逢魔ヶ刻  













秘書、と云うより寧ろ、運転手。
黒のコペルボニート 1000に背中を預け、手にしているのは大抵、推理小説。
1回に付き、約2時間。『男』と『わたし』が食事をする間、車の中でその帰りを待つ。
決して楽しくなどないだろうに。厭な表情1つせず。…少なくとも、わたしに其れを視せる事実(こと)は無かった。

───1度だけ、携帯で話をしていた事が有った。

漏れ聞こえるハスキーな声
言葉少なに交わされる会話

(もっと)も、電話の相手がひっきりなしに話しているようで口を挟む余地は無かっただけだとは思うが。
其れだけなら、別段興味を惹くことも無かった、と、思う。

私的(プライベート)な付き合いの人間なのだろう。
───当たり前、だが『仕事中』とは酷く違う、寛いだ雰囲気を纏った、其の表情(かお)は、彼を普段よりも若く(おさなく)
人懐こく見せた。



細めた目元
綻んだ口許


付き纏うは



既 視 感(デジャヴェ)
違 和 感




重なる横顔
記憶(おもいで)の中の



視線の温度








───まるで





愛しい人間(ひと)を見るかのような













───男、よりも。
寧ろ、彼にわたしは親近感を感じている。
年齢(とし)が近いせいなのか、最初に口を訊いたのが彼だったから、なのか
知り得る同年代の人間の中でも、一際落ち着いた雰囲気を纏っているから?
其れとも───…


記憶の中(はつこい)の『彼』に、似ていたから?





遥かな記憶の奥底

余りにも遠過ぎて










鉛色の箱(マンション)に替わった、あぜ道

石溝の隙間から覗くタンポポ





影法師





わたしを呼ぶ声

差し出される手

見上げる後ろ姿









甘く、綺麗なだけの想い(もの)













何故彼はわたしに誘い(こえ)を掛けたのだろう







何故わたしは否と応えなかったのだろう










彼の本音は何処?



わたしの真実(ほんしん)







判らない





───何が?









何もかもが





















足許を埋め尽くす、サテンベルベット
瞳に留まるのはヨーロピアン調のスツール
彩を添える、百合の花を模した金縁(きんぶち)煌く、スタンドライト
華美では無いけれど、仕立ての良いスーツを身に纏う紳士淑女

御伽噺の世界に迷い込んだ、酷く場違いな一般人(しょみん)───…


とは、こんな感じなんだろうか、と、わたしの呑気な感想に、彼は笑って相槌を打つ。


「どちらかと云うと場違い(それ)自分(オレ)の方だと思いますけどね」



初めて耳にした、俺、というくだけた口調を、嬉しく感じている己に気付く。
丁寧でありながら硬質の響きを纏う、普段───…所謂、業務的(ビジネスライク)では無く、生きた感情が篭った声、や
さり気なく背中に廻される手、が、まるで心許してくれたかのような、面映い錯覚をひきおこす。

『錯覚』

───そう、錯覚に過ぎないのだ



わたし、は


わたし達、は











友人同僚ほど、近くは無く

見ず知らず程、遠くは無い











既視感と違和感





似た、面差し

違う、目差し












入り混じる、感情







不可解な、心情










知らぬ振りした

幽かな、疼痛(いたみ)




















都心から車で約1時間。
予想よりも空いている道路を駆け抜けた先に拡がる、見渡す限りの駐車スペース
不景気とは云え、地価の高い首都圏でこれだけの広さ。一体何軒の住宅が建つのだろうか、と、刹那考えかけて
止めた。縁の無い内容である上、然したる知識の無い己に判る筈など無いのだから。
其のスペースの更に前方には、無骨な外観の建築物。



眼前に拡がる、ホテルのロビーかと見紛うばかりの光景が、無骨な外観の持つ、広いだけの展示会場だとは
俄かに信じられない。
(ひし)めく、バイヤーと購買意欲に燃えた一般客の熱気に圧倒され、この場から逃げ出したいと半ば本気で思う。
元々、バイヤーでも無ければ、買う気力も無い己が会場(ここ)に居る現実(こと)自体がそもそもの間違い、なのだ。
幾ら男が招待状を寄越し、見物のつもりで、と云ってくれたとしても───…だ。


「ひと廻りしたらさっさと出ましょう」
「…いいんですか?仕事、でしょう?」
「ここに来た足跡(じじつ)が大事なので」
「…足跡(じじつ)?」


封筒を受付で出したでしょう、と、彼は云う。
わたしは気付かなかったが、透かしの入った招待状の端には、小さくナンバリング───…寧ろ、会員番号の
意味合いに近いものが施され、住所、会社名の他、参加回数や購入履歴等も判るようになっているそうだ。
中でも最重要視されるのが参加状態で、前回参加者は次に招待される確率が高くなる上、欠かさず参加する程、
オプションが色々付いてくるらしい。
もっとも、其の『特典(オプション)』に付いては企業秘密ですが、と、笑って誤魔化(はぐらか)されてしまったが。






彼の視線に促され、比較的人だかりが少ない場所へと歩みを進める。華やかな会場に在って密やかに、人目を
避けるようにさえ見える其の一角は、産地別に展示された原石が標本の如く陳列されていた。
光量を抑えた暖色のライトが上部から、ケースの中の原石を神秘的に照らし出す。
黒いプラスチックプレートに、白文字で『オパール』と記された、石の塊。
観る角度によって、異なる、虹色の光彩を持つ乳白色の其れに、わたしは心惹かれた。以前(むかし)雑誌に載っていた、涙型のオパー ルをシルバーで象った羽を生やした、ペンダントトップ。
宝石や装飾品には余り興味の無い筈が、何故か其れには瞳が留まり、鮮明に記憶に残っている。


暗色(ブラック)岩塊(ボルダー)乳白色(ホワイト)無色(クリスタル)透明(ウォーター)メキシカン(ファイヤー)等に分類され、 分子結晶の大きさに因って地色が変わる、屈折と回析に()遊色効果(プレーオブカラー)───…観る角度によって異なる色彩(かお)を 放つのが、主な特徴である。
非結晶質の鉱物である、二酸化珪素と水が混ざり合って固まり───…と、一連の説明を眺めつつ、書かれた物質名を見て、学生時代が脳裏に甦り、何の気なしに口を付いて出た。


「「───…乾燥剤(シリカゲル)?」」


思い掛けず重なった科白(ことば)に、驚いてわたしは彼を仰ぎ見る。彼は眉根を寄せ、何とも云えない表情(かお)でわたしを 見る。寄せられた眉根が離れた、と、思った直後、彼は微笑(わら)った。
懐かしむよう、な、何処か、遠い()をして───…



わたしの後ろ、の

わたし、を見る()



わたしによく似た

違う誰かを見る()









わたしを見ない、()










胸の奥、ちりり、と。
無視した筈の疼痛(いたみ)が、自己主張するかの如く、確かな現実感を伴って、わたしを苛む。














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このまったり展開っぷり
脳みそにカビ生えそうだ








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