キス キス キス 1




         ギルモア邸の広いシステムキッチンでフランソワ−ズは昼食の準備をしている。
         ここ最近の昼食は、専ら彼女が準備している。
         張大人は主に夕食担当だ。
         必要な家事が一通り終わり、比較的落ち着いた気分で盛り付けを考えていた。


        「フラン〜 メシ まだ?」
         相変わらず自己主張の強い足音と共に長身の赤い髪の青年が近付いてきた。
        「もう少し待ってくれる?」
         フランソワ−ズの肩越しに その長い腕を伸ばし、俎板の上に あった
         サンドイッチを一欠片、指先で摘み、ヒョイッと口の中へ放り込んだ。

         もぐもぐもぐ ごっくん

        「行儀が悪いわよ ジェット」
         めっ とでもいいたげにフランソワ−ズは眉間に皺を寄せてみせる。
         勿論、本気で怒っている訳ではない。
        「?いつもと味が違う」
        「‥‥ 美味しく ない?」
         フランソワ−ズが不安気にジェットの表情(かお)を覗き込んだ。
        「いや、そうじゃなくて‥‥ めちゃくちゃ 美味い!」
         途端に、彼女の表情が 明るくなる。
        「本当!?よかった」
        「普通のサンドイッチに見えるけどなぁ」
         うふふっ 彼女は春の陽だまりの様に微笑う。
        「何処が違うのか判る?」
        「全っ然」
        「張り合いがないわねぇ‥‥ま、いいわ 美味しいって云ってくれたから」
         サンドイッチをラップで包み、上に重石代わりのお皿を乗せる。


            ‥‥ ふーん ‥‥


         ふとジェットの頭にいい考えが浮かんだ。
         あくまで彼にとっての いい考え である が。
        「当てたら 何かくれる?」
        「‥‥ お代わり 自由?」
        「駄目 不足」
        「‥‥ デザート2人分は?」
        「何で食い物ばっかなんだ?」
        「あら 違うの?珍しいわね じゃあ リクエストして」
         ジェットのことを食欲魔人のごとく扱う フランソワ―ズ。
         ‥‥ 確かに そうなのだが。

         にやり とジェットは口唇だけを上げて意地悪い笑みを浮かべる。
         それは嬉しそうに。




        「じゃ キスして」





         刹那の沈黙。
         流石のフランソワーズも次の科白が出遅れた。瞳を見開き、硬直している。
        「約束したからな!」
        「‥‥‥‥ 当てられたら ね」
        「よっしゃ!」
         ジェットは大きくガッツポーズをする。
        「待ってろよっ!す〜ぐ 当てるからなっ!」
         奇妙なハイテンションのジェットの横顔にフランソワーズは、溜息をつく。


            ‥‥ ま〜ったく 何を考えているの かしら








         ピピッ

         時計のアラームが正午を15分過ぎた事を告げる。
         何時もならフランソワーズが皆に「食事が出来たわよ」と呼ぶ声がしても
         いい筈なのだが。
        「‥‥‥‥ おかしい」
         ジョーは自室で本を読みながら嫌な予感に襲われる。フランソワーズが時間に
         遅れる事も珍しいが、それ以上に感じる この 妙な胸騒ぎ は何だろう。


            ‥‥‥ すごく 嫌な感じが する


         彼にはイワンの様な予知能力はないが、時折それに匹敵するかのような才能を
         垣間見せる事がある。
         但し『 相手限定 』ではあるが。
        「そういえば今日はジェットが絡んでこない な」


            ‥‥ しかも 妙に静か だし


        「まさか」

         ジョーの背中を冷たいものが走り抜けた。







        「ん〜‥‥ パンを買った店が違う!これだっ!」
         パチン と指を鳴らし、声を上げるジェット。
        「はずれ ‥‥そろそろ止めにしない?」
        「いーや 絶対当てる!」
        「皆 待ちくたびれてるわよ」
         吐息を一つ吐き、ちらりと時計を見た。時計は12時15分を指している。
        「タイムアウト よ ジェット」
         皆を呼びにフランソワーズが一歩踏み出した瞬間、ジェットの長い腕が
         フランソワーズの躯(からだ)を抱え込むようにして、その進行を阻んだ。
        「ちょい待ち!もうちょっとだけ なっ なっ!?」
        「ジェット‥‥」
        「だってさ、こんな事でもなきゃキスしてもらうチャンスないし♪」

         ばしっ!どかどかどかっ!!!

         廊下へと続いているドアを背にしたジェットの後頭部に ジョーが投げた
         スカイブルーのスリッパが炸裂した直後、加速装置を使ったかの様なスピードで
         ジェットの背後に 忍び寄り、もう片方のスリッパを履いた足で その背中に
         容赦なく蹴りを入れる、ジョーの勇姿があった。
        「てっ‥‥てめえぇぇっ!何しやがる!」
        「あら ジョー丁度よかったわ 今呼びに行こうとしてたの」
         ずずずっ〜っと暗雲を背負っているジョーに 一瞬怯むジェット。
        「ジェットォ〜 君ってヤツはっ!」
        「またお前か 出遅れたくせに偉そうだな オイ」
        『 出遅れた 』の科白に一瞬詰まったが、すぐに反撃に出る。
        「そんなの関係ないよ それよりも キスって何だ よ!」


            ‥‥ ちっ 聞いてやがったのかよ


         その心中で舌打ちするジェット。勿論それを口には出さないが。
        「何時ものサンドイッチと 今日のサンドイッチの違いを 当てられたら
        『 キスする 』って、約束したの」
        「あっ‥‥ フラン 何で云うんだよ!」
        「え?だって約束した でしょ?」
        「だ〜か〜ら〜っ!そうじゃなくてさっ」
         拠りによって ジョーに云うことねぇだろう とぼそぼそと 呟くジェットの
         姿を ちらりと 横目で見やり、ジョーは声高らかに宣言する。
        「僕も それ やる」
         ‥‥ 最悪 自分が『 キスして貰える 』のでなくても、絶対にジェットを
         阻んでみせる!という想いをめい一杯込めて。








         ここ、ギルモア邸のダイニングでは 『 加速装置搭載組 』に拠る 極めて
         低レベルな争いが展開されていた。
         2人の口喧嘩を最初は半ば呆れ顔で見ていたフランソワ―ズだったが、やがてその
         口許に淡い微笑を浮かべ、さくさくと中断していた作業に移っていった。
         問題のサンドイッチは綺麗にカットし、お皿を並べ、冷蔵庫から既に作っておいた
         サラダを取り出す。
         今日の昼食はジョー・ジェット・アルベルト・ピュンマ・フランソワ―ズの5人。

        「ピュンマは‥‥お部屋に運んだほうがいいわね」

         ピュンマは此処最近、仕事が忙しいらしく、一日の殆どを自室のPCの前で過ごす。
         放っておくと食事もろくにしない為フランソワ―ズは毎食ピュンマの自室に食事を
         運び、手をつけるのを確認するようにしている。





        「根を詰めるのもいいけど ‥躯を壊すような無茶は しないでね」
         労わるフランソワ―ズの科白(ことば)に 彼特有の柔らかな微笑を浮かべ、
        「大丈夫だよ 自分の躯は自分が一番よく 判ってる‥‥それより」
         食事と共に運ばれてきた コーヒーカップに口を付けながら、くすり と
         ピュンマは 笑う。
        「下は相変わらず 賑やかだね‥‥ キッチン かな」
         正解 と言ってフランソワ―ズも微笑む。
        「いつものこと よ」
        「いつものこと だね」
         2人は顔を見合わせてゆうるりと微笑んだ。
        「2時間後に食器を下げに来るから、其れ迄に食べてね」
        「判った いつも有難う フランソワ−ズ」
        「どういたしまして」


         フランソワ−ズがピュンマの部屋を出てキッチンに戻ると、相変わらず 云い争って
         いる2人が居た。フランソワ−ズが一度キッチンを離れた事にも気付かず。


            ‥‥ お互いしか見えてないのね


         その光景を彼女は定位置に座り、いとおしそうに眺めている。
         云い争っている2人が その温かな瞳に気付くこともなく。


            ‥‥ わたしは2人が遊ぶ為のネタ にしか過ぎないのかも ね


         2人にとっては真剣な云い争いも フランソワ−ズにはじゃれているとしか
         映っていない。がうがうっ と、牙を剥き出してじゃれている 仔犬 としか。
        「だ〜か〜らっ!俺の意見が絶対 正しいの!」
        「味覚音痴な君に云われたくないよっ!」
        「じゃあお前は判ったのかよ!」
         この科白(ことば)にぐっと息を呑む ジョー。
        「フランが作ってくれるものは何だって美味しいのっ!」
        「あ〜やだやだ!これだから日本人はっ!」
        「何 訳の判らないこと 云ってんだよ!」
        「あ〜ん!?言葉も判らねぇのか このタコ!」
        「きっ‥‥ 君にだけ はっ‥云われたくないぃぃぃっ!!!」

         かたん

         キッチンから廊下へと繋がる出入り口にアイスブルーの瞳を持つ、長身の青年が
         入ってくる。キッチンで繰り広げられている光景を一瞥すると何事もなかったか
         の様に椅子に座った。
        「ごめんなさい 呼びに行くの忘れてたわ」
         そう云いながらフランソワ−ズは 慌てて立ち上がり、アルベルトのカップに
         淹れ立てのコーヒーを注ぐ。
        「構わんさ」
         自分のカップにもコーヒーを注ぎ、ミルクを入れる。
        「いただきます」

         ぱくりっ
         ‥‥‥ もくもくもく

        「 ‥‥‥‥‥ 」
         アルベルトの動作が不意に止まった。
        「どうかした?‥‥口に合わなかった?」
         フランソワ−ズの表情(かお)にほんの少し、緊張が走る。
        「いや‥‥」
         そう呟くと もう一欠片口の中へ放り込む。
        「相変わらず美味いさ‥‥ このマヨネーズは手作り か?」
        『 !!! 』
         アルベルトの科白に、たった今迄じゃれていた2匹が振り返った。
        「流石 ね アルベルト 一口で判るなんて」
         うふふっ と嬉しそうに瞳を細めながらフランソワ−ズは続ける。
        「でも良かった あなたが居る時は いつも 気合を入れて創ってるのよ
         アルベルトは舌が肥えてる、から」

        「姫君に気遣って頂けるとは 光栄だな」
        「あら お上手ね ‥‥‥そのテで何人の女性を口説いたのかしら?」
        「おやおや 随分と誤解されているようだ 俺は君一筋なのに」
        「それは初耳だわ そういう事は早く言ってくれなくちゃ」
        「云える訳ないじゃないか 俺はシャイなんだ」


        「 ‥‥‥‥‥ なんか 凄く不毛な会話 だわ ‥‥ 」
        「 ‥‥‥‥‥ 俺も そう思う ‥‥ 」



         などと優雅な会話が交わさせている横で、仔犬2匹はすっかり凍結していた。
         先に解凍したのはジェットで、アルベルトの顔を数秒凝視したかと思うと、
         突然 頭を抱え、うがあぁぁっ!と吼えた。
        「ま〜たアルかよぉぉっ!!くっそー!何でいつも邪魔すんだっ!?」
        「慣れ慣れしく アル なんて呼ぶな 許可した憶えはない」
         アルベルトはにべもなく云い放つ。その声に正気を取り戻したジョー。
        「‥‥ま いっか ジェットも『 負け 』だし」
         差し当たっての危険は回避出来たのだから、ひとまずは よし としよう。
         そう心の中で呟くジョーだった。
        「あああぁぁぁっっ!!!俺のキスがぁぁっ!」
        「何だよっ!『 俺の 』って!いつからジェットのものになったんだよ!?」
        「そんなの最初からに決まってるだろっ!」
        「勝手に決めるなあぁぁぁっ!!」




         ‥‥‥ かくして第2ラウンドの火蓋は切って落とされたのだった。











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