‥‥そうねぇ 『 最高責任者 』のDr.ギルモアにでも
         訊いたら如何? 『 彼ほどの『 適合者 』を視つけるのは『 至難の業 』
         ‥‥だと応えるでしょう ね」
        「ふん 笑わせるな 被験体の分際で」


         ‥‥『 被験体 』 ? じゃ この声音 は ‥‥


        「『 被験体だから 』 何? あなた達より劣っているとでも?
         ‥‥笑わせないでよ あなた達レベルの科学者なんて幾らでもいるのよ」
        「キサマッ‥‥!」
        「腹が立つ?‥‥ 事実 ですものね わたしだって『 未来の科学者 』候補
         だったもの あなた方の『 レベル 』がどの程度か 判らない訳ないじゃない」
         ぼんやりとした視界に映るのは 顔色を変えた『 科学者達 』と 対照的 な
         涼しげな表情(かお)の『 被験体のオンナ 』。



        「 科学者の換えは幾らでもいるけれど『 被験体の換え 』は皆無に等しい 」



         投げ込まれた『 爆弾 』に 科学者達は気色ばんだ。

        「そんな戯言‥‥!」
        「 戯言? 」

        『 被験体のオンナ 』は せせら笑う。
         その微笑は肌が粟立つ程 冷酷で ‥‥ そのくせ 何よりも『 綺麗 』で。



        「わたしを『 誰 』だと思ってるの?‥‥ナンバーと能力くらい『 把握 』
         してるでしょう?曲がりなりにも『 科学者のハシクレ 』なら」
        「‥‥‥!」
         今迄大口を叩いていた奴等の顔色が面白い位に蒼褪めた。


        「それから ‥‥もう1つ」


         オンナは ‥‥ 淡々と科白(ことば)を紡いでゆく。


        「彼を『 廃棄 』したら わたしがあなた方を『 廃棄 』するわよ
         ‥‥わたし諸共 ね」


        「万が一 わたしだけが『 廃棄 』になったとしても ‥‥行き着く先は1つ
         そうしたら‥‥どうなるかし ら? その 薬指の指輪の『 相手 』は」

         くすくす と、オンナは嘲笑(わら)う。
         科学者達は一瞬、殺意にも似た視線をオンナに向けたが ‥‥ やがて無言で
         部屋を後にした。









        「‥‥怖ぇオンナ」
         ジェットは小さな声で呟く ‥‥ 誰に聴かせるでも なく。
        「まだ ‥‥痛む?」

         先程とは打って変わった柔らかな声音(こえ)が降り注ぐ。
        「いや‥‥大分 マシ‥‥ っつーか それよか怖ぇモノ見たぜ たった今」


            小奇麗なだけのオンナかと思っていたら ‥‥

            渡り合ってやがる


        「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫ね」
         そう云って オンナは ‥‥ フランソワーズは淡く微笑う。
        「一応 追加の痛み止めを貰っておいたから」

         先程とはまるで違う表情(かお)のフランソワーズに少々空恐ろしいモノを
         感じないでも なかったが ‥‥ 。
         複雑そうな表情のジェットを見ながら、フランソワーズは苦笑する。

        「ココに連れてこられたら厭でも身に付くわよ」


            自分の身の護り方

            女性であるが故に ‥‥ 必要不可欠 で


        「あ〜ぁ どんどん性格悪くなるわ わたし」
         はふぅっ と小さく吐息を付きつつ、フランソワーズは傍らに在ったシーツを
         ジェットの脚から肩へとかけてゆく。
         ぼんやりとその光景を視ていたジェットは ‥‥ 気が付いてしまった。
         ‥‥ 微かに震える フランソワーズの 細い肩。
         顔色だけ視ていれば『 平然 』としている のに。
         堂々と『 奴等 』と渡り合っていたのに。


            ‥‥ 情けねぇ


        「 何か云った? 」
         フランソワーズが ジェットの肩までシーツをかけ終えたのを見計らって、
         その腕を掴んで 思いっきり自分に 引き寄せる。
         躯(からだ)が本調子ではない為、余り力が入らない そんな『 力 』でさえ
         彼女の躯は 易々とジェットへ引き寄せられてしまう。

         想像したよりも ずっと華奢で小さな 躯

         良く視れば防護服のあちこちが綻びていて中の地肌が覗いている。
         白人独特の ‥‥ 白い肌 なのに、白人には在り得ないような肌理の細かさと
         線の細い ‥‥ 華奢な 躯。


         ‥‥ 造詣美 に思(おぼ)しき 躯


         索敵能力以外の ‥‥ 何を目的としているか は 明白 で。



        「一応 オンナ なんだから さ‥‥無理、すんなよ」
        「現在(いま)無理しなくて 何時するのよ」
         フランソワーズは困ったような笑みを浮かべ ジェットの額に掛かった髪を撫でる。
         ジェットは引き寄せた躯を寝そべっている自分の胸へと頭部を持たれかけさせた。


        「 ‥‥ 002 ‥‥? 」


         ふんわりとした心地良い人肌が 凍てつく空気漂う部屋を暖めてゆく。
         フランソワーズは瞳を閉じて 静かにジェットの体温と心音を感じていた。


         とくん とくん とくん とくん ‥‥‥




        「 ‥‥‥‥‥ あったけぇ な ‥‥」

        「 ‥‥ それは あなた よ ‥‥002 ‥‥ ジェット 」



         顔を摺り寄せるようにして フランソワーズは 嬉しそうに笑い声を上げる。
        「あなたに初めて逢ったとき ね ‥‥あなたが『 天使 』に見えた」
        「‥‥‥‥‥ は ?」
        「乱暴だわ 堕ちるわ 口は悪いわ ‥‥‥ なのに、ね」
         フランソワーズはほんの少しだけ顔を上げてジェットの瞳を真っ直ぐに見た。


        「 とても ‥‥ 嬉しかった 」



           『 人間(ひと) 』が存在しない この施設で

            唯一 人間(ひと)だと 感じた ヒト

            掛けられた科白(ことば)は ぶっきらぼうだったけれど



                        ‥‥‥ 凍てつく心を溶かすには 充分 で






        「『 天使 』なんてガラじゃねーよ せいぜい『 堕天使 』ってトコだろ」


        「‥‥違うわ 『 人間(ひと) 』になるの よ」
         知ってる? とフランソワーズはジェットに訊う。



        「天から舞い降りた『 天使 』は 『 人間 』になるの ‥‥この地で
         生きてゆく為に ‥‥でもね そのままでは生きていけないから 自らの身を
         分かったの 1つの躯(からだ)を2つに 分けて 」
        「 分けて ‥‥‥ ? 」
         ジェットが穏やかに 相槌を打つ。
         穏やかな声音が膝の痛みを忘れさせてくれているような気がした。

        「だから『 人間 』は探し続けるの ‥‥分かってしまった『 魂の半身 』を」
        「『 魂の半身 』‥‥ ?」
        「 そう ‥だから ‥‥他人を好きになったり、大切だと思える 自分以外の
        『 誰か 』を 探し続けるんだ、と 思うの 」



        「‥‥大した夢物語だな」

        「‥‥そうね『 夢 』ね ‥‥」




         そう云ったきり フランソワーズは俯いて黙り込んでしまう。
         泣かせたかと思ってジェットは一瞬冷や汗をかいたが そうでもなさそうだ。











        「 オレじゃ アンタの『 半身 』には ‥‥なれ  ね ぇ ‥‥? 」

        「‥‥‥‥ ぇ ‥‥ ?」


         その科白(ことば)に弾かれたようにフランソワーズは顔を上げた。
         その表情(かお)は泣いてはいないものの 見ているほうが胸が痛くなるような
         ‥‥ 如何とも云い難い 蒼色の瞳。




        「 っ ほっ ほらぁっ!アンタはオレが『 天使 』に見えたっつったろ!?
         だっ だか らっ ‥‥‥そ の ‥‥っ 」
         紅い顔でしどろもどろに でも懸命に自分を慰めようとしているジェットの姿に
         フランソワーズは まるで花が綻ぶかのように 微笑んだ。



        「‥じゃぁ わたし達は『 天使 』って コト ‥‥?」

        「おっ おぅ‥‥」

        「随分ガラが悪い?」

        「おっ おぅ‥‥って おいっ!」

        「 冗談よ 」

         そう云うと不意に無言になり フランソワーズは顔をジェットの胸へ埋めた。



         ぽつり と 防護服越しに 一瞬伝わる 湿った 水の感触。
         声も上げず、肩を震わせ ‥‥涙を流すことさえ堪える フランソワーズ。
         ジェットは痛む躯をそろそろと動かし、その亜麻色の髪を一筋 掬(すく)うと
         そっと ‥‥ 口付けた。


            それは 『 誓い 』



        「絶対に 翔けていこう ぜ」
        「 ‥‥‥ ぇ ? 」
        「オレ等は『 天使 』なんだろ?『 翼 』があるん だ ろ? ‥だから‥‥」



            翔けてみせる ‥‥ 此処 から

            自分達の『 能力(ちから) 』で ‥‥ 飛んで



        「 ‥‥絶対に 逃げ出してやる ‥‥生き延びてやる アンタも‥オレも 」


            だから ‥‥ 泣くな


        「何時だって傍に居るから ‥‥護る から」


            震える躯を押さえつけて

           『 奴等 』と渡り合おうとする ‥‥ 脆いくせに 強がった


            強情で 口が悪い このオンナ を





                   名前さえ付けられぬ 切なる 『 想い 』





            自分以外の『 誰か 』を



                               『 いとしい 』 と ‥‥










         それはジェットにとって初めての経験 で。

         只、それ故『 誤算 』も有った。
         ゼロゼロナンバーを持つオンナは、大人しく『 護られている 』性格では
         なかったコト。

         相変わらず口は悪いわ、『 科学者共 』を遣り込めるわ ‥‥ 。
         多分『 襲われた 』コトも2度や3度ではなかっただろう。
         それが幸運にも『 無傷 』で居られた のは、相手が『 研究バカ 』の
         科学者達であったコト それから ‥‥ 更にその 相手 が
         駆け引きに長けた 百戦錬磨のパリジェンヌ だったコトに他ならない。

         演習以外の処でも『 生傷 』の絶えない ‥‥ オンナ。


         随分、あとになってから 気付いた ‥‥ それは フランソワーズなりの
        『 自分達の護り方 』だったのだ、と。


         男には男の戦い方があるように 女には女の戦い方があるのだと。



                  『 戦いの女神 』



         そんな科白(ことば)が 似合う か弱き 女性(ひと)。
         日を追う毎に しなやかな強さと したたかさを身に付けて、
         誰よりも 艶やかに ‥‥ 鮮やかに 戦場を駆けてゆく。


         亜麻色の髪を 風に靡かせて
         透蒼の双眸で 未来(さき)を見据えて


         ‥‥ かと思えば。
         イワンの世話を焼く姿は、聖母そのもの、で。
         そんなフランソワーズを瞳で追ううちに、昔のことを 思い出していた。

         気紛れに構ってくれた 通りすがりの『 大人 』が云っていた 科白。



        『 マリア様が清らかに視えるのは人間の汚い処を沢山見てきたからだよ 』



         その時はその意味が判らなかった。所詮は『 大人の戯言 』だ と。


            ‥‥ でも

            今なら 少し ‥‥ 理解できる


         マリアが聖母たる『 由縁 』。
         光も影も全て見据えて尚 ‥‥ 全て、包み込んで。

         ‥‥ だから


            理解してくれる と云う

            不思議な安堵感


         そう云ったものが綯(な)い交ぜになって『 聖母マリア 』と いう
         1つの『 象徴 』を形造る。


         フランソワーズにとってジェットは『 天 使 』に 等しく。
         ジェットにとってフランソワーズは『 マリア 』に 等しく。





                   魂の半身











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