silver moon 




















琥珀色の液体に溶かし込んだ 銀色の月 が 妖しく 揺らめく

ひとつ ふたつ

揺らめきは 波紋となって 水面をさざめき

さざめきは 心をかき乱し 溢れ出す

遠い昔に置いてきた 記憶 と 想い


だから




瞳(め)を閉じて

蓋をして





─────‥覆い隠す





壊れてしまう、前 に





壊してしまう、前 に


















カラ───‥ ン

月明かりが差し込む ほの明るいリビングで独りグラスを傾ける。
『つまみ』は 銀色に煌(きらめ)く 三日月。


「誰かと 思えば」


独りの時間を破ったのは、フランソワーズ。
ミネラルウォーターのボトル片手にジェットの傍らへ近付いた。
「何か‥‥眠れなくて な」
「隣り‥‥いい?」
「‥‥あぁ」




ふわり


音もなく、フランソワーズは座り込む。
瞬間、幻想のように翻る ワンピースの裾。クリーム色のそれ、は 月明かりを浴びて 妖艶さを 纏う。
ふぅっ と1つ吐息をついて、喉を鳴らしながら水を飲む様をジェットは背中越しに不可思議な想いを感じていた。
彼女は彼の背に全体重をかけ、寄り掛かっている。
背中合わせに感じる、体温。
戦いの最中、幾度となく自分の背中を押してくれた────
小さいけれど、確かな 存在。




「ジェットの背中って暖かいよね〜‥‥子供体温?」
「‥‥っ誰が子供だよっ」
「ジェット」


「あのなぁぁっっ!!」



文句の1つも云ってやろう とジェットは瞬間振り向く。
全体重をかけて彼に寄り掛かっていたフランソワーズの躯(からだ)は バランスを崩し、傾いた。



「きゃっ‥‥」



小さく悲鳴を上げ、何かに縋るように 手を伸ばす。


「‥‥っぶね〜っ‥‥」


後頭部が床にぶつかる直前、寸での処で 間一髪 ジェットが、彼女の躯(からだ)を引き止めることに成功した。




「‥‥あり が とぅ‥‥」




2人して、ほぅっ と大きく安堵の溜息を付く。
ジェットは支えた彼女の躯をゆっくりと床に下ろした。
亜麻色の髪が水面に撓むように広がり、銀月の光を受けてきらきらと煌く。




「月が 綺麗‥────」




手を伸ばしたままのフランソワーズが 誰に聞かせるともなく‥呟く。



「月って ジョーに似てる と 思わない?」
「‥‥は?」
「何だか そんな感じ」



月を掴もうとしている様に思える 子供のような 仕草。



「ひっそり と微笑った感じ とか‥‥ 儚げ な処 とか」






         掴めそう で 掴めない

         手は 虚しく空を切って‥‥近くに いるの に 何処か 遠く て
         それでも───────焦がれて やまない
















「‥‥‥ジョー が‥‥‥ 好き か‥‥ ?」


「‥‥‥‥うん」




蒼の瞳に童女の無邪気さを乗せた フランソワーズの様子、に


ざわり


悪寒のような感触が、背筋を上がってくるのをジェットは自覚する。
この感触は────忘れたい程 遠い昔に感じた憶えのある モノ。






         切望して
         切望して

         其れでも 手に入れられなかった───────






「‥‥オレ じゃ‥‥‥ ダメ かよ‥‥」






発した声が微かに震えている。
語尾は殆ど消えかかり、聴き取れるかどうかさえ判らないような 状態 で。




「ジェッ ト?」




想ってやまない 彼女が『彼』の名を呼ぶ。
月を掴もうと伸ばされていた手、を ジェットは握り締める。
触れた手首、に 掠めるような 口付けを落として。


宥める よう に

─────愛おしむ よう に





「‥‥ジェット‥‥」







         触れることさえ 禁忌、の 女神



         こんなに近くで 無防備 に 横たわり
         なのに‥‥───────自分以外の男 を 想う







「何で オレじゃ ない‥‥!?」




搾り出された声は切迫 して。
その声音(こえ)に反応するかのようにフランソワーズは、もう片方の手で、ジェットを押し留める。




「わたし ジェットのこと‥‥ 好き、よ」
「‥‥同情なんか 要らね ぇ」
「ジェット が 好き‥‥ ジョー が 好き これは 本当」
「なっ‥んだよ それっ‥‥!そんなのアリかよっ!!」


「‥‥だから 触れないで」




         ─────矛盾だらけ、の




「両方『好き』で『触れないで』だぁ!?ふざけるなっ!オレが欲しいのはそんなんじゃないっ!!
オレだけを見なきゃ意味がねぇしっ!好きならっ惚れたらっ‥‥ 触れたいと想うのが普通だろ!?」
ジェットはグラスを床に置くと、フランソワーズに覆い被さるように両手を付く。
「気持ちも‥‥躯(からだ)も 全部 手に入れたいって!!」

その科白(ことば)に、フランソワーズはゆるゆると首を横に振る。




「好き、だから 触れられない‥‥」






         好きだから 触れないで
         好きだから 抱き締めて



         愛しているから 抱き締めて わたしを‥────‥繋ぎ止めて

         愛しているから 触れないで わたしを‥────‥壊さないで




         触れてしまえば 壊れてしまう


         思い出してしまう








「訳の判んねぇコト抜かすんじゃねぇっ!!」





ジェットの咆哮にフランソワーズの肩が びくり と跳ねた。


「‥‥ジェッ ト‥‥」

「覚悟もなくて『好き』なんて云うなっ!」


ぎりり とジェットは 唇を噛み締める。
フランソワーズの両手を床に縫い付け、額に羽根のような口付けを落とす。
荒々しい科白(ことば)とは裏腹に、その行為は 甘く 優しく。


「‥‥ダメ、よ ジェット‥‥」


少し震えた吐息を含んで囁く フランソワーズの 声。
ジェットの背中を駆け上がる 得も云われぬ 快感。




「‥‥壊れて しまう か ら‥‥」

「壊れたら 修復すれば いい」



2人を無言で視つめる 銀色の三日月




「修復 なんて 出来る訳 ない わ‥‥」
「やってみなくちゃ 判んねぇ、よ」



交錯する『視線』。
いつものような『軽い』ものでは なく






         瞳(め)を閉じて
         蓋をした




記憶と想い





深淵に沈めた




甘い 疼き










「‥‥ダメ ジェット‥‥」
「聴こえねぇよ」




「‥‥月が、視(み)てる‥‥」







ぞくり


フランソワーズの瞳(め)に映り込む 銀色。
ここには居ない『彼』に似た‥──────────






秘めやかな 銀月







「だったら‥‥こうすればいい」




ジェットはフランソワーズの両目に自分の顔を映す。
『彼』の存在を掻き消すよう、に。




何も 見えないよう に
何も 見せないよう に




自分以外の 何者 も 映し出さない ように



ゆっくりと影が重なり合う。






密やかに

秘めやかに

月が‥嘲笑う







月が嘲笑う

月が嘲笑う





月、が






銀色の月、だけ が──────‥‥



















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