悪魔に与し天を追放された『 天使 』は『 堕天使 』と成り地上へ堕ちた

         否

         引き摺り下ろされた のだ


         悪魔 の エゴ に よって


         遥か 宇宙(たかみ)を 目指した ‥‥

         その 無垢 故の ‥‥ 純粋さ 故の 魂(こころ)を


         いとしい と 想って いた から


         悪魔 が ‥‥‥




         わたし の内側(なか)に 巣食う 『 悪魔 』 が





         咎人(とがびと)の 贖罪(しょくざい) 1




         ピッ  ピッ  ピッ  ‥‥‥

         規則正しい機器の電子音だけがメディカルルームを支配している。
         2台のベッドの真ん中を陣取り、計器が織り成すラインを静かに見つめる女性。
         赤児(あかご)の命懸けの『 手助け 』と、老人の気迫に満ちた手術を
         重ねた結果、『 彼ら 』は 戻ってきた。



         ‥‥ 地上 へ





         シュンッ と、ドアが開く音と同時に声を掛けてくる銀髪の仲間。
        「フランソワーズ 交代しよう」
        「大丈夫よ」
         フランソワーズはアルベルトに顔を向けることなく、計器を見つめている。
        「ここ数日は状況は変わらないとギルモア博士も云っていただろう‥‥ 休め」
        「休むもなにも‥‥眺めているだけ だもの 疲れることもないから大丈夫」
        「‥‥精神(きもち)が休まらないだろう」
         アルベルトは呆れたように小さく溜息を付くと、彼女の腕を取った。
        「兎に角 食事してフロに入って来い」
        「お風呂‥‥?え もうそんな時間 なの!?」
        「‥‥あぁ」
         フランソワーズが枕元の時計を確認すると PM10:45 を指していた。
        「やだっ‥‥ゴメンなさい ちょっとここお願いねっ」
        「だから先刻(さっき)から そう云ってる」
        「‥‥そう でした」
         フランソワーズは苦笑しながら勢いよく立ち上がり、メディカルルームを
         飛び出していった。
         アルベルトは先程と別の意味で溜息を付き、彼女が座っていた椅子に腰掛ける。


         身体に繋がれた 無数のコード
         コードで接続された 計器類
         自発呼吸すら儘(まま)ならない『 彼ら 』にとって まさに『 命綱 』


        「‥‥寒々しい」


         適温に保たれている メディカルルーム。
         人間(ひと)が存在しているにも関わらず ‥‥ だ。
         それは彼らが ‥‥ 自分達を構成する物質が人間(ひと)の それ とは
         異なっているから なのか。




         今でも脳裏に焼き付いて離れない 宇宙(そら)から堕ちた『 彼ら 』の姿。
         原型は殆ど留めておらず、人間(ひと)には有り得ない 機械の躯 を容赦なく
         白日の下に曝(さら)された瞬間(とき)、その姿に誰もが息を呑んだ。

         そんな中、彼女だけが ‥‥ フランソワーズだけが 躊躇する事なく
        『 彼ら 』に駆け寄り ‥‥ 抱き締めた。
         しゅうしゅう と未だ摩擦熱が燻る 残骸 としか思えない 彼ら を。
         先刻(さっき)迄、泣いていた事を微塵も感じさせない 凛とした 後ろ姿。



         抱き締めたのは ほんの 一瞬



         凄まじかったのは その後。
         呆然とする男共を尻目にさくさくと指示を出し、手術が出来る手筈を全て整え、
         果ては実質的な手術の助手までやってのけた。数十時間にも及ぶ 大手術 の。


         顔色1つ 変えること なく


        「こういった状況で 男 というのは‥‥何の役にも立たないもんだな」
           と、アルベルトは苦笑しながら感じたのを よく憶えている。
         その甲斐あって 彼ら は予想以上の速さで、その 姿形 を取り戻した。
        『 彼ら 』 ‥‥ 未だベッドに横たわる 2人の 未来を担う 若者達。


         残骸 で有った形跡は 既になく、只 眠っているかのようにさえ 見え、
         閉じられた双眸のせいか、その 幼さ が妙に 瞳(め)を惹いた。
         戦いの最中、後先なく駆けてゆく姿に、確かに『 若さ 』を感じてはいたが
         これ程 ‥‥ 幼くて 頼りない と感じたことは なかった。


        「18‥‥だった な‥‥お前達 は」


         アルベルトが思考の波を漂っていた矢先、出入り口が開いたかと思うと
         トレイを持ったピュンマが姿を現す。
        「お疲れ‥‥ どう?様子は」
         云いつつ、差し出されるコーヒーカップを頷きつつ受け取る。
        「全く変化なし」
        「そっか‥‥」
         静かに横たわる2人に視線を落とす。無言の ‥‥ まま。
         温かな湯気のお陰か、ほんの少しだけ この部屋の『 寒々しさ 』が
         薄れたような ‥‥ 気がした。


         ピッ  ピッ  ピッ  ピッ ‥‥

         彼らの鼓動の代わりに 鳴り響く 冷たい響きの 電子音。
        「 ‥‥こんなに‥‥ 」
         ピュンマが誰に聴かせるでもなく呟く。
        「‥‥若かった かな‥‥ 2人共」
        「‥‥さほど年齢(とし)は変わらないだろう」
         そういう意味じゃなくて さ とピュンマは苦笑する。
        「確かに普段から弟みたいな気はしてたけど‥‥何て云うのかな 今の2人は
         ‥‥ あどけない って云うか‥‥‥‥ 幼い 子供 みたいに 見える」
        「 ‥‥‥‥ 」
         それは折りしもアルベルトが感じていた事と 同じ で。


        「‥‥今でも 思うんだよ 僕なら‥‥ 僕が ジョーやジェットの
         立場なら どうしただろうか って‥‥ 」
        「 ‥‥‥‥ 」
        「僕がジェットだったら‥‥ 多分 ‥追って行かなかっただろう‥‥
         ジョーだったら‥‥きっとイワンを恨んだだろうな って
         例え それが 最善の策 だと‥‥判っていても ‥‥多分 ‥‥」
         なのにさ と、ピュンマは科白(ことば)を紡いでゆく。
        「こんな 穏やかな表情(かお)で さ‥‥後悔なんてしてない って
         心配しないで って云っているように‥‥ 見えるんだ」
        「‥‥ あぁ」


        「ちょっとだけ‥‥羨ましい かな」
        「‥‥そぅ かも な」



         シュンッ

         ドアの開閉音と共に柔らかい香りが飛び込んでくる。
        「お待たせ アルベルト‥‥っと ピュンマ」
        「あ もうお風呂上がったんだ」
        「えぇ お先させて頂いたわ 次 どうぞ」
        「うん そうさせて貰うよ‥‥ あ、フランソワーズ トレイの上のカフェオレ
         良かったらどうぞ 僕が淹れたから 味の補償はしない けど」
        「あら 光栄 ‥‥ありがとう ピュンマ」
        「どういたしまして」


         入れ替わりに出て行ったピュンマの後ろ姿を見送ると、フランソワーズは
         徐(おもむろ)にトレイの上のカップを手に取った。
         甘めの ‥‥ 少し冷めたカフェオレがお風呂上りの喉を潤してゆく。
        「‥‥美味しい」
         ふぅっ と小さく吐息を付き、満足気に微笑む。
        「髪‥‥乾かしてないのか」
         アルベルトはフランソワーズの肩口に掛けられたタオルを見ながら呟く。
        「急いでいたから‥‥ まぁ 寒くもないし 大丈夫かな って」
        「‥‥の割には随分厚着をしている様に見える が」
         ピンク色のワンピースの上に、同色の厚手のセーター。たっぷりとした量感。
         一方アルベルトはスラックスにブラウス1枚 という軽装だ。
        「厚着じゃないわよ サマーセーターみたいな モノ だし」
         フランソワーズの回答(こたえ)にアルベルトは思わず眉をひそめる。
        「‥‥女性の服はいまいちよく判らんな」
        「‥‥あんまり詳しいのも どうか と思う けど」
         くすくす とフランソワーズが密やかに微笑(わら)う。
        「でも意外 アルベルトって 詳しそう だもの‥‥細かくチェック入れそう」
        「 ‥‥どういう意味 だ」
        「深い意味は ない けど?」
        「 ‥‥判った 俺の負け だ」
        「じゃ 勝負が付いた処で交替するわ アルベルト」
        「交替って‥‥まだ1時間も経ってないだろう」
        「差し当たり 用は済んだ から」
        「そう云いながら 昨日も一昨日も ここに‥‥」
         その科白を遮るようにフランソワーズは アルベルトへ『 あるモノ 』を
         差し出した。悪魔の如き、清純な微笑を浮かべつつ ‥‥ 。
         それは ‥‥ アルベルトが読みたがっていた 1冊の本。

        「漸く読み終わったんだけど‥‥?」

         にっこり と笑う彼女の表情(かお)を見、アルベルトは諦めの溜息を付く。
         こういう状況のフランソワーズはどうせ云う事など聴きはしないのだ。
        「‥‥くれぐれも 無理はするなよ」
        「あなたも読書に夢中になって夜更かししないように ね」
         ひらひら と手を振りフランソワーズはアルベルトが部屋を出るのを見送った。



         シ ‥‥ ン ‥‥



         静まり返ったメディカルルームの中、フランソワーズは独り 佇む。
         やがて椅子に腰掛けると徐(おもむろ)に手にした本を 広げる。
         膝の上に広げた それ に目を通すことなく 只 ‥‥ 計器を見つめる。


         その表情からは 何の感慨も 見出せず ‥‥ ただ 静か に。




         それから何の変化もないまま数日が過ぎた。

         一見 穏やかな ‥‥ 日常。彼ら が 目覚めない コト を 除けば。
         彼女の行動もまた ‥‥ 変化することなく。


        「 ‥‥また ここか」
         入り口に佇むアルベルト。彼の行動もまた 何ら変化するコトなく。
        「いいかげんに休め」
        「 休んでるわ 」
         計器から目を離さないまま、フランソワーズは応える。
        「‥‥っ何処がだっ!?何日 こうしている気だ」
        「2人が目覚める まで」
        「その前 に 君の躯(からだ)が壊れるだろう‥‥ 本末転倒 だ」
        「‥‥ここに 居たいの‥‥ わたし が」
        「‥‥こんな寒々しい部屋に か?」
        「寒くなんて ないわ この部屋は『 適温 』になってるし」
        「‥‥の割には厚着‥‥」

         くすくすっ

         ベージュのカーディガンを羽織ったフランソワーズが微笑(わら)う。
        「‥‥それ 何日か前にも 聴いたわよ」
        「‥‥悪かったな」


            厚着 ‥‥ ?


         アルベルトは脳裏に何か引っ掛かりを感じた。
         確かに 寒々しい のは 至極『 感覚的 』なモノで 実際の体感気温 は
         至って『 普通 』なのだ。
         その引っ掛かりが何であるのか掴めないまま、アルベルトはフランソワーズに
         押し切られるように メディカルルームを後(あと)にした。
         自室に戻る気にもなれず、何となくリビングに脚を向ける。
         すると偶然にも皆と鉢合わせする形となった。


         イワンのクーファンを横に置いている ジェロニモ。
         新聞を広げる ギルモア博士。
         ノートパソコンを広げる ピュンマ。


        「君もフランソワーズに振られたみたい だね」
         ピュンマがパソコンの画面から瞳(め)を離し、ふわり と微笑む。
        「君も‥‥と云うことは ピュンマも か」
         アルベルトは 大きく溜息を吐いて天井を仰ぐ。
        「博士もジェロニモも‥‥ ちなみに張大人もグレートも全滅」
         イワンは相変わらず眠ったままだし と一言添える。
        「フランソワーズとジョーとジェット 仲が良い 自分達と違う『 絆 』あった」
         言葉数少なく語るジェロニモ。
          「俺達とは 違う 絆 か‥‥」


            運命共同体 とは また違う意味での ‥‥ 絆


        「心配なのは皆同じなんじゃが‥‥歳が近いから余計に気になるのかも知れん」
         俯いたまま、そっと呟くギルモア博士。
        「1つ違い だっけ?彼女‥‥しっかりしてるから つい忘れがちになるけど」
         ピュンマが相槌を打つように、頷く。

        「‥‥ そう だな‥‥」


            また だ


         アルベルトは思う。先程感じた『 引っ掛かり 』に共通する 何 か。
        「張大人とグレートは?」
        「買出し だって フランソワーズが2人に付きっきりだから 必然的に ね」
        「グレートはかなり嫌がっておったがの」
         ギルモア博士がほんの少し口許を緩める。自称英国紳士の彼のことだ。
         さぞかし『 迷文句 』を残しつつ、結局は張大人に引き摺られて行ったで
         あろう事が 容易に想像出来た。
         その場面を思い出したのか、ジェロニモとピュンマも微妙な表情を浮かべた。


            買 出 し
            付きっきり


        「‥‥?」
         アルベルトの内側(なか)の『 引っ掛かり 』が、形をなしてゆく。
         まさか と独り呟く。


            何時 だ ‥‥ ?


        「 ‥‥ピュンマ」
        「何だい アルベルト」




        「彼女が‥‥フランソワーズが最期に食事を採ったのは 何時 だ‥‥!?」












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